第587話 さすがにそれはないだろう。
「アランさん、ネロさん、お久しぶりです」
「ステファノ、元気か?」
「……」
2人がステファノに会うのは丸1年ぶりだった。随分と大人びたようにも見え、少年らしさが残っているようにも見える。
「アカデミーを卒業したそうだな」
「はい。おかげさまで、貴重な経験をさせてもらいました」
王族進講を許されるほど好成績で卒業したことは、王立騎士団にいたアランたちにも聞こえてきていた。
その上、王国魔術競技会で準優勝を遂げたと聞いた時には、2人とも耳を疑った。
「一体何をどうすれば1年間で王国を代表する魔術師になれるのだか。この1年に何があったか、後でゆっくり聞かせてくれ」
アランの声にあきれたような響きが含まれていたのは無理もなかった。
「ステファノは魔法だけでなく武術も磨いています。講義のない日はステファノの杖を相手に剣の稽古をしてみるのもよいでしょう」
「ステファノは杖術を使えるのか? いや、さすがに1年足らずの修業で俺たちの相手は務まらんだろう」
アランにステファノとの稽古を勧めたのはマルチェルだった。
ここではアランの反応が正しいのだが、それは常識の範疇でのことだった。
しかし、武術と魔法に関してステファノに常識は通用しない。
「ステファノに杖を教えたのは武術教官を務めるヨシズミです。ああ、ちなみに体術はわたしが手ほどきしました」
「マルチェルの弟子……」
「ステファノは気功の達人ですので、外気功で杖に威力を載せ、内気功で身体能力を高めることができます。そうですね。わたしの見立てでは、あなた方の剣を相手にして杖ならステファノに分があり、無手ならやや後れを取るといったところでしょうか」
「さすがにそれはないだろう」
アランは疑ったが、マルチェルの評価は掛け値なしのものだった。もっとも、ステファノの側が普通に戦えばという条件がつく。
イドを飛ばしたり、爆発させることまですればステファノの負けはない。見えないイドの杖や鞭を使えば勝負にもならないだろう。
それでもマルチェルはアランをからかうためにステファノとの稽古をけしかけたわけではない。実力が近いもの同士の稽古はお互いにとって得るものが大きいのだ。
騎士は気功というものを直接体験し、杖や無手武術を相手にする機会を得る。ステファノは剣のさばき方を修練することができる。
ステファノ自身は武術で名を挙げようとも、兵士として戦で手柄を立てようとも考えていない。武術を磨く必要はないと言ってもよい。
(だが、それはそれ。戦わない者が武術を磨いてはいけないという決まりはありません)
人殺しの手段を超えた武術の味わい深さ、営々と築き上げられた技法の玄妙さ。マルチェルは師としてそれをステファノに伝えてやりたかった。
武術もまた、過去の歴史から解放されるべきアートの1つなのだ、と。
「面白そうだ」
「おい、ネロ?」
「ステファノにどれだけ気功が使えるのか。俺は見てみたい」
「う、うん」
いつになく饒舌になったネロに、アランは気を飲まれた。言われてみれば気功というものに興味がないと言えば嘘になる。
それをじかに体験できる機会は貴重であった。
「ネロがそう言うなら俺は構わん。ステファノ、一緒に稽古をするか?」
「はい。お2人さえ良ければ、ぜひお願いします」
「ステファノ、俺からもよろしく頼む」
マルチェルの勧めとあってはステファノに異論はなかった。
アランはさほど乗り気でもなかったが、ネロの熱意に当てられてステファノとの合同稽古を受け入れる形となった。
「ネロがこれ程気功に興味を示すとは思わなかったぞ」
「騎士団にいては経験できぬ。何事も勉強だろう」
「ま、まあ勉強熱心なのはいいことだがな」
妙に積極的なネロを冷やかそうとしたアランだったが、ネロに正論を返されて腰砕けとなった。いつもと調子が違うことに、アランは内心首をかしげた。
「それでは寮にご案内します」
屈託のないステファノの声で我に返ったアランは、気持ちを切り替えて立ち上がった。
◆◆◆
「あと1週間の内には初年度の生徒が揃うだろう」
「いよいよでございますね、旦那様」
「マルチェルよ、ここでは学長と呼んでくれ」
「そうでした。失礼を」
学長室に残ったのはネルソンとマルチェルの2人だった。
入学希望者は当初数が少なかった。定員割れになりかねない状況に、ネルソンはギルモア騎士団からの生徒派遣を考える程だった。
しかし、マルチェルとステファノがヤンコビッチ兄弟討伐という手柄を立てたことが貴族の間で噂となり、ウニベルシタスにとって良い宣伝となった。
衛兵隊の腕利きすら返り討ちにしてきたヤンコビッチ兄弟を、たった2名で討ち果たした技とは一体どんなものか? 興味を持った貴族たちが己の家人をウニベルシタスに送り込もうと、競って応募してきた。
「いささか品位にかけると思いましたが、スールー嬢の策に乗って正解でございましたな」
「お尋ね者退治を学校の宣伝に使うとはな。若い者の発想には驚かされる」
「いえいえ。噂を流す学長の手際は、さすがのものでございました」
テミスの秤を持つネルソンは、スールーの建策に理が伴っていることを認めた。そこからの手はずはネルソンの得意技である。
「本当のことを広めるだけだからな。難しくはなかろう」
「ふふふ。王国魔術競技会での準優勝という実績を絡めたところなど、細かい芸でございました」
「鉄壁」の二つ名を持つマルチェルが盗賊を討伐したところで、驚きは少ない。しかし、相棒が18歳の若者だとなれば、「どこのどいつだ?」と興味が生まれる。
王国魔術競技会初出場にして準優勝を果たした新進気鋭の魔術師だと情報が加われば、その素性にますます関心が集まるのは当然だった。
「種をまいておいた『メシヤ流』の名前が決め手になったようで」
「布石が生きてきたな」
微笑みながらネルソンの脳裏では、次の一手を練る思考が目まぐるしく駆け回っていた。
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