第251話 なぜモーリー氏は聖スノーデンを裏切ったか?
ステファノは1月31日、11月30日、12月31日の3つの点を調べてみようと考えた。
12月31日は年度末であったが、これを「基準として」他の2点との違いを見ようというのだ。
(よし、調べる時点は決まった。今度はどの勘定を調べるかだ)
先ず第一に「現金」は外せない。不正と言えば現金の着服だ。
現場の人間であれば業者と結託して費用の架空計上や水増し払いをして、差額の一部を受け取るという手口があるが……。
だが、今回は違うだろう。
「犯人」である経理担当者が業者とつながる接点がほとんどないからである。
(そうなると、「架空取引」でお店の金を動かしているのか?)
金の動きには「受取」と「支払」とがある。誤魔化しやすいのは「受取」の方だ。
「売掛入金」である。
ネルソンの屋敷でもそうだったが、業者同士の商売では「掛け売り」が行われる。いちいち商品と現金を交換することはせず、月末に1ヵ月分の支払いをまとめて行うのだ。
したがって、「物の動きと金の動きは元々一致していない」。顧客から受け取った現金を着服したとしても、すぐには露見しないのだ。
一方「支払」を誤魔化すとどうなるか? 本来現金を受け取るべき業者にお金が渡されないことになる。
業者は当然「支払が遅れている」と、文句を言って来る。そうなると現金着服が露見しやすい。
(この帳簿の調査だけで不正がみつけられるのだから、「物」を見たり、「相手先」に確認しなくても良いということだ。だったら、やはり「売掛入金操作」だな)
ステファノはこの見込みに賭けた。これで、「調べる時点」と「調べる対象」が決まった。
唇を引き締めて、ステファノは帳簿の1月分を開いた。
それから3時点での残高を「現金」と「売掛金」について調査した。結果、ある大口顧客に関して慢性的に売掛金の入金が遅延していることが判明した。
1月末の売掛金残高明細を見ると、既に入金遅延が発生していた。
11月末には遅延額が膨らんでいたが、12月末にはすべて入金が完了していることもわかった。
ここまでわかれば後は簡単だ。この顧客に関して売上と売掛金の動きを単純に追いかけて行けば良い。
その結果、いわゆる「転がし」という手口を使っていることがわかった。
転がしとは、特定の売掛金だけが長期に渡って停滞することがないように不正の対象を入れ替えていく手口である。
取引Aの売掛金停滞を解消するために、取引Bの入金分を回す。これを数件の売掛金について行えば、停滞解消と同時に着服金額を増やすことができる。もちろんその都度不正額は増加して行くのであるが。
このケースではそれが毎月行われていた。
ところが11月まで増え続けていた売掛金の停滞が、そこですべて精算されている。「犯人」が現金を調達してきて、欠損分を穴埋めしたのだ。このため年度末の決算上は「何事もない」状態となっていた。
売上の規模は月によって変わる。売掛金の残高も当然増減する。普通に帳簿の合計数値を追い掛けるだけであれば、不正の在り処を絞り込むことは至難の技であろう。
初めから狙いを定めて詳細に踏み込んで行ったからこそ、ステファノは短時間で答えにたどりつくことができたのだ。
ステファノは発見に至る論理の筋道と事実確認の方法、そして同様の不正を未然に防止するための手段を書き添えて、チャレンジへの回答とした。
◆◆◆
火曜日1限目は「呪文詠唱の基礎」を受ける予定であったが、マリアンヌ学科長の裁量により授業免除となった。確かに完全無詠唱で魔術ならぬ魔法を行使できるステファノには、必要のない講座であった。今更効果の高い呪文詠唱法などを勉強したところで意味がない。
ドリーに紹介してもらった文献で、一般知識を身につければ十分と思われた。
ステファノはこの講座をありがたくスキップすることにした。空いた時間は残っているチャレンジ・テーマの対策に充てられる。
まずは、「スノーデン王国史初級」であった。テーマは「なぜモーリー氏は聖スノーデンを裏切ったか?」である。
何はともあれ調査が必要になるだろう。ステファノは図書館に出掛けた。
図書館につくと、ステファノはまず閲覧室に向かった。
(文献を探す前に作戦を立てておかなくちゃ。知識が少ないんだから、やみくもに突進したらすぐ行き詰まるぞ)
ステファノは学習用のノートを開き、空白ページの一番上に「なぜモーリーは聖スノーデンを殺したいのか?」と書き入れた。
行為には動機がある。危険を伴う、重大な行為であればなおさらだ。
そこには何某かの「得」がなければならない。
(得と言ってもいろいろあるが、大きく分けて2つの方向性があるかな)
ステファノはノートに、間を空けてこう書いた。
「#1.殺すことで得られる利益」
「#2.生かしておくことで被る不利益」
(#1の方では、自身が王位に就くメリットがある。だが、聖スノーデンをそのまま王に頂いたとしても、侯爵家にはなれたはずだ。危険を冒して王位にこだわる必要があっただろうか?)
ステファノは#1の下に、「自ら王位に就ける」と記入し、その横に「侯爵位では不足だったか?」と書いた。
(#2の方は想像するのが難しいな。現実には聖スノーデンは生きていた。王制になってから諸侯の処遇がどうなったかを調べてみようか)
だが、ヒントはある。聖スノーデンが作ったスノーデン王国を見れば良い。
他の国にない特徴は何か?
その中に、モーリー氏が命がけで排除したかった何かが含まれているのではないか?
ステファノは#2の下に、「スノーデン王国にだけあるもの」と記入した。
(すぐに思いつくのは、「聖教会」、「魔術師協会」、「王立アカデミー」。この3つだな)
狙いを絞ったステファノは、司書が働くカウンターへと向かった。
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