第237話 それでは単なる思いつきと変わらんな。

「ダイアン先生は、この場合とても緩い指定で構成要件を定めました。『あそこ』で『指先大の火』を燃やすという程度ですね」

「それがどうした」

「はい。俺はその術理に『あそことはこの手に持つ杖の先端である』、『対象は杖の先にある空気である』という追加の指定を上書きしたんです」


 これは言葉にするとそうなるということで、その通りの文言をどこかに書き込んだということではない。

 あくまでもイデアに対する指示内容を言語化したものだ。


「ひ、人の魔力に命令などできるのか?」

「元々借物であれば、誰が命令しても許されるのでは?」


 それを言いたいがために、ステファノは実験などという目立つ方法を取ったのだ。


「借物とは誰からの借物だ?」

「はっきりとは言えません。『世界』かもしれませんし、『神』なのかもしれません」


 ステファノ自身は、相手は「世界」だと考えている。もっと細かく言えば、「イデア界」だ。


「それでは単なる思いつきと変わらんな」

「そうかもしれませんね。実際に人から魔力を借りることはできましたけど」


 単なる仮説と言われようとも、それに符合した現実をひき起こしてみせた。

「精神力説」や「信仰心説」、果ては「体力説」は同じことができるのか?


 ステファノからの痛烈な批判であった。


「ぐっ。お前……」


 マリアンヌは言葉に詰まり、顔を赤黒くした。


「犯罪者摘発や治安維持に当たる衛兵隊には、魔力横取りの危険を周知するべきですね」


 その上で、魔術師は魔力強奪を防ぐ方法を訓練すべきだと、ステファノは主張した。


「それはどうすれば良いのですか?」


 話の成り行きを見守っていたダイアンが身を乗り出した。


「1つめは、術の構成要素を明確に定義することですね」


 あの時、ダイアンの呪文はこうであった。


『小さき火よ、灯れ』

 

 場所と対象の指定があいまいであった。

 態様についてのみ「小さき火」と指定があった。


 もちろん、言葉を使わなくても思念で構成要素は定義できる。

 それをしっかり意識すれば、であるが。


 言葉にするならばこうあるべきだった。


「小さき火よ、我が示す場所にて空を燃やせ」


 そう指定すればイデアを呼び出し続ける限り、術の定義は揺るがない。これを奪う、すなわち上書きするためには同等以上の因果改変が必要となる。


 そんなことをするくらいならば術を打ち消して、自分の魔術を発動した方が手っ取り早い。


「2つめは術を守ることです」


 術に鍵をかけて、自分だけが改変できるようにする。

 誰もがイデアを見分けられる世界では、それは最低限のセキュリティであった。


「どうするのだ?」


 意地を捨てて、マリアンヌはステファノに尋ねた。


「呪文に『権限の明示』を含めます。『小さき火よ、我が命に従い我が示す場所にて空を燃やせ』と」


 あるいは「我が名において命ず」とか、「我は求める」と唱えても良い。

 権限者が誰であるかを意識において明確化することが重要なのであった。


「先生がそう唱えたなら、俺が術を借りるには『俺がダイアン先生である』と世界に信じさせる・・・・・・・・必要があります」


 それは不可能ではないが、けた違いに難しくなる。そこまでして術を借りる意味はない。


「それは、魔術行使上の新理論ではないか?」

「そうですか? 物を頼むなら、それくらいちゃんと頼めと師匠には教わりましたけど」

「ぬう……」


 呪文の無詠唱化とは、そこまでの内容を明確にイメージ化できなければ本物とは言えない。

 それがヨシズミの教えであった。


「……今の話を論文にして持ってこい」

「え?」

「魔術学入門のチャレンジはそれを以て成功と認める。ダイアン、それで良いな?」

「はい。構いません」


 そう言われてステファノは考え込んだ。果たしてそれは自分にとって得なことであろうか?


「……論文は書きます。ですが、授業には出席を続けさせてもらって良いですか?」

「どういうことだ? 修了単位をやると言っているのだぞ」

「ダイアン先生の授業内容を勉強したいんです」


 制度上できないことではない。だが……。


「お前の得になるとは思えんが?」

「ご承知のように俺は田舎者です。師匠は俺以上に世間知らずです。世の中の魔術がどういうものであるか、その基礎からきちんと学びたいと思います」

「ふん。やることに似ず、殊勝なことだな」


 マリアンヌは皮肉を言ったが、「だめだ」とは言わなかった。

 それはアカデミーの基本精神に反する。アカデミーは「学びの心を持つ者を常に歓迎する」場所であった。


「良かろう。単位は既に合格だが、残りの期間の出席は自由だ。講義の邪魔はするなよ」

「私もそれで結構です」


 勝手に決めたマリアンヌに対してダイアンが横から自分の意思を示した。

 あたかも「この術は自分の物である」と宣言するように。


 ちらりとその顔を見やって、マリアンヌは面白そうに鼻を鳴らした。


「よし。話は終わりだ」

「あの、ちょっと良いでしょうか?」


 話を切り上げようとしたマリアンヌに対して、今度はステファノが声を上げた。


「学科長に折り入ってご相談があります」


 ステファノは真剣さを声音に載せた。


「……。それは内密を要することか?」


 ステファノの様子を見て、マリアンヌ学科長の声もおのずと低いものになった。


「できれば」


 ステファノはそれだけを告げて、押し黙った。


「ダイアン」


 マリアンヌがステファノから目をそらさぬまま、ダイアンの名を呼んだ。


「すまんがこれで引き取ってくれ。ご苦労だった」

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