第554話 ウニベルシタスの頭脳といえば、僕のことだからね。

 宗教は教会の支配下にあり、技術は貴族に独占されていた。芸術アートは神を称え、貴族を美化する道具だった。


「この国で技術を抑圧しているのは聖教会でも貴族でもない。それは魔術だ」


 技術よりも手軽で便利な魔術があるために、科学の発展に力がそそがれていない。ドイルのような変人だけが細々と研究に血道を上げていた。


「ゆえに、ウニベルシタスでは生活魔法と技術とを並行して教授する。科学は魔法を補完し、共に社会を助ける力として世に広がっていくのだ」


 ネルソンは老獪にも、抑圧原理である魔術を科学の中に取り込んでしまう作戦を立てた。科学と不可分に結びつくことが「魔法」の本質であると定義してしまうのだ。

 それにより、魔法は「魔術の上位互換理論」として旧来の魔術を駆逐する。


「魔術師協会とは敵対することになりそうですね」

「いずれはな。だが、それは遠い先のことになるだろう」


 魔術の花形は攻撃魔術だ。生活魔法に内容を絞ったメシヤ流魔法は、魔術に劣る二流の術と見られるだろう。それがネルソンの予想だった。


「魔術師協会がウニベルシタスを下に見ている内に、我々は魔法師の数を増やす。卒業生に私塾を開かせ、弟子を育てさせるのだ」


 弟子が孫弟子を育てる。ねずみ算式に魔法師の数を増やすビジョンが、ネルソンの中に構築されていた。


「10人の生徒が卒業後にそれぞれ10人の弟子を育てれば、3年後には千人の魔法師ができ上がる。6年後には百万人だ」


 そうなったらもう誰にも止めることができない。魔法師だらけの世の中になる。


「そこで、我らは魔視鏡マジスコープを公開しよう。万人に魔法を開放するのだ」


 ネルソンの言葉に力が籠った。


「それまでに技術の自由化を進めなければいけませんね」

「お前の言う通りだ。魔法だけが先行してしまうと、社会は魔法に依存してしまうからな。ルネッサンスに与えられた時間は短い」


 そこでドアが賑やかにノックされ、一団の人々が入室してきた。


「やあやあ、ステファノ。卒業報告はつつがなくできたかい?」


 先頭に立って入ってきたのはドイルだった。促されるまでもなく、ステファノの隣にどっかりと腰を下ろす。


「随分と体を鍛えたみてエだナ。色も黒くなったッペ」


 続いて入ってきたヨシズミは、ネルソンとステファノの間のソファに腰掛けた。


「普段着を着た姿を見るのも久しぶりだね。見慣れないせいか、何だかちぐはぐに見えるよ」


 道着を着ていないステファノの服装を茶化したのは、スールーだった。マルチェルに促されて、サントスと共にヨシズミの反対側に座る。


「あの、こちらの方は……?」

「ステファノ、紹介しよう。こちらは魔術科の教授を務めてもらうマランツ師だ」


 1人立ったままの老人についてステファノが尋ねると、ネルソンがそう紹介した。


「マランツじゃ。お前がステファノか。よろしく頼む」


 枯れ枝のような頼りない老人だったが、眼光だけは鋭かった。

 ステファノは立ち上がり、マランツに挨拶した。


「初めまして、ステファノです。ご門弟のジロー卿とはアカデミーで一緒でした」


 マランツはステファノの挨拶に無言で頷き、ヨシズミの隣に座った。


「混乱せぬように言っておこう。スールーとサントスは当校の教授ではない。彼らには当校直轄の工房として新技術の開発に当たってもらう」

「つまりは僕の手下ということになる。ウニベルシタスの頭脳といえば、僕のことだからね」


 ネルソンが教授でない2人がこの場にいる説明をした。それにマイペースのドイルが乗っかり、鼻をうごめかせる。


「僕たちはサポリの市街に工房を作ったんだけどね。王族ご進講の成果を認められて、ウニベルシタス構内にも分室を置いてもらえることになったんだよ」

「スールーが連絡係」


 どうやらサントスは工房の方に常駐し、スールーがウニベルシタス分室との間を行き来するらしい。


「でも、スールーさんじゃ技術的なことはわからないんじゃ?」

「ステファノ君、大人になりたまえ。そういうことは図面と仕様書でやり取りするものだよ。いざとなれば、魔耳話器まじわき魔示板マジボードがあるしね」

「それじゃあスールーさんの出番がないですね」


 技術情報はリモートでやり取りできるとスールーは言う。それなら彼女がウニベルシタスに来る必要はないだろうとステファノは思った。

 

「甘いなあ。発明とはコンセプトによって成否が決定するものだよ。僕の天才的発想が無から有を生み出すんじゃないか」


 スールーはそう言うと、ソファーの上でふんぞり返った。


「ふふん。発想は天才そのものである僕の方でするんだがね。スールーにはそれを商売にする道筋を考えてもらうのさ。古だぬきのネルソンと一緒にね」


 唯我独尊振りでスールーの上を行くドイルが横から口を挟んだ。


 現代でいうマーケティングやプロモーション戦略に当たるだろう。確かにその分野は技術屋の手に余る。


「それと、僕には初等教育用教科書製作という使命があるからね。その内容をドイル先生に監修してもらうことになっているんだ」

「なるほど。それならウニベルシタスここに詰めていた方が、話が早いですね」


 スールーの勤務地はウニベルシタス分室がメインとなり、サポリ市内の工房はサブ的な位置づけになるようだ。

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