第280話 魔力に容れ物の大きさは関係ないよ。

「鉄粉の1粒を魔術具として扱います」

「鉄の粉をか?」


 スールーは信じられないという顔をしている。


「現状の圧印器でも、針の1本1本を魔術具として取り扱っています」


 針はいわば「素子」である。光に反応する「点」として、鉄板の上に並んでいる。


「鉄板のままでは、『点』をバラバラに扱うことができなかったんです。それで溝を切って独立させました」


 ステファノは現在の圧印器がなぜ「針山」のような形をしているか、理由を説明した。


「今回は初めからバラバラになっている鉄粉に魔力を籠めるつもりです」

「溝を切らなくても良いってわけだな」


 トーマは加工する立場で頷いた。


「どうやってまとめる?」


 サントスがその先の工程について質問した。粉のままでは圧印器にはならない。


「理想は均一に、そして1層に並んでくれることです」

「それでできるだけ均一な鉄粉が欲しいと言ったんだな?」

「はい、その通りです」


 最後はスールーの質問に、ステファノは答えた。


「並んだ状態で鉄粉を鉄板に貼りつけるつもりなんだが、良い加工法はないか、トーマ?」


 ステファノは武器などの工房で鉄の扱いを熟知しているトーマに、質問をぶつけた。

 トーマは腕組みをして、眉間にしわを寄せた。


「熱を加えて良いなら、鉄板ごと炉に入れて鋳込んじまえば良さそうだ。熱がダメならば糊で固める手だな」

「どっちが簡単だ?」

「そりゃあ糊の方だ。塗って固めるだけで済むからな。だが耐久性を考えれば断然鋳込みだな」


「なるほどね」


 今度はステファノが考え込んだ。


「出来上がった『粉つき板』は溝を切った鉄板と同じ扱いができると思う。元々鉄粉は独立していたものだからな。粒毎に魔力を籠めれば、より精度の細かい『感光子』になるだろう」

「お前、あんな細かい物に魔力を籠められるのか? 何百万粒にもなるぞ」


 ステファノは首を振った。


「魔力に容れ物の大きさは関係ないよ。この世のものではない・・・・・・・・・・からね。対象を認識さえできれば問題ない」


 ステファノは「空気の塊」に魔力を籠めることができる。しかし、「空気の1粒」は認識できないので、ガス粒子に魔力を籠めることはできない。


 鉄粉は独立した粒として十分認識できる。


「それに籠める魔術はすべて同じだからね。『光を受けたら押せと命じろ』と言うだけだ。1点に集中する必要もないさ」


 ステファノの言葉を聞いて、トーマとスールーが相談を始める。


「いっそのこと両方試作させるか? 材料は安いからな。大した手間でもない」

「そうだな。お前のところでやれるな? 5個、いや10個ずつ作ってもらうか」

「大きさはどうする? 今度は文章も刷るんだろう? 200ミリかける300ミリくらいか?」


 相談した結果、鋳込み式と糊づけ式の鉄板をそれぞれ10枚ずつ作らせることになった。


「糊づけ式の方は強度が弱いので、圧印は無理だ。バイスに挟めないからな。こっちは両面加工して『版画器』に仕立てよう。鋳込み式は『製版器』として仕上げるぞ」


 トーマの言葉で物作りの方向性が決まった。


「それと、個人的に鉄粉を買い取りたい」

「うん? 構わんが、何に使う気だい?」

「はい。魔術発動具として応用できそうかと」


 スールーの問いに、ステファノは考えを口にした。

 

「鉄粉が魔術発動具になるのか?」

「大きさは関係ないと言ったな?」


 スールーとサントスは、ステファノの思いつきに素朴な疑問を抱く。トーマの方は、道具屋の専門家として衝撃を受けていた。


「今もどんぐりを発動具にして飛ばしています。それを鉄粉でやってみようかと」


 ステファノが思い描いているのは汎用性である。素材はどこにでもあるもので、小さければ小さいほど良い。


「土や砂でも良いのかもしれないが、品質にばらつきが多いと失敗しそうだ。その点、鉄粉なら均一だし丈夫で持ち運びもしやすいだろう」


「ステファノ、お前は鉄の粉1粒から人間を吹き飛ばす魔術を撃てるのか?」


 トーマは青ざめた面持ちで、ステファノに尋ねた。


「俺の感覚では、できると感じている」


 ステファノは正直に答えた。


「仮に中級魔術しか使えないとしても、1掴みで何十万粒もの鉄粉を飛ばせる。とてつもない威力になるじゃないか……」

「うん。俺の切り札になるかもしれない」


 ただの中級魔術が上級クラスの威力を持つ。それが可能なら、魔術界に革命が起こる。魔力量が魔術の威力を規定するという鉄則が崩れ去るのだ。


「それは……機密事項だな」


 トーマは問題の重大さを認識した。


「そうだね。この件も、表に出さないでいてくれると助かります」

「わかった。秘密は守るよ」

「了解」


 スールーとサントスも、トーマの様子を見て事態の深刻さを理解したようだ。


「けど、製版器を発表するなら同じことじゃないのか? 同じく数十万単位の魔術を起動するわけだろう?」

「製版器は見た目が地味だからね。多分騒ぎにはならないよ」


 マリアンヌ学科長も現象の不思議さを感じたものの、「原理」に衝撃を受けることはなかった。

 所詮生活魔術の使用法に過ぎないからだ。


「器用なことをする奴」という評価で終わってしまう。


「米粒に字を書く人と同じさ」


 ステファノはそう言って、笑った。


「世間が気にするのは『人を殺せる技術』かどうかさ」


 ステファノの関心はそこにない。人の役に立つかだ。


 例えば荷車を動かし、土を耕す。水を汲み上げ、光を照らす。部屋を暖め、ゴミを集める。

 誰もがそんな便益を享受できれば、生活の質が飛躍的に高まるだろう。


 病気で死ぬ幼子が減り、飢えで亡くなる人も少なくなる。


 全員が豊かになった世界では、殺し合う必要がないはずだ。


(俺が目指す魔法や魔術具とは、そういうものだ)

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