第253話 隠された罠。
戦国時代は武力が物を言った。階級は流動的なものであり、力さえあれば出世し領地を持つことができた。
これに対して、王制を敷いた聖スノーデンは王による階級付与である貴族制を定め、階級差を固定的なものとした。
(モーリー氏が不満を覚えるとは思えないなあ。侯爵の地位は約束されていたわけだし)
「隠された罠」。モーリーから見てそういうものがスノーデン王制に仕込まれていたとでも思わなければ、その豹変ぶりに説明がつかなかった。
(この中に答えがあるのだろうか?)
ステファノはハンニバルに選んでもらった「初期スノーデン法制度概要」を開いて、読み始めた。
◆◆◆
(ほとんど影も形もないじゃないか)
1時間後、ステファノは本を閉じて唸った。
聖スノーデンが定めた法律は、改廃されてほとんど現在に残っていない。その死後、後を継いだ2代目国王の治世下において相次いで廃止されていた。
しかも、「廃止される前にどんな法が定められていたか」が隠されていた。
まるで塗りつぶしたように、具体的な記述が抜け落ちているのだ。
しかし、法改正の経緯として新法がどの旧法に対応するものかは示されている。それを辛抱強くたどると、旧法のおぼろげな輪郭が浮かび上がってきた。
(「貴族院のみが神より授けられた立法の権限を有する」だって? なぜわざわざそんなことを宣言する必要がある? 議会がもう1つあったってことか?)
(「法王
(「各地にある分教会を廃止し、聖教会は中央聖教会に集約する」だと? 以前はあちこちに分教会があったのか)
聖スノーデンが定めた初期法制度の残骸、あるいはその影がそこに映し出されていた。
(各地に分教会……。お貴族様のためにしては多すぎる。平民も受け入れたってことか? えっ? それじゃ、平民にもギフトを与えていた?)
まったく意外なことであった。ギフトこそ貴族階級の拠り所ではないか。
それを平民に与えるなどと言うことがあるのだろうかと、ステファノは疑問を抱いた。
(仮に聖スノーデンが貴族と平民の区別をなくそうとしていたら、モーリー氏に討たれる理由となるだろうか?)
庶民中の庶民であるステファノには実感を持って想像することが難しい。それでも、ここアカデミーに来てからの出来事を振り返ってみる。
貴族にとって貴族社会から放逐されるということがいかに大きな意味を持つか、ジローの一件が物語っていた。ネルソンもドイルも、貴族社会からはじき出されることで人生の大半を浪費しているとも言える。
貴族特権を失うことにはそれだけ大きな意味があった。
それが「侯爵家」であったらどうであろう。
聖スノーデンが貴族制を廃止する意向だと知ったら、これを抹殺しようと考えたであろうか?
(もしそれが歴史上の事実であったとしたら、「
平民階級に知識と技術を開放すれば、やがて数で勝る平民が力で貴族を上回るだろう。貴族階級は果たしてそれをおとなしく受け入れるだろうか。
ギルモア侯爵家は本当に民と共にあろうとするか?
特に「ギフト」を平民にも与えると言った時に、一体どう反応するのか?
過去の歴史、600年前の出来事であるはずの問いかけが、現在の自分を怯えさせていた。ステファノは頬を両側から手で挟み込むようにして、己を落ちつかせた。
(仮定の話で動揺してはいけない。その時になったらしっかり見定めよう。ギルモア家、そして王家の進む道を)
ステファノはネルソンとドイルを信じようと決めた。ならば何があろうと、彼らと共に歩むのみであった。
(モーリーは恐らく聖スノーデンと「決別」する道を選んだのだろう。そして歴史から消えていった)
それではなぜ貴族制度が600年も存続したのだろう。聖スノーデンは貴族撤廃の方向に進んだのではないのか?
(師匠は、「個人が社会を止めることはできない」と言った。聖スノーデンは逆に社会を動かそうとして、失敗したのかもしれない。少なくとも、その死後には社会は元の姿に戻ってしまった)
ステファノは自らがノートに記入した項目「#2.生かしておくことで被る不利益」の下に、こう書き入れた。
「貴族制度の撤廃」と。
(うん? そうか。そもそも王立アカデミーに平民を受け入れたのは、平民に教育の機会を与えるためだったのか!)
ヨシズミは「知識こそが最大の武器」だと言った。
(王立アカデミーは平民を監視するための鳥かごではなく、平民を教育するための揺りかごだったんだ!)
時間をかけて平民を教育し、機が熟したところで王権と貴族制を撤廃する。そのデザインを聖スノーデンは用意していたのだ。
(おそらく自分が王でいる間に、社会制度を移行するつもりだったのだろう。だが、それを実行する前に亡くなってしまった)
それは果たして自然死だったのか? モーリーのような反対分子が、今度こそ聖スノーデンの排除に成功したのではないか?
「聖スノーデンの死因を調べること」
ステファノは、ノートにそう記入した。
疑問はもう1つあった。
「神器とは何か?」
ステファノのノートに、新たにその問いが加わった。
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