第622話 終わってみれば圧倒的だったね。

「『鉄壁』だとっ?」


 誰よりもその名が意味するところを知るシュルツが、驚愕の声を発した。その声に重なるように、双子騎士の片割れがドリーに襲いかかる。


 その剣は「剛力」と「高速」のギフトを兼ね備え、稲妻のように速く、雷のように重かった。


 うなりを上げて迫りくる剣尖を、ドリーはかわし、受け流す。

 10合を超え、20合に達した時、無呼吸で剣を振るっていた騎士が一瞬息を継ぐ。


 その瞬間をドリーは見逃さなかった。


 一瞬、虚となった剣を手繰り寄せ、騎士の右手を絡めとりながら体をさばいて、上からひじを抑えた。

「高速挙動」に身を任せていた騎士の重心が面白いように崩れ、自ら望んだように空中に体が舞い上がった。


 隅落としの投げ技。騎士が空中を舞っている間からドリーの体が無駄なく動き、とどめの一撃を打ち下ろす態勢に入る。


「それまでっ! それまでっ!」


 シュルツ団長が血相を変えて飛び込み、ドリーの肩を抑えた。


 どおっ!


 騎士の背中が地面を打つのとほぼ同時であった。


 拳を止めていたドリーは、倒れた騎士から視線をそらさぬまま、すすっと後ろに下がった。一呼吸おいて構えを解き、一礼した。


 ◆◆◆


「終わってみれば圧倒的だったね」


 再びシュルツの団長室に4人は戻っていた。終わってくれて助かったという声音でドイルが言った。

 ドイルにしてみれば「あれでも長すぎた」ということだ。


「最初から遠当てを打ちまくれば、10人相手でもすぐに終わったんじゃないかね?」

「それではイドの効用が十分伝わらないでしょう。ドリーさん、そうですね?」


 効率にこだわるドイルに対してドリーの戦い方には意味があったことを、マルチェルは説明させようとした。


「遠当ては確かに便利だ。弓の射程に匹敵するし、何よりも目に見えないという長所がある。しかし、すぐに使いこなせる技ではない。使えない技を見せびらかしても意味は少ないと考えた」


 魔力とイドを感知するギフトを持つドリーでも遠当てを会得するまでには数カ月の訓練を必要とした。5年の修業を経ても、未だに遠当てに魔法を乗せることはできない。

 イドはすべての人間に備わるものでありながら、その本質に迫ることは至難の業だ。それがイデア界と物質界を隔てる壁であった。


「だから、まずは内気功を示した。体内で練ったイドを体の隅々に行き渡らせる。最も身近で効果の出しやすいイドの応用だ」


 人の体には血が流れている。その血液に乗って「力」が運ばれているとイメージすれば、内気の効用は比較的手軽に得られる。陰気陽気の開合により魔核マジコアを強く錬成できるようになれば、内気の密度が向上し、身体能力の向上を見る。


「うん。なかなか面白いだった」


 武術に興味がないドイルから見れば、驚異的な反応速度や筋力も曲芸の類と変わらない。


「最後の2人、思念共有双生児ドッペルゲンガーのギフトは内気功とどう違うのかね?」


 興味のままにドイルはマルチェルに尋ねた。


「お前ももう少し魔視脳まじのうを鍛えれば自分の眼で観て判断できるんですがね」

「脳なら十分鍛えているさ。君たちとは使い方が違うだけだ」


 ああ言えばこう言う。あながち的外れでないところが悪質だった。

 魔視脳の働き方はさまざまだ。イドおよび魔力を感知する受容器官としての働き。イドを制御し、魔核を錬成する働き。魔法術式を構築し、魔法発動をコントロールする働き。

 ドイルの場合は魔視脳を利用する。ある意味では「脳」本来の用途にあてることを優先させているのだ。


 超感覚と思考プロセスとを直結し、ごくまれに「直感」として起こる思考の飛躍を意図的に再現する。それがドイル流の魔視脳活用法だった。


「まず、彼らのイドは制御されていない。たまたま同質でシンクロしているだけだ。彼らのギフトは『2つで1つ』なんです」

「それはわかるよ。双生児にふさわしい状態だね」

「彼らは『剛力』と『高速』という身体属性をトレードすることができる。それがあのギフトの本質だ」


 属性の一端が「剛力」であり、反対の端が「高速」になっている。「高速」を犠牲にすることで「剛力」を引き出せるのだ。


「だが、『剛力』を使っている時もスピードは落ちていなかったぞ」

「そこにからくりがある。ギフトを2人で共有することで、1人が『剛力』を引き出し、もう1人が『高速』を引き出せば犠牲なしに能力を強化できるのです」

「なるほど、それは面白い。2人とも高速で動いた時は剛力を犠牲にしていたわけだね」


 ドリーの遠当てを避ける時、双子は非常手段として同時に「高速挙動」を用いた。その間はパワーダウンしていたわけだが、回避手段として使用する分には問題なかった。


「しかし、まあ手品の種が知られたらそれまでということか」

「そういうことです。純粋に身体能力を向上させる内気功の敵ではありません」


 考察が落ち着いて、ドイルは餌を食べ終わった猫のように満足げだった。


「あの2人はウチでも有数のギフト使いなんだがね。初見で破られたのは初めてだろう。しかも相手が1人とは」


 呆れた面持ちでシュルツ団長がこぼした。


「初見はお互い様だ。メシヤ流には癖の強い技が多いのでな。そもそも劣勢を跳ね返すための術なのだ」

「メシヤというから博愛を気取ったお上品な流儀と思ったら、とんだ食わせ物だったよ」


 シュルツがドリーに返す言葉は、どうしてもぼやきになってしまう。


「外気功の披露でお開きとなったが、魔法を重ねなくて良かっただろうか?」


 ドイルは長すぎると感じたようだが、ドリーにとってはいささか消化不良の手合わせだった。軽く攻撃魔法を混ぜてやれば、もう少し刺激的になっただろう。


「勘弁してくれ。団員を何人つぶすつもりだ」

「大怪我させるつもりはなかった。10人くらい軽く相手をしようかと思っていたんだが」


 シュルツにしてみれば冗談では済まない。怪我はなくとも、騎士団の精鋭10人の心を折られるところだった。


「あれで十分だ。イドの訓練が重要であることは理解した。『反魔抗気党』の造反については、わたしが責任持って対処する」


 冷や汗をかきながら、シュルツは約束した。

 

「そういうことなら、ここに来た目的を果たせたようなものです。念のため最後にネロと話をさせてもらえますか? できれば我々だけで」


 マルチェルの願いを聞き入れ、シュルツは彼らに別室を与え、ネロを呼び出させた。

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