第186話 光の魔道具……ではないだと?

「あり得ん! 光魔術を発する魔道具だと? それをこの短時間で創り出すだと?」


 それは紛れもなく「魔道具」であった。

 魔力を持たない、魔術を使えないヴィオネッタの言葉、思いに反応して光魔術を発動してみせたのである。


「わ、私の言葉で魔術が……」


 ヴィオネッタは憑かれたようにランプの絵を見ていた。


「あのー。これは魔術とは違うと思います」


 2人の驚愕に水を差すようにステファノがおずおずと言葉を発した。


「何を言うか? どう見ても、『光魔術』そのものではないか!」

「ええと、そう見える・・・ってだけだと思います」


「何っ?」


 マリアンヌは混乱した。どこが違うのか。


「お2人の目にはランプが光ったように見えても、実際にこの部屋が明るくなったわけではありませんよ?」

「何だと?」

「何ですって?」


 現に部屋は明るい。2人の目にはそう見えていた。


「最初の絵は見る人の感情を映す。そうでしたね? それで、2枚目の絵は『光れ』という思いを映すように描いたんです」


 ステファノは淡々と説明した。


「訳がわからん。何が起きているというんだ」

「実際の話、俺の目には何も変わって見えないんです。描いた本人は『事実』を知っているからじゃないかと思うんですが」


 マリアンヌは右手で髪を掻きむしった。


「お前の目にはランプは光って見えていないというのか?」

「光りません。ただの絵ですから」

「信じられん。これほどはっきりした『幻術』があるのか?」


 マリアンヌはランプの絵を左右上下から見直した。彼女の目にはやはりランプは光って見える。


「俺が描く絵が魔道具になるという前提があって、ヴィオネッタ先生の宣言があった。そこにランプの絵を見せられたので、『ランプは光るものだ』という思い込みができ上がったのでしょう」

「思い込みでこんなことが起きるのか?」


「『想いを反射する魔道具』なのでしょう。但しそれは外見だけです」

「だが、だが、見る者にとって光っているなら光魔術と同じことではないか?」


 マリアンヌとヴィオネッタにとって、この部屋は明るく照らされているのだ。


「人の目にはそれだけの力が本来あるのでしょう。普段はそこまで上げられない暗視力を、脳の力が上げさせるのではないでしょうか?」

「そうだとしても便利であることに変わりはないが……真っ暗闇ではどうにもならないわけか」

「そうですね。いくら夜目が利くように暗示を掛けたとしても、人の能力には限界がありますから」


「うーむ……」


 マリアンヌは頭を抱えて唸った。


「便利なのか、そうでないのか、判断がつかぬ。見た人間が『明るくなった』と感じるだけの魔道具だと?」

「ただの絵ですから、そんなものでしょう。国宝などと比較するのはおこがましいです」


 ステファノはそう言って笑った。


 結局、2枚目のランプの絵もマリアンヌが預かるということになった。


 ◆◆◆


(あれで良かったかな?)


 ステファノは研究棟を後にしても落ちつかなかった。


(最初の絵で大騒ぎになっちゃったから、2枚目は当たり障りのないものにしたんだけど……)


 結局のところ、ステファノが作り出したのは「見る者の想いを反射する魔道具」であり、それ以上のものではない。だが――。


(魔術そのものを道具に込めるということができるのかもしれない)


 大昔の遺物にそういうものがあるというなら、それは可能だということに他ならない。

 興味はあったが、それを探求するのは「今」ではない。


(まずは普通の魔術を使えるようにならなくちゃ。昨日の「火球」みたいなことを起さないように)


 自分で制御できない魔術を道具に込めてしまっては、事故をまき散らすようなものである。これからは魔力を練る動作1つにも慎重になる必要がある。ステファノは己を戒めた。


 相変わらず黒の道着を着こんだまま、ステファノは魔術訓練場へと来た。利用時間外の今は、建物に出入りする者もいない。


 昨日と同じ「射撃練習場」の側に入って行くと、ドリーが部屋の奥に座っていた。


「来たか」

「よろしくお願いします」

「ああ。始めに練習時間を決めておこう。練習は6時から7時までの1時間ということで良いな?」

「結構です」

「うむ。長ければよいというものではないからな。集中力が切れると事故が起きやすい」


 初心者に無理をさせないためにもドリーのような監視係が必要なのであった。


「逆に言えば1時間もある。落ちついて訓練を積むには十分すぎる時間だ。焦らずにやって行こう」

「はい。お時間を頂いてありがとうございます」

「うん。気にするな。言ってみれば先輩と後輩だからな。後輩の背中を押してやるのが、先輩の役割だ」

 

 さばさばとしたドリーの言葉であった。

 ステファノはそれを聞いて、遠慮を捨て、真摯に取り組むことがドリーに対する誠意であろうと感じた。


「どこから始めたらよいでしょうか?」

「そうだな。お前は6属性すべて使えるということだから、順繰りに術を見せてもらおうか? 一応、威力を抑える努力をした上でな」


 毎回標的を燃やされては維持費がかさんで困るのだと、ドリーは笑った。


「そうですね。雷と火をお見せしたので、次は水魔術をやってみましょうか?」

「良かろう。5番、水魔術。発射を許可する。準備は良いな? 良し、自分のタイミングにて撃て!」


 ステファノは心を澄ませて「虹の王ナーガ」を発動する。7つの頭を持つ蛇として具象化した虹の王ナーガに向かい、ステファノは「う」の型をイメージして送り込む。「緑」+「緑」のモノトーンであった。


氷獄コキュートス


 左右の手に「水」と「冷気」を集めて封じ込めるイメージ。

 今回は限りなく薄い、ベールのような氷の壁で標的を封じ込めることを願った。


「あれ?」


 水と冷気は標的まで届かなかった。20メートルの距離は魔術にとってかなりの長距離だ。

 通常、中級魔術者は5メートルから10メートルの距離で術を行使するのが普通であった。


「うむ。届かなかったようだな」


 ステファノの術は5メートル先でダイアモンドダストのようなきらめきとなって空中に散った。


「今のは何でしょう? 威力を抑えすぎたんでしょうか?」

「先ず、標的まで届いていなかったな。威力とは別の問題だ。術の効果を20メートル先まで運ばなければならん」

「なるほど。術を届けなければいけないんですね?」


 ステファノはしばし考えた。冷気を飛ばすなら風魔術を併用したら良いのかもしれない。

 だが、訓練場には厳しいルールがあった。使える魔術は指示された種類のみ。それを破れば厳しい処罰を受けねばならない。ジローのように。


 飛ばすことができないとしたらどうやって移動させる? 飛ばせない。飛べない……。


「そうか! よろしいですか? もう一度やってみます」

「良し。5番、水魔術。発射を許可する。自分のタイミングにて、撃て!」


(「う」の型)


氷獄コキュートス神渡みわたり!」


 ステファノの5メートル先、その床が凍りついた。床から龍の背、剣先のような氷柱が生え伸びる。

 それが次々と連鎖し、標的に向かって蛇のように走る。


 凍結した湖に走る「神渡みわたり」の印のように。


 びきびきびき……!


 ドウッ!


 標的まで達した龍の背は、大岩にぶつかった波頭のように砕け散った。


 ぴしっ!


 左右から見えない巨人の手に挟まれたように、標的は中央から潰れて瓢箪のような形になった。

 遅れて標的全体が真っ白な氷に包まれる。


 ガシャーン!


 急激に重さを増した標的に引かれて、釣り具の鎖が音を立てた。


「届きました!」

「何だ、それは!」


 浮かれたステファノを、ドリーの厳しい声が現実に引き戻した。


「あれ? 氷も水魔術ですよね?」

「それはそうだが、20メートル先の標的に氷魔術を使う奴はいないぞ」

「そうなんですか?」


 一瞬怒鳴りつけそうになったドリーだが、「こいつはこういう奴だった」と思い直し、肩の力を抜いた。

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