第204話 トーマvs.デマジオ。

「当たった! 良し!」


 上級生の中にただ一人交ざったデマジオは、自分が放った魔術が標的に届いたことを喜んでいた。


 標的までの距離は10メートル。前日ステファノがやっていた訓練に比べて半分の距離であった。

 20メートルは中級魔術師以上の熟練者が行う試射の距離である。アカデミーの生徒が挑むようなものではなかった。


 現実には10メートルでも届かせるのは困難だ。殺傷力を持たせるとなると、中級でもトップクラスにならなければ無理であろう。


 ステファノにあえて20メートル先の標的を狙わせているのには理由がある。ジローの魔力を自分と同時に観定めた「眼力」と身にまとうイドの雰囲気であった。

 ドリーのギフト「蛇の目」にはイドを視覚化する力はない。だが、それでも「何かがそこにある」とは感じるのだ。強いイドを持つ者には独特の雰囲気・・・・・・がある。ステファノにそれを強く感じたために、難しい目標を与えて器量を測ると同時に成長を促したのだった。


 案の定ステファノは工夫を繰り返し、20メートルという距離を克服しようとしている。しかも「不殺ころさず」という縛りを己に課しながらである。


 ステファノが試みた術式はどれも驚くべきものであったが、ドリーが最も驚いたのは術に込められたイメージの強さであった。


 ステファノの術には命が籠る。ドリーの目にはそう見えていた。


 雷蛇らいじゃが、水蛇みずへびが、己の意思で標的を襲っているように見えた。


 ステファノは術を発動する大本を虹の王ナーガと呼んでいた。確かにそう呼ぶにふさわしい重みと力強さを、ドリーはその魔力から感じ取ったが……。


 本当の「王」はステファノではないか?


(蛇の王ならバジリスクか……)


 猛毒を有し、すべての蛇に君臨する伝説の蛇である。見る者を視線だけで殺すと言う。

 

(蛇は豊穣と生命力の象徴でもあるがな)


 ステファノがもたらすものは「破滅」なのか、それとも「生命」なのか。


(願わくば「生命」の方であってほしいものだ)


 ドリーはそう願い、そのための助けに自分がなれればと考えていた。


「標的を検討する。1番胴体、4点。2番失中。3番頭、3点。4番胴体、3点。5番失中。6番失中。7番胴体、2点。以上だ」


 10点満点の4点では良くても軽傷にしかならないが、足止めや嫌がらせ程度には使える。4点から6点取れればアカデミー生としては良い方だ。

 それ以上を望むなら、並外れた才能を必要とする。


(これが普通なのだ。標的を燃やし尽くした異常者ステファノを基準にしてはいかん)


 その異常者はいつでも敵を倒せるにもかかわらず、殺さずに捕縛する方法を必死に考えている。


(皮肉なものだ。世の中はままならぬ)


 内心の思いに、ドリーは小さく首を振った。

 その口の端に浮かんだ笑みが自分たちに向けられた蔑みに見えたのだろう。7番ブースの生徒が顔色を変えた。


「笑いましたね? 訓練中の生徒の成績を笑うとは何事ですか?」


 声を上げたのはデマジオであった。


「いや、失敬。お前たちのことを笑ったのではない。ちょっと他のことを想い出してしまった」

「それにしても失礼でしょう。大体、僕の標的がなぜ2点止まりなんですか? 胸の中央に当たっていますよ」


「失礼は詫びる。申し訳なかった。その上で査定評価についてだが、2点は急所に当てた分だ。くどくは言わんが、威力が不足している上に発動が遅い。威力で5点、発動速度で3点の減点だ」

「そんな馬鹿な! 減点が大きすぎる!」


「わははは! 馬鹿はお前だ、デマジオ! 蛙の屁みたいな風を飛ばしておいて、ガタガタいうな」

「何だと! 貴様、トーマか。魔力もろくに練れん癖に、偉そうに言うな!」


 後ろから見ていたトーマが我慢できずに横槍を入れた。それにまたデマジオがやり返す。

 どうもこの2人は以前から犬猿の仲であったようだ。


 ◆◆◆


「それからののしり合いがヒートアップして、終いには取っ組み合いが始まった。野良犬と同じだな、あいつらは。鬱陶しいので雷魔法で軽く絞めた」

「軽くってどのくらいですか?」

「パンツを濡らして気を失う程度だ。もうじき寮で目を覚ますだろう」


 ドリーはさも清々したように言った。ルールを守らない者には容赦ない性格であることを、ステファノは改めて確認した。


(トーマにここへ来ることを勧めたのは俺だってことは、黙っていた方が良いな)


「あいつらは何か処罰されるんですか?」

「いや、魔術行使のルールを侵したわけではないからな。私闘程度では罰則はない。出入り禁止にしなくとも、暫くここへは顔を出せんだろうしな」


(トーマはともかく、もう1人の方デマジオか、そっちは気位が高そうだったからこたえたろうな)


「それは大変でしたね」

「どうもお前と話していると、調子が狂うな。まあ良い。それでこの絵がどうだというんだ?」


 鬱憤を吐き出して落ちついたのであろう、ドリーは改めてステファノの相談に乗る構えとなった。


「学科長のお話では魔道具師自体が珍しい上に、魔力のない者が使える魔道具となると古代の遺物しかないのだとか」

「小難しい話には詳しくないが、彼女が言うのならそうなのだろう」


 どうもドリーはマリアンヌ学科長と反り・・が合わない様子だった。

 

「今日になって魔術学科長名でお前に関する取扱いの注意書きが回って来た。内密にな」

「注意書きって何ですか?」

「大したことではないがな。お前に関して何か異変があったら、騒ぎ立てずに彼女に連絡しろという内容だ」


(それでディオール先生が俺のことを試すように指名したのか? 相当手広く注意書きとやらが流れているようだ)


「その魔道具騒ぎがあって、一般科の授業でも騒動を起こしそうだと慌てたのだろうよ」


 魔術訓練場のことを忘れていたのは、あの女らしいとドリーは鼻で笑った。


「あの、ここでのあれこれは報告することになるんでしょうか?」

「うん? 私の勤務時間は17:00までだ。私的な趣味の時間に起きたことまで逐一報告するほど私はおしゃべりではない」


「助かります」


 ドリーの気づかいにステファノは礼を言った。


「それでですね。魔術科の単位は取りたいんですが、どこまで『力』を見せて良いものかドリーさんの意見を伺いたいんです」

「はっ! 私に三味線の弾き方を教えろと? はは、そんな奴は初めてだな」


 呆れたように言う割にドリーの声は明るかった。


「お前といると退屈せんな。これでも魔術を随分研究したつもりだが、世の中には自分の知らないことがまだいくらでもあるのだと思い知らされる」

「俺は毎日が新発見の連続なので、ちょっと疲れますけど」

「ぜいたくを言うな。お前の新発見・・・1つで普通は有名人になれるぞ?」


「先ずは道具に魔術を籠めた物の試射、試運転というべきですかね、それをここでやらせてほしいんです」

「魔術的現象ではなく、魔術そのものということだな?」


 ドリーの目が光った。


「お察しの通りです。魔術師しか使えない魔道具ではなくて、誰にでも使える『魔術具・・・』を作りたいんです」

能〇ノーマルに魔術を使わせようと言うんだな?」

「え? 『のーまる』って何ですか?」


 聞いたことのない言葉であった。ドリーの言い方では「普通」のことを言っているようには聞こえなかった。


「すまんな。魔術師が使う一般人に対する差別語だ。『魔力という能がない』ということを縮めて『能〇』と言う。隠語なので外で使うなよ?」

「普通人で良さそうですけどね」

「私自身はあまり好きな言葉ではない。魔力至上主義の人間が主に使う言葉だな。それに、『ギフト至上主義者』もな」


 ギフト至上主義者というところで、ドリーの口調が苦みを帯びた。自分自身は「蛇の目」というギフトを持っている。

 それだけに、ギフトをかさに着て魔力を持たない人間を蔑む風潮がやり切れないのだった。


「もしも『魔術具』とやらが世に出ることがあれば、そういう連中が大騒ぎするだろうなと想像したまでだ。『能○』に魔術をくれてやるつもりか、とな」

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