第249話 どんぐりは『豆』より大きいからな。調整させてもらった。

 ドリーは標的を引き寄せると、ステファノにどんぐりを出させた。標的の眉間、喉元、心臓、みぞおち、へその下の位置にどんぐりを糊で貼りつける。


「どうだ? 急所5箇所。これを全部潰せるか?」

「1発目が当たったら、標的が揺れますよね」


 下手をすればどんどん揺れが大きくなる。5発めまで撃ち抜くことができるだろうか。


「ふふ。自信がないか? 今なら降りても良いぞ?」


 言葉とは裏腹に、ドリーはステファノをけしかけていた。


「いや、やらせてください。良い練習になりそうだ」


 強がりではなく、ステファノはそう思った。動く標的を狙う練習はなかなかできない。


「よし! 契約成立だ。腕前の程、とくと見せてもらおう」


 ドリーは標的を30メートルまで遠ざけた。


「えっ? 遠くありません?」

「どんぐりは『豆』より大きいからな。調整させてもらった」


 涼しい顔でドリーは言った。


 豆でも当てられるとはステファノが自分で言った言葉である。これに文句をつけるのは潔くない。


「わかりました。狙ってみます」


「よおし。5番、無属性『遠当ての極み』。好きな時に、撃って良し!」


 ステファノは瞑目して魔視脳まじのうに意識を集中する。たちまち周囲の状況がイドの視界として認識に上る。

 標的に貼りつけられたどんぐりも、ほのかにイドをまとっていた。


 どんぐりには自分のイドを練り込んであるので、周囲のイドから浮き上がって見える。


(そうか。「目」で狙う必要はなかった。イドとイドを結んでやれば……)


「撃ちます」


 目を閉じたまま、ステファノは静かに宣言した。

 唇が閉じられた瞬間、ヘルメスの杖と標的を見えない線が結ぶ。


「『い』の型、必中の赤糸せきし


 1秒に1発、陽気の玉が糸を伝って宙を走った。

 

 しっ。

 しっ。

 しっ。

 しっ。

 しっ。


 どん、どんと打撃を受けて標的は揺れを繰り返す。

 委細構わずイドを撃ち終わったステファノは、目を開いて構えを解いた。


「やればできるものですね」

「どうなっている?」


 ドリーは焦り気味に壁のレバーを操作した。揺れながら標的は2人の元に引き寄せられた。


「これは……」


 標的のありさまを見て、思わずドリーは息を飲んだ。

 1列に並んだ5つのどんぐりは、すべて下半分・・・を叩き潰されていた。


「大体豆ってそんな大きさでしょう?」


 豆でも当てられると言った己の言葉を、ステファノは愚直に守ってみせた。


「何とも強情な奴だな。まいった。負けを認めよう」

「すみません。迷惑を掛けた上に、食事までお世話になって」


 マリアンヌとのやり取りにドリーを巻き込んでしまったことを、ステファノは詫びた。


「まったくだ。その歳で女に貢がせるとは、大したタマだ」


 その日はそれで稽古は終いとなった。


 ◆◆◆


 寮に帰るとマリアンヌからメモが届いていた。


「以下の科目については上級までの単位取得を認定する。よって今後の授業は出席不要である。

「呪文詠唱の基礎、魔力操作初級、魔術発動体の基礎知識。

「魔術学入門についても単位を認定する。その上で出席は自由とする。以上」


(本当に単位をくれたんだな)


 ステファノはマリアンヌの公平さと迅速な手配に感心した。


(確かに旦那様が言った通り、「実力主義」が徹底している)


 もっとも彼女にとっての「実力」とは「戦場で使えるか?」という判断基準に偏していたが。


(「遠当ての極み」はマリアンヌ先生には見せられないなあ)


 遥か遠方の敵を正確に狙えると知られたら、ステファノは「狙撃兵」として徴用されることになるだろう。


「遠当ての極み」と言えば、イドによる照準には限界があった。30メートル以内なら問題なく全方向のイドを感知できるが、それより遠方は「目で見て認識する」ことが必要なのだ。


 対象の存在さえ認識すれば、そこから先は目を瞑ってでもイドを感知し続けられる。


 やはり最初は遠眼鏡で遠方の敵を視認する必要があるのだった。


(いずれ遠眼鏡のマウント方法を考えよう)


 縛りつけるのではなくて、ワンタッチで取りつけられるように工夫したい。ステファノはそう考えていた。

 トーマに相談すれば良い知恵があるかもしれない。


(さて、残っているチャレンジ・テーマについて考えるとするか)


 既に単位をもらってしまったが、「魔力発動体の基礎知識」のチャレンジは提出済の答えで間違いなかったようだ。ラルド先生が「どんな発動体を、どこに身につけているか?」という問題であった。


 正解は「バインダー」だ。後半は「身につけていない」が正解であった。


 ステファノはラルド先生がまとう魔力の流れがバインダーに向かっていることを、初めから感知していた。

 バインダーを教卓に置き、両手を広げて見せたり、一周回ってみせたりしたのは、すべてフェイントだった。


 質問の内容と意味、「答えなかった質問」の中身を考えれば、回答を導き出せる問題でもあった。


 ラルドは言った。「発動体は目に見える物だ」と。

 その上で聞いた。「どこに身につけているか?」と。


 目に見える物が答えであるなら、「どこに身につけているか?」と聞くのはおかしい。

 上着なら上半身に着ている。ズボンなら下半身だ。


 見えているのであるから、物の名を上げれば身につけている場所を指定する意味がない。


 であるのに、「どこに身につけているか?」と尋ねたのは、「身につけていない」という答えであったからだ。

 

(面白い問題だったけど、ちょっとズルいかな? 引っ掛け問題だったな)


 身に着けた物が少なかったので、ステファノ以外にも正解者はいたかもしれない。そこら辺で難易度のバランスを取っていたのだろう。


(さて、次に集中しなくちゃいけないチャレンジ・テーマは、商業簿記入門だよね)


 工芸入門にはコースター3枚を提出するつもりだ。合格するにしろ、チャレンジ失敗と言われるにしろ、既にできることは終わっている。この科目はそれで良かった。


 問題は商業簿記入門だ。一番なじみのある科目とはいえ、今のところチャレンジ・テーマにはまったく手をつけていない。調べるべき帳簿の分量が多いだけに、そろそろ本腰を入れる必要があった。

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