第214話 普通の火球ってどうやるんですか?
「老師の魔力操作は、やっぱり独特なんですか?」
旅の途中で出会ったときは、ステファノの観想は未熟どころか顕在化さえしていなかった。
今ならその精緻な魔力操作の神髄が見分けられたかもしれない。
「伯父の魔力制御は神業でな。もちろん全属性持ちなんだが、魔力をストックするポケットのようなものがあるらしい」
「ポケットって、魔力をそこに仕舞っておけるんですか?」
「うむ。ポケットは6つあるらしい。ストックする魔力の組み合わせは自由。6属性を1つずつ仕舞っておいても良いし、火属性だけを6つストックすることもできる」
「それは……連射が利くってことですね」
ドリーは首を振った。
「それなら驚かんよ。6つのポケットから
「1人で魔術師6人分ですか」
「だからこその『迅雷の滝』なのだ」
あれだけの雷を一遍に落とす魔力量に驚いていたが、ポケットと言うからくりがあったらしい。
「魔術とはそんな使い方もできるんですか。『神に愛されている』というわけだ」
「お前にそんなことを言っていたか? 悔しいが認めざるを得んよな」
ドリーは唇を歪めて笑った。
「とかく魔力量の大きさを取りざたされるが、伯父の神髄はその精緻な魔力制御にある。そばで見続けた私の目に狂いはない」
目とはこの場合、「蛇の目」のことであろう。
「なるほど。魔術の道は先が長いですね。術が撃てたくらいで喜んではいられない」
「そうだな。新しい術を作り出すことは素晴らしいが、1つの術を究めるのもまた重要なことだ」
(術を究めるか。それが四十八の眷属を従えよという
「い」の型から「す」の型まで48種類の魔術を究めれば、49番目である
だが、そうすると……。
「ドリーさん、この試射場では複合魔術の行使は禁止ですよね」
「安全上の理由でな」
「ですが、競技会に向けた練習や新術開発には多重行使が必要になると思いますが」
「そこに気づいたか。実はここ以外に上級者向けの訓練所が存在する」
「そこを使うには資格が必要なんでしょうか?」
「察しの通りだ。魔術教官3名による認定試験をパスしなければ使用資格を得ることはできない」
ステファノは攻撃魔術を究めるつもりも、魔術競技会で技を競うつもりもなかった。しかし、魔術具を作り出そうとすればいずれ
製版器はその一例だ。
生活魔術の範囲を超える強い術を必要とする時が来るかもしれない。
「いずれお前はその資格に挑むことになるだろうな。そう遠いことではあるまい」
自分が鍛えた上で、機が熟したら推薦してやるつもりだったのだとドリーはつけ加えた。
「その時はよろしくお願いします」
ステファノは殊勝に頭を下げた。
「今はまだ1つ1つ術の基礎を固める段階ですね」
「わかっているのだな?」
「はい。それもあるので、今日の訓練は10メートルでやらせてもらえますか?」
ステファノはマリアンヌに見せる「内輪向けの実力」を固めるつもりでいた。
「得意属性は『火』ということにするんだったな?」
「はい。火魔術で6、7点を狙いますのでアドバイスをお願いします」
「よし。やってみろ。5番、火魔術発射を許可する。準備良ければ、撃て」
ステファノは
ぶん。
炎を渦を巻き、竜巻となって標的に飛んだ。
ドリーの目には炎の蛇が映る。
胸に当たった火蛇はぐるりと標的の胴に巻きつき、
10秒ほどで火縄は燃え尽き、後には薄く焦げ跡が残っていた。
「うーん。的中2点、発動3点、威力2点、追加効果2点。トータル9点だな」
標的を引き寄せたドリーは焦げ跡を検分して評点を告げた。
「追加効果というのはどの部分ですか?」
「火縄となって的を束縛しつつ、ダメージを与え続けたところだな」
「ああ、そこですか。狙ったわけではないんですが、縛るイメージで術を飛ばしたらああなりました」
狙っていた点数より追加効果の分高くなってしまった。
「点数が上振れしたことよりも、術の形態が特殊過ぎるな」
「縛るのはやりすぎですか?」
「前にも言ったが、まるで炎が生きているようなのでな。マリアンヌ女史の研究心を刺激すると思うぞ」
普通の術者なら火球を飛ばすところである。ところがステファノの火球は、実際は隕石であった。
「普通の火球ってどうやるんですか?」
「お前はときどきアホみたいな質問をするな。簡単に言えば水魔術を飛ばすのと同じ理屈だ。燃える気を圧縮して、前方の一カ所だけ開放してやれば前に飛んで行くぞ」
「そういうことですか」
球と言うから「物体」を想像していた。そのために隕石を飛ばしてしまったのだ。
炎の塊を圧縮したものを飛ばせばよいのかと、ステファノは初めて気がついた。
(大きさはさっきの炎くらいで、圧縮してやれば良いのか)
「やらせてください」
「よし。5番、火魔術。発射を許可する。撃て」
ステファノは人差し指と親指で輪を作った両手を胸の前で向き合わせた。炎の玉を包み込むイメージ。
今回は土魔力ではなく、イドそのもので炎を抑え込む。
「火球!」
ふしゅるると尾を引き、イドをまとった火球が飛んだ。標的の胸に当たり、衝撃で揺らすと共にイドの束縛から解放されて爆発的に燃え上がった。
「大分普通になったな。的中2点、発動3点、威力3点。トータル8点だな」
「魔力量は変えていませんが、威力が上がりましたね」
「さっきは追加効果の方に魔力を持って行かれたからな。一瞬で爆発した分、攻撃力は今の火球が上と見る」
術の印象というものもある。派手な魔術は概して高く評価されることが多い。
「籠める魔力の量をもう少し抑えれば、丁度良いでしょうか?」
「そうだな。もう一回り小さい球……密度は同じで大きさだけ小さくするのだぞ? それで良いだろう」
籠める魔力を抑えるイメージ。ステファノは向い合せる手のひらで囲む空間を小さくして、その大きさだけ魔力を籠める気持ちで構えた。
「5番、火魔術。発射を許可する。撃て。」
先程より小ぶりな火球が標的に飛び、顔面に当たって燃え上がった。
「うん。的中2、発動3、威力2。トータル7点」
今回は思った通りの7点に抑えることができた。
「上手く行きました。これを繰り返せば良いのですね?」
ステファノは顔をほころばせた。
ドリーの監視の元、さらに10本ほど火球を飛ばし続けた。
「良かろう。これも7点だ」
「ありがとうございます」
火球の練習は十分とみて、ドリーが声を掛けた。
「それにしても狙いが正確だな。これだけ撃って1つも外さぬとは」
「撃ち出す時にイドで筒を作っています」
これもイドの鎧を応用したものであった。更にステファノは火球に螺旋のひねりを加えていた。
「そういうことか。属性を帯びておらんから『蛇の目』では見えなかった」
魔力ではなくイドを操作するというステファノの流儀は、ドリーにとって目新しいようだった。
「伯父がイドとやらを応用していたかどうか、私の目に見えない以上定かではないがな」
「魔力をストックするポケットがイドで作られている可能性はありますね」
火球を発射する際、ステファノはイドで作った筒に籠めた。これを単なる発射台とせず、魔力をストックするポケットにしたら良いのかもしれない。
「魔力を籠めたまま歩き回ったりするなよ。暴発が怖いからな」
「本当ですね。魔力制御がもっと上達してから手を出すことにします」
攻撃魔法はステファノの主目的ではなかった。急いで実用化に取り組む必要はない。
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