第539話 捕縄術には3つの要素がある。『討伐』、『確保』、『捕縛』だ。

捕縄術ほじょうじゅつと称しているけど、実態は捕縛術が主なんだよ」


 鎧を拭く手を動かしながら、ジェラートは言った。


 礫術つぶてじゅつに続くステファノの入門先は「ジャン派捕縄術」という流派だった。ジェラートはその当代継承者である。

 25歳の若さだが、幼少より家伝の捕縄術を父から学んでいた。ジャン派も道場を持たない流派だ。


 無尽流礫術を伝えるネオンよりもさらに特殊な家系にジェラートは生まれた。すでに引退した父親も、初代のジャン自身も、王都衛兵隊に所属する身分だった。


 その立場は独特で、普段は衛兵たちの武器や防具を維持管理する役割を負っていた。簡単な鍛冶仕事もするし、防具の繕い、修理などもした。


「まず敵を倒し、押さえつけて縛る。その一連の術を捕縄術と呼んでいるわけだ」


 ジェラートの話を聞きながら、ステファノは衛兵の短剣を研いでいた。彼にとって刃物研ぎは慣れた仕事だった。

 2人が座り込んでいるのは衛兵詰め所に隣接する作業小屋だ。


「つまり、捕縄術には3つの要素がある。『討伐』、『確保』、『捕縛』だ」


 作業小屋にはジェラートとステファノの2人しかいない。普段はジェラートが1人で、衛兵隊全員分の武器防具を手入れしていた。

 衛兵隊は軍隊ではない。町の治安を守る警察活動を主な任務にしていたので、激しい戦闘は滅多に起こらない。そのため、ジェラート1人でも手は足りていた。


「『討伐』には何を使ってもいい。魔術だって構わないさ。ただ、剣や槍を使うと相手を殺してしまうだろう? うちの流派では『棒』を使うことが多いんだよ」

「杖とは違うんですか?」


 短剣を研ぐ手を止めずに、ステファノは尋ねた。質問する間も、その目は手元からそらさない。

 ジェラートも同じだ。鎧を磨く手元を見つめたまま、ステファノの問いに答えた。


「君の杖よりは太い物を使っている。こん棒と言うほどではないがね。長い物は僕の背丈くらいで、短い物は二の腕の長さだ」


 警吏がいきなり刃物を振り回すなど、街中では物騒すぎる。ここは王都だ。

 通常の治安維持、捕り物程度であれば、警棒で事足りるのだった。


 ジェラートは180センチを少し超える長身だった。その長さで杖より太い棒となれば、かなりの打撃力を持つだろう。使い手によっては相手を殴り殺すこともできる。


「始めに言っておくけど、捕縄術は武術じゃない。あくまでも曲者を捕えるための技術なんだよ」


 敵を倒し、他人よりも強くなることを目指す体系ではないことを、ジェラートは強調した。


「だから、武術がもっぱら鍛え上げるはずの『討伐』について、うちの流派は重きを置いていないんだ」


 敵を倒すにはどんな手段を用いても良い。衛兵であることを前提にしているので、数を頼めば良いのだ。

 術らしくなるのは『確保』の段階からだった。


「『確保』の術は組打ち系の武術と共通しているそうだよ。君も柔を使うと言ったね?」


 締め技、決め技、ひしぎ技などを術の体系に含んでいると、ジェラートは説明した。


「正直、特別な技はないよ? 棒との組み合わせで使う技くらいかな? 柔と違うのは」


 棒を武器にしている前提で、それを利用して関節を決めたり、気道を塞いだり、ツボを押さえつけたりする技があった。それらはおいおい教えようと、ジェラートは言った。


「捕縄術の真骨頂は、やっぱり『捕縛』の部分だからさ」

「そこで縄を使うんですね。俺は捕まえるところから縄を使うのかと思っていました」

「『打倒』、『確保』をすっ飛ばしていきなり『捕縛』するのはかなり難しいよ」


 敵が素人で、しかも油断した状況なら、すれ違いざまに縄をかけることもできる。だが、そんな相手ならいきなり殴り倒してしまう方が手っ取り早い。実用性を考えれば、3段階は分けて考えるべきだとジェラートは言った。


「敵を押さえつけたままどうやって縄をかけるか? 逃げられないように縛るのはどうしたらよいか? そっちが捕縄術の本筋さ」

「確かに武術とは違いますね」


 強さを求めて入門志願した人間なら、それを聞いて幻滅するかもしれない。しかし、ステファノの目的は強さではなかった。


「敵を殺さないなら、縛って動きを封じるのは必要なことですね」

「そうなんだよ。でも、なかなかわかってもらえなくてねえ」


 苦労を感じさせる言葉の割に、ジェラートの調子は淡々としたものだった。こどものころからと言えば、既に20年、そういう誤解と向き合ってきたのだろう。


「まあねえ。うちの仕事が仕事だからねえ」

「武具の補修のことですか?」


 ジェラートの声が調子を変えた。淡々とした中にもしみじみしたものが混じった気がして、ステファノは手を止めてジェラートを見た。


「うちの家にはもう1つ役割が合ってね。世間では僕のことを『縛り屋』って呼ぶのさ」


 ジェラートの口調は変わっていない。それなのに、ステファノはなぜか背筋が寒くなった。


「それは……どういう役割でしょう?」


 ステファノの問いを受け、ジェラートも作業の手を止めた。


「この国の最高刑は死罪だ。知ってるね? 罪人は王宮前広場で絞首刑にされる」

「それって――」


 続く言葉を悟ってステファノは息を飲んだ。


「僕は死刑囚の首に縄をかける首つり役人なんだよ」


 ジェラートは言った。

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