第271話 神は平民に魔力を与えた。

 とはいえ相手は神である。全能の創造主であるならば魔力の伝播を止められたはずだ。そうしなかったのは、魔力の血統を広げることに積極的な意味を見出していたからだ。そういう理屈になる。


(貴族を是とする立場から考えれば、魔力を持つ平民は「貴族を手助けする」役割を持つべきだ。ギフトが苦手とする分野を魔術が補う。そういう役割だったのだろう)


 貴族階級の創設と維持を神の意思とするならば、平民が魔力を持ってもその妨げにはならないということになる。実際にその通りの経緯を歴史はたどった。


(第一に魔術は近接戦に弱い。手の届く距離から刃物を振るわれたら、ひとたまりもない。特に、囲まれたら終わりだ)


「魔術」にはイドの操作が含まれない。物理攻撃に対する防御が極めて薄い。

 水や風を壁代わりに張ることはできるが、相当な実力者であっても刃物は止められない。


(遠距離に立ったら弓矢にはかなわないし。20メートルの彼方から矢を射られたら、魔術師は何もできない)


 魔術師の役割はあくまでも「補助」なのだ。軍団の中で守ってもらいながら、ギフト持ちの英雄が活躍するのを助ける。敵をかく乱し、怯ませる。

 それで十分役に立つのであった。


 だが、とても貴族階級を相手に戦いを挑めるような戦力ではない。


(そうすると、平民に魔力を与えた意味とは……貴族を助けろということ? いや、それだけでは弱いな。逆に言うと、ギフトを与えなかったということ。そうか、ギフト獲得の可能性から目をそらして、魔力で満足させておくためか?)


 そう考えれば「ギフトと魔力を分けて与えた」ことに意味が出る。


(うん。説としてはそれを中心に置こう。残るは、「両持ち」が存在する意味だ)


 ギフトと魔力の両方を授かった「両持ち」は、貴族にも平民にも出現する。ステファノもその一例だ。そのことに意味はあるのか?


 ステファノが知っている両持ちの例は、本人、ドリー、ディオール、トーマ、ガルであった。

 直接会ったのはドリーとディオールだけだが。


 ディオールについては詳しいことがわからない。しかし、魔力を視覚化できる能力のようだ。

 ドリーのギフトは「じゃの目」だ。魔力を温度として検知する。

 トーマの能力は未発達だが、どうやら「イド」の密度を「味覚」として検知するものらしい。


 ステファノのギフトは「諸行無常いろはにほへと」。魔力を色として認識し、イドの視覚化に至った。やがてはイデアそのものを捉えるところまで届くかもしれない。


 ガル老師のギフト内容はわからない。おそらくは上級魔術師となるために役立つ能力であろうかと推測される。


(こうしてみると、自分も入れて4人が「観る」系の能力なんだよなあ。これは偶然だろうか?)


 偶然でないとすると、神は見せるために両持ちを作ったということになる。何を見せたいのか? ギフトの内容から判断すると、ほかの魔力保有者を見極める能力ではないか?

 

(平民を監視する役割を期待されているんだろうか? それとも平民階級の中に、階級格差を作り出そうとしたのだろうか?)


 平民階級の中での両持ちとはせいぜい「鳥なき里の蝙蝠こうもり」だ。憧れよりも妬みを集める存在として、平民に与えられた噛ませ犬なのだろうか? 平民が生活の不満を身近な「両持ち」にぶつけている間は、貴族階級は安泰であった。

 

(こんな調子で良いんだろうか? 仮説として一応筋道は通せるけれど、この内容だと貴族制度に対する批判と受け取られるかな。論文としてのまとめ方を考えないと)


 そして、このままだと「パンチが足りない」とステファノは感じていた。魔術の歴史(基礎編)では、「霧隠れの術」を再現してみせた。あれが決め手となってチャレンジを認められたと言って良いだろう。


 それに代わる何かが欲しい。


 自分が「両持ち」の1人であることは伏せておきたい事情がある。その上でインパクトを持たせるにはどうしたら良いか。


 ステファノはもうしばらく悩みが続きそうだと、頭をかいた。


 ◆◆◆


 タッセ先生の「工芸入門」はチャレンジ・テーマの作品提出で始まった。

 つまるところは単なる「木彫」なので、挑戦する人間が多かった。クラスのほとんどが作品を提出する。


「助手が席を回りますので作品を提出してください。名前は入っていますね? 取り違えられないようにしっかり書いておいてください。はいはい、揃いましたね」


 大きなお盆のようなものを持って、助手が作品を集めた。


「うん? 論文のようなものをつけたものがありますね。これは誰ですか? ええと、ステファノ?」

「はい。特殊な作成方法を取ったので、その作成法について説明書をつけさせてもらいました」

「ふうん。作品は3つ作ったのですね? うん? これは……」


 トーマ同様、3つのコースターがまったく同じに作られていることに気づき、タッセは慌てて説明書を読み始めた。


「『圧印器』ですと? 魔術発動具? どんな下絵でも木彫にできる? 本当ですか?」


 最後の言葉は書類から顔を上げてステファノに尋ねたものだった。


「はい。そこに書いた通りです」

「コースターを作るために魔術発動具を自作するとは……。本末転倒のような気がしますが」

「たまたまこれに近い原理の発明に取り組んでいるところでして。圧印器はその原型として作ってみました」


 ステファノの言葉を聞いて、タッセは目をぱちぱちと瞬いた。

 入学して2週間目の新入生が何を言っているのか、と。


「発明? 数日で試作品を作ったですって?」

「はい。現物はここにあります」

「こちらに来て、見せてください」


 ステファノは背嚢と「杖」を携えて、教壇に進んだ。


「このバイスに挟んだものが圧印器の試作品です」

「外して見せてもらえますか」

「はい。……どうぞ」


 ステファノは圧印器をバイスから取り外し、情革研で説明したように1つ1つの役割を説明した。


「光魔術と土魔術の組み合わせですか。どちらも初級魔術レベルに間違いありませんね? 複合魔術マルチプルではありますが、危険はないでしょう。ここで再現できますか?」

「許可さえいただければ再現は可能です」

「許可します。みんなの前で見せてください」

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