第235話 それじゃあ、俺がそれをお借りしてみます。『まま借り』の術。

 ステファノを席に戻し、ダイアンは講義を再開した。

 

「魔術とは因果の改変であるというのが、学会の通説です。私もその立場ですね」


 火の気のないところに炎が起こる。それは確かに因果の改変であろう。正常な因果律の中では起きない現象であった。


「正常な因果の流れでは生じるはずのない現象を引き起こす。そのためには何某かの力が必要であると言われています」


(普通に考えればそうだよなあ。タダ飯は食えない。それは宇宙の真理だ)


 ステファノは「飯屋の論理」で学者に同意した。


「我々はそれを『魔力』と呼び、仮想上の力として扱ってきました。しかし、その魔力がどこから来るかという話になると、定まった理論はないのです」


(ギフトを血統因子で説明し、その「劣化版」が魔力だとする血統理論では事実上何の説明にもなっていないもんなあ)


「ギフトや魔力を血統に含まれるものだとする血統理論については、皆さんご存じですか? よろしい。最近ではこれを唱える学者は少なくなってきました。

 平民の中からでもギフト持ちは相当数現れるからです。平民出身のギフト持ちが少ないのは、聖教会と接触する機会が少ないためと考える学者が増えてきました」


 平民でも聖教会で祝福を受ければギフトを発現するのではないか? そう考える者が多くなったのだ。


 その背景には貴族の養子や寄子となった平民出身者が、聖教会に通い始めてからギフトや魔力を発現させるケースがあったからだ。


「証明されたわけではありませんが、一旦魔力は聖教会の祝福で得られるものと仮定しましょう。これは『能力』としての魔力のことを言っています。

 それでは火をおこし、水を生み出す『力』としての魔力はどこにあるのでしょう?」


 ダイアンはデマジオを指して、質問した。


「あなたの思いつきを言ってみてください」

「精神力ではないかと」


 さして考えもせず、デマジオは答えた。


「なるほど。精神力と考える学説は存在します。通説とまでは言えませんが、主流派かもしれません」


 ダイアンが短杖ワンドを振ると、黒板に「精神力」と表示された。デマジオがしてやったりと頷いている姿がステファノの横目に入った。


「他に考えのある人はいませんか? 単なる思いつきでも結構ですよ」


 デマジオに対抗するつもりか、トーマが手を上げた。


「信仰心ではないですか?」


「なるほど。当然ですが聖教会関係者はそのように考える人が多いですね。神を信じる力が魔力の源であると。結構ですよ」


 ダイアンは短杖を振り、黒板に「信仰心」と書き加えた。


 別の生徒が手を上げた。


「あくまでも思いつきですが、『体力』という可能性はありませんか?」

「結構ですよ。そう考える学者もいますね」


 黒板のリストに「体力」が加わった。


「ステファノ、君はどう思いますか?」


 ここまで手を上げていないステファノに、ダイアンは発言を促した。


「えーと、借物じゃありませんか?」

「借物、ですか? どういうこと?」


 意表を突かれたのか、ダイアンの口調が素のものになった。


「金がないのに飯を食いたいとします。普通は隣の知り合いに金を借りるのじゃないかと」


 ステファノは「飯屋の論理」を敷衍して質問に答えた。


「あなたは何を……」


 あいにくダイアン先生には「飯屋の論理」が通じなかったようだ。


「信用があれば店から借りても良いんですが、返すのが遅れると出入り禁止になるので……」

「飯屋のお話は結構です。自分本来の力ではなく、どこか別の場所から借りてきた力だと言いたいのですね?」


 ダイアンは早口でステファノの言葉を遮った。ステファノが茶化していると思ったのかもしれない。


「あの、実験の続きをさせてもらえませんか?」

「何ですって?」

「先程の種火の術です。今度は先生がケースの中に火を灯していただきたいんです」


 ステファノはそう言ってダイアンの反応をうかがった。


「構いませんよ? 何を見せたいのかしら」

「前に出て良いですか? お手伝いがしたいので」


 先程と同じように「杖」を携えてステファノは教壇の前に出た。


「先生は先程俺がしたように、ケースの中に火を灯してください。そうしたら火を消さないように魔力の供給をお願いします」

「それだけですか? わかりました」


「小さき火よ、灯れ。種火の術」


 教師らしく、実に基本に忠実な呪文を唱え、ダイアンは短杖を振った。

 間髪入れず、ケースの中央に指先ほどの火が灯る。


「そのまま維持をお願いします。それじゃあ、俺がそれをお借りしてみます。『まま借り』の術」


 ステファノが杖を突き出すと、ケースの火が消えた。


「えっ?」


 誰かが吹き消したわけでも、ステファノが術で消滅させたわけでもない。

 イデアとリンクしたダイアンの感覚が火の存在を告げており、現にダイアンは魔力の供給を続けている。


「先生!」


 生徒が声とともに指さす方を見ると、ステファノの杖の先にダイアンの火・・・・・・が燃えていた。


「それは!」

「先生の火魔術です」


 当然のことのように、ステファノが告げた。


「そんな……」


 ダイアンは開いた口を閉じることができなかった。「それが自分の火魔術であること」を実感していたからだ。


「お返しします」


 今度は全員がそれを見た。


 ステファノが杖を振ると、杖の先の種火は消え、まったく同時に・・・・・・・ケースの中に炎が現れた。


「借りるだけなら元手は要らないようです。これができるということは、そもそも魔力とは借物だという可能性がありませんか?」


 ダイアンはステファノの話を聞いていなかった。短杖を動かして、ケースの中の種火を右へ左へ動かしてみる。炎の大きさも思い通りに変わる。

 これは自分の火魔術に間違いない。それを奪われた・・・・


「……はっ! 今日の授業はここまでです。チャレンジのテーマはただ今の議論、『魔力とはどこから来たものか』という疑問に答えを与えて下さい。来週のこの時間にレポートを提出してもらいます。レポートでは思いつきで終わらせず、十分な論考を尽くすように。それでは解散いたします」


 ダイアンはステファノに近寄ると、低い声で告げた。


「お話がありますので、この後学科長の所まで一緒に来てください」

「はい。わかりました」


 ステファノは素直に従った。

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