第460話 師匠という人がよほど優秀なんだね。

 ステファノの報告テーマはそれ以外にもあるが、概ね情革研のメンバーには内容が理解できた。


「しかし、こんなに盛りだくさんなテーマに挑む必要があるのかね?」


 目立ちたがりのスールーでさえ、引き気味になる分量であった。


「俺は2学期で卒業します」


 チャレンジの成功により、ステファノは十分すぎるほど修了単位を獲得していた。これ以上アカデミーに留まる意味はない。


「最後の研究報告会では、実力を隠さず、メシヤ流の名を広めるように言われているんです」

「メシヤ流とはキミの所属流派だったね? これまで表に出ていないのが不思議なくらいだが」

「本当に田舎の弱小流派なんですよ。師匠の他はみんな初心者だし」

「師匠という人がよほど優秀なんだね」


 その通りである。ヨシズミが擁する魔法体系は、この世界に類のない唯一無二のシステムであった。

 しかし、それだけでもない。ステファノが考えられないスピードで進化している原因は、彼を取り巻く大人たちにあった。


 ドイルの科学理論、マルチェルの瞑想法及び気功操作、そしてネルソンの戦略思考。これらのものが絡まり合い、総合的にステファノのバックボーンとなっている。

 王立アカデミー以上に優れた教育環境と言えた。


 これほど恵まれた環境は、王族であっても整えることができないであろう。


 そして、それはそのままウニベルシタスの強みとなる。


「それじゃあ、キミは魔術競技会の部にも参加するんだね?」


 スールーはステファノの意思を確認する。


「魔術競技会」


 それはかつて、オリエンテーションの際に「そのようなものは存在しない」と、教務長アリステアが否定した催しである。


 正しくは、「研究報告会魔術試技の部」という。


 新魔術の研究開発奨励を目的の1つとして、毎年3月の研究報告会時に開催されている魔術学科の神髄的行事であった。

 ただし、新魔術といっても競い合う対象は「戦闘魔術」に限られていた。


 そこには戦争の影響が色濃く影を落としている。


 本来であれば、戦闘技術を競い合う大会にステファノは参加意欲を覚えなかったであろう。ステファノにとっての戦闘魔術とは「身を守る術」に留まり、相手を滅ぼす手段ではないからである。


 しかし、現実にはメシヤ流を世の中に知らしめるというミッションを背負わされている。ギルモア侯爵閣下からのプレッシャーも存在した。ステファノに「身をかわす道」は残されていなかった。


「はい。流派の力を示すために出場します」

「流派のしがらみかあ。それは少々気の毒だね」


 自由を尊ぶスールーにとって、流派の名誉を背負わされる立場は窮屈なものに見えた。


「幸い、本当に傷つけ合うわけではないので、『術比べ』という内容には興味があります」

「ああ、確かに。あくまでも模擬戦だからな。お互いに直接攻撃することはない」


 ステファノが言う「術比べ」のやり方を、トーマが変わって説明した。


 魔術試技では自分の身代わりとなる標的の近くに立ち、遮蔽物の影から攻撃と防御を行う。とんでもない誤射を犯さない限り、選手に危険が及ぶことはない。

 試合時間は1分。時間切れの後、互いの標的にどれだけダメージを与えられたかを審判が評価して、勝ち負けを決定するというルールであった。


「なるほど。それならほとんど危険はないな」


 説明を聞いて、スールーも納得した。

 ちなみに、相手の選手を攻撃した場合は、故意過失を問わず失格となる。


「ちなみに1対1という人数制限以外は、何でもありらしい。魔術発動具でも、魔道具でも、普通の武器でも使用は自由だそうだ」

「それはまた、随分荒っぽいね」

「戦場では何でもありだからな。火球で焼かれようと、槍で突かれようと、死ぬことに変わりはないそうだ」


 常在戦場の心構えというのであろうか。かなり刺激的だなとステファノを見やれば、眉を寄せて考え込む姿があった。


「どうかしたかい、ステファノ。まさか怖気づいたわけではないだろう?」

「いえ、ルール的にどうなんだろうと思いまして」

「何のことだい?」

「こいつを使って攻撃しても良いんでしょうか?」


「ピー!」


 ステファノの頭の上で、自分の出番が来たかと雷丸が声を上げた。


「魔獣使いか! 構わないんじゃないか? 魔道具を使って良いなら、魔獣だって良いだろ」

「念のためにマリアンヌ学科長に確認することにします」


 スールーの言葉には一理ある。

 王国の歴史上、魔獣使いが存在しなかったわけではない。戦場でそれなりの戦果を挙げた記録もある。


 しかし、アカデミー在学中に魔獣を使役した事例は存在しなかった。


 魔獣をテイムし、訓練し、自在に操れるようになるまでには長い年月を要する。それが常識であり、とても在学中に間に合うものではないのだ。


 メシヤ流のステファノを除いては。


「ぜひとも魔獣の使用を認めてもらいたいものだね。実に型破りで面白い!」


 魔術師であるトーマにとっては驚きの方が上回るが、スールーには関係ない。魔獣を使って戦うという新規性に、大喜びしていた。


「ますます研究報告会が楽しみになって来たよ。キミが優勝することを期待しているよ、ステファノ」

「期待にそえるように頑張ります。そうだな、雷丸?」

「ピー!」


 雷丸が気合を入れると、ステファノの頭髪が雷気を帯びて針山のように立ち上がった。

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