第389話 自分が使える術であればどの術でも同じです。
「これで送風魔具の完成です」
ステファノは魔術付与の終了を宣言した。
「大したもンだノ。世間に出れば秘術と呼ばれるレベルだッペ」
「そうでしょうか。簡単な魔術を付与しただけですが」
ステファノとしては「定食メニュー」を1つ創り出した程度の思いしかない。魔道具術における革命的な方式を生み出したと言われても戸惑うばかりである。
「簡単だろうと複雑だろうと、実際はどんな術式でも付与できッぺ?」
「そうですね。自分が使える術であればどの術でも同じです」
上級魔術であろうと、ステファノだけの秘術であろうと自在に付与できる。それを
圧倒的なバランス・ブレイカーであった。
「付与のスピードも桁違いなんだッぺナ」
「普通魔術付与には数日から数週間かかるという話を聞きました」
「そうだッぺ。自分のイドを対象物のイドに混ぜ込むなんて技術はどこにもねェからナ。薄い、薄い物体のイドに術式を定着させるには、そりゃァ根気と時間が必要だッぺ」
ヨシズミは改めてステファノが規格外であることを再認識した。
それからしばらく、今度はヨシズミが魔術付与に挑み、ステファノのアドバイスを得ながら練習を繰り返した。
「
「今のところ成功率は30パーセントくらいでしょうか」
「おめェみたいにぴたっと周波数を決められねェナ」
「周波数というのは振動の速さですか?」
「そういうこッた」
高めの周波数から始めて徐々に下げて行く。対象の固有振動数とマッチするとイドの境界が溶け合うようになる。
そこまでは良いのだが、その振動数を維持することが難しい。
「周波数を固定するコツはあんのケ?」
「振動を変えようとすると難しいんです。イドの密度を調整すると周波数も変わります。密度を変えるにはイドの総量を変えないまま魔核の体積を変えてやればうまく行きます」
言われた通りに魔核の体積を意識してみると、振動の周波数をなめらかに微調整できることがわかった。
「おめェの言う通りだノ。これならうまく行きそうだ」
魔術付与の成功率は30パーセントから70パーセントに改善した。
「後は練習次第ですね」
ステファノの言う通り、後は練習を繰り返して付与術の精度を上げるのみであった。
「つきあってもらって済まなかったナ。ありがとうヨ」
「どういたしまして。俺自身の修行にもなりました」
人に教えることは、物事の原理を再確認することでもある。ギフトの完全覚醒と
「それに送風魔具の問題点もわかりましたし」
「何か見つけたのケ?」
「道具の形です」
魔道具の形には意味がある。安定して収束した風を送り出すためには、やはり先端が輪になった形状が望ましい。あるいは筒状か。
ただの棒や鉄粉にも
「多くの魔道具について、土台となる道具の形状を作る『道具師』が必要になるでしょう」
「なるほどナ。それは大事な話だッペ。旦那やマルチェルさんに報告しといた方がいいナ」
「俺はこの間買い物をした街の道具屋に送風魔具の原型を作らせようと思います」
あの店ならこちらが要求する形状のものを作ることができるだろうと、ステファノは期待していた。
「それならジョナサンを通して注文してもらったらいかッペ」
「それは……仕事の邪魔になりませんか?」
「屋敷に必要なもンを手配すンのは執事の仕事だッペ。遠慮することはねェって」
それでもステファノは律儀にマルチェルの許可を得た上で、原型の手配をしてもらうことにした。
「送風魔具の原型ができるまでの間に、俺は貯蔵庫の魔術具化をしたいです」
「ああ、冷蔵庫ケ」
「冷蔵庫? 師匠の世界ではそう呼んでいたんですか?」
「まあナ。魔法ではなくて、科学で創り出したもンだったが」
現在はヨシズミが毎日魔法で氷を作り、貯蔵庫に収納して食材を冷やしていた。
「貯蔵庫自体を魔術具化して、冷気を常時発生するようにしようと思います」
「そいつは便利な話ダ。オレは仕事がなくなるが……」
「師匠には警備の仕事があるでしょう。ウニベルシタスが始まれば教授の仕事もあるし」
「警備はともかく教授ってのはどうもナ」
ヨシズミは「人を教える」という行為に前のめりになれない。自分のような人間が人を教えて良いものだろうかと。
「俺のことは既に教えてくれているじゃないですか。ドリーさんだって楽しみにしていますよ?」
「おめェとは縁があったからナ。ドリーさんて人にはおめェを通して恩がある。聞いた話じゃ悪い人でなさそうだしナ」
「今決めてしまう必要はないでしょう。その時の状況を見て考えたらどうですか?」
確かにヨシズミとステファノは縁によって結ばれた。
しかし、他の人たちとも縁は芽生えるかもしれない。これから先何が起こるかは知る由もないのだ。
「ドリーさんを教えたら何かが変わるかもしれませんよ? 明日のことは明日考えましょう」
おおらかに言うステファノは自分よりも人生の達人なのかもしれないと、ヨシズミはふと思った。
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