第466話 それはもちろんですが、狙いはそれだけではありません。
同時に撃ち出す火球、その数6発。「
その瞬間――。
標的を覆うイドが高速で流れ、火球の群れを左右に引き離した。火球は流れながら茜雲のように細長く引き延ばされた。
方向を変えられた火炎流は両隣の標的に襲い掛かり、まとわりつきながら勢いを弱め、やがて消えていった。
「これは……殴りかかった拳が、油で滑ったような」
「そうですね。古代の拳闘士は全身に油を塗り込めたと聞きますが、結果は似ているかも」
ステファノが
「もちろん物理攻撃なら、そのものずばりそらすことができるな」
「それはもちろんですが、狙いはそれだけではありません」
「む? 他に何かあるのか?」
ステファノはポケットから「鉄丸」を1粒取り出した。直系10ミリ程の鉄球である。
「これを俺に向かって投げてくれますか」
「どういうことだ?」
「オレにはイドの鎧があります。遠慮はいりません。思い切り投げつけてください」
言われてみればステファノに危険はないのだろうが、わざわざ自分に投げさせる意味がわからない。ドリーは鉄丸を受け取りながら、当惑した。
「投げろと言うなら投げつけるが……。本当に良いのだな?」
「お願いします」
ステファノは3メートルほど離れて、ドリーに正対していた。体にはどこにも力みがない。
「わかった。行くぞ?」
ドリーは頭を切り替えて投擲に集中した。彼女もひとかどの武術者である。
礫を撃つという行為に、瞬時に没入し、迷いを捨てた。
「!」
無言の気合と共に、右手に持った鉄丸をステファノ目掛けて投じる。
ピーッ!
空気を切り裂いた礫は、瞬時にステファノの頭部を襲った。
ぬるり。
音が聞こえてきそうな不可思議な動きで、鉄丸はステファノの顔面を滑るように避けた。
それだけで終わらず、背後に抜けそうに見えた鉄丸がステファノの頭部を一周して体の前面に戻って来る。
「何だと?」
鉄丸は勢いをそのままに、胸を横切りステファノの右腕を伝って、手の中に収まった。
「えいっ!」
ステファノには珍しく鋭い気合を発すると、右手に収まった鉄丸を全身を捻って標的に投じた。
ピーーーッ!
再び鉄丸が長い尾を引いて風を切った。
狙いあやまたず、標的の胸を捉えた鉄丸は、そこにめり込むこともなく、かといって弾かれることもなく、吸いついたようにそこに止まった。
「これが狙いです」
ステファノは残心を解いて、ドリーに向き直った。
「なるほど。カウンターか」
柔よく剛を制す。合気の極意をイドの防御に取り入れたものであった。
「
「ふうむ。物理だけではない。魔術攻撃やイドの攻撃であっても、仕掛けた相手にそのまま返すのか」
「試合では、『相手の標的』に向けて返すことになりますが」
それは確かに、「達人の勝ち方」であった。
「最後は礫を受け止めたのだな」
「こちらに投げ返してしまうと、キリがないので」
標的にまとわせた
「これならほぼお前の負けはないな」
「
上級魔術者ならあるいはと思わせるが、アカデミー生にできることではなかった。
「やはり精神攻撃系ギフトが焦点になるか」
ドリーの考えはそこに行きつくが、彼女にしても精神攻撃を相手にした経験はなかった。
「そもそもそんなギフト持ちがいるかどうかもわからんのだがな」
「その通りなんですが、『もしいたら?』と考えると、備えないわけにはいきません」
最悪に備える。それはステファノの性格であり、身に沁みついた行動原理になっていた。
「何となくヒントは見えています。
「イドの制御で精神攻撃をも受け流そうと言うのか?」
精神攻撃がイドによる攻撃ならば、受け流すことができる。果たして、実際はどうなのか?
「今はまだどうすれば良いかわかりません。精神攻撃系ギフトの術理について、もう少し考えてみます」
「そうだな。理屈がわからなければ防ぎようがなかろう」
「図書館で調べた事例集の中に、謎を解く鍵が眠っているのだと思います」
ステファノは精神攻撃系ギフトに関する考察を更に突き詰めようと考えていた。
「それはそれとして、雷丸の飛行訓練をやらせてください。こういうものはトータルの経験値をいかに高めるかでコントロールの精度が決まると思うので」
「構わんとも。わたしにとっても新しい術を目の前で見られる貴重な機会だからな。メシヤ流飛行術、勉強させて頂こう」
ステファノは先程の標的から鉄丸を回収し、ポケットにしまった。
「さあ、雷丸。お前の出番だよ。飛行訓練だ」
「ピー!」
「スピードの制御、方向転換、空中姿勢、いろいろと練習してもらうぞ。それに、飛行中の魔法行使もね」
「ピピー!」
雷丸は張り切ってステファノの頭頂部で四つ足を踏ん張った。
「ドリーさん、メシヤ流飛行術、加えて雷魔法を行使します」
「了解した。5番、飛行術および雷魔法。発射を許可する!」
「ピー―――!」
雷丸は赤い弾丸となって空中に飛び出した。
19時の鐘が鳴るまで、雷丸は射撃レンジ内を縦横無尽に跳び回り、標的に雷を飛ばし続けた。
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