第424話 わたしも旦那様と同じ見立てでございます。
数日前のネルソン邸では、「作戦会議」が開かれていた。
「ステファノが実力の一端を示し始めれば騒ぎになるのは当然だね。誘拐騒動でも起こされたら面倒ではないのかい?」
「ドイルの心配はわかる。1学期の段階ではそれを恐れて実力を隠させたのだからな」
「状況が変わったと言いたいのか?」
ドイルの問いにネルソンはゆっくりと頷いた。
「第一にステファノ自身が自衛力を身につけた。今のステファノをさらおうとすれば上級魔術師以上の戦力を用意する必要がある」
「
「それもあるが、それだけではない。隠形五遁、イドの鎧、杖術などの武術。そして
ステファノは敵を倒す必要がない。ただ身を守り、逃げきればよいのだ。
ネルソンはそう判断していた。
「わたしも旦那様と同じ見立てでございます」
マルチェルもネルソンと同意見であった。
「うむ。第二にステファノには『味方』が増えた」
「我々以外にかい?」
「たとえば内務卿閣下。そして軍部も最早味方と言えるだろう」
「そのための直談判だったというわけか」
国家の要所に味方がいれば何かの時に助けを得られる。
「それにな。味方が増えるということは、敵が減るということでもある。戦いとは詰まるところ敵を減らすことだ」
「ふん。君らしい物の見方だね、ネルソン。一面の真理であることは認めよう」
タイプは異なるが、ここに揃った全員がリアリストであった。戦争の現実とも向かい合ってきている。
ネルソンが言う通り、これまで王家を始め国内の有力者を味方につけてきた。国外勢力はともかく国内に残る有力者としては――。
「聖教会と魔術師学会。残る大勢力はこの2つだけだ」
「まあそうだな。どちらも味方にしたくない名前だが」
科学者のドイルとは徹底的にそりの合わない相手であった。薬学者としてのネルソンはその気持ちを理解できる。
一方で実業家としてのネルソンは、主にビジネス相手としてこれらの勢力を扱ってきたのであった。
「そう毛嫌いするな、ドイル。2つの勢力の内、明らかな戦力を有するのは魔術師学会だ」
「もちろん。魔術の総本山だからな」
「一方聖教会には魔力持ちはもちろん、ギフト持ちも存在しないと推測される」
「推測の根拠は?」
2人の科学者が議論を交わせば、そのやり取りは自ずと学術討論の趣きを帯びた。
「教会から学会に魔術師を放出するという慣行がある」
聖教会の聖職者から魔力保持者が生まれた時は、魔術学会に移籍させるという習わしがあった。信仰を放棄させるわけではないが、魔力に目覚めた子女は聖職者にはなれないという不文律が存在したのだ。
「魔術学会に魔力持ちの人材を集めるための慣行と言われているが、教会創立以来守られてきたようだ」
「何を根拠にそう考えるんだい?」
「教会には『奇跡』を為した実績がない」
魔術を用いれば通常為しえない奇跡を起こすことが可能になる。にもかかわらず、教会の歴史に奇跡発現の記録はない。
「逆に言えば魔力持ちがいないから奇跡を起こせなかったというわけか」
ドイルはネルソンの論旨を引き取って、頷いた。
「では、ギフト保持者がいないと考えるわけは?」
「ギフトには大きく分けて知覚系と身体強化系の2つがある」
ネルソンたち飯屋派は知覚系ギフトに大きく偏っている。身体強化系ギフトの代表格はクリードの「
「珍しいところでは『大声』なんていうギフトもあるらしいがな」
「それで? 教会にギフト持ちがいないという証拠はどこにあるんだい?」
「長い歴史の中で、聖教会は何度か襲われたことがある」
ネルソンは過去に想いを馳せるように言う。
「身体強化系のギフト持ちがいれば、襲撃者を撃退するのは容易い。何度も犠牲者を出していることが、教会にギフト持ちがいないことの証明と言えよう」
「証明としてはかなり消極的だね。一定の蓋然性があるのは認めよう。しかし、知覚系のギフト持ちが存在する可能性は否定できないな」
ドイルはネルソンの推測を冷静に評価して見せた。
「それについてはお前が言う通りだ。知覚系のギフト持ちの存在は想定しておくべきだろうな。しかし、我々にとって直接的な脅威にはならないだろう」
知覚系ギフトを使用しても人を襲うことはできない。せいぜい動向を探ったり、侵入の道具として使ったりという用途しか想定できなかった。
「幻術や催眠を操るギフトがあれば、脅威となるかも知れねぇッペ」
ギフトというものに詳しくはないが、集団催眠や洗脳の恐ろしさを知っているヨシズミが言葉を挟んだ。
「なるほど。宗教と相性の良い能力だね。警戒項目に入れておくことを僕からも推奨するよ」
狂信者を憎むドイルがヨシズミの意見に賛成した。
「旦那様、わたしからも一言よろしいでしょうか?」
「もちろんだ、マルチェル。考えがあれば何でも言ってほしい」
主の許しを得て、マルチェルは自分の考えを述べた。
「聖教会に関して最も警戒すべきは、アーティファクトではないでしょうか」
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