第176話 再会は突然に。
「それにしては君は読み書きも計算もきちんとできるし、知識も豊かだね。もしかして勉強好きかい?」
「どうでしょうか? 遊びに行けず店の手伝いばかりしていたので、仕事の役に立つことは一所懸命覚えたかもしれません」
「へへへ。それを言われると、稼業を手伝いもせず遊んでばかりいた僕は何も言えなくなるよ」
「無為無策」
事情を聞かされれば、2人にもステファノが慎重になる理由が理解できた。何もかもが初めてのことなのだ。
「そういうことなら1学期は練習期間だと割り切ったら良いね」
「なるほど。学校生活そのものを勉強していると思えば良いのか」
「そうだ。人生は勉強」
2人には言えないが、魔術訓練場のドリーは魔術科の教科については気にする必要がないと言ってくれた。
術の制御さえ身につけば単位は自然と取れると。
「あの、授業を受けなくても単位を認められることがあるそうですけど」
「ああ、仕組み上はそういう方法もある。認められることは少ないらしいが」
「一応参考のために、どういうものか知っていたら教えてもらえますか?」
実はスールー自身、自分でその「
「講座開始から1週間は一種の予備期間になっている。この間なら生徒は履修科目を変更することが許されるんだ」
自分に合わない、あるいは必要ないと感じた口座に関してはペナルティなしに他の科目に変更することができる。
実は、この1週間の間に講師から提示される課題をクリアする実力があれば、1学期分の履修を省略して講座の修了単位が認められる。
その裁量はそれぞれの講師に委ねられている。
「アカデミーではこの制度を『チャレンジ』と呼んでいる。チャレンジが許されるのは各講座一度のみ。そこで失敗すればやり直しはできず、他の講座への変更もできなくなる。正規の授業を受けて単位をもらうしかない」
ここまでの話を聞く限りでは極めて公平なシステムであるように思われた。
「魔術学科の科目では実技が課題になることが多いと聞いたのですが?」
これは若干事実と異なる。訓練場でのドリーの言葉を解釈すると、そうではないかと想像できるというだけのことであった。
「うん。学科が違うので自信はないが、どうやら魔術科は実技で課題をクリアしたら講義を免除されるらしい」
「実技と言うのは当然『魔術の行使』なんでしょうね?」
「そのようだ。与えられた『お題』を、それにふさわしい術でクリアすれば合格なんだとか。魔術科の生徒が羨ましいと思った記憶がある」
実際にはそう簡単なものではないらしい。中級魔術レベルの課題を与えられることが多いので、大半の生徒にはどうにもならないらしい。
「たとえチャレンジが失敗しても、その講義で不利を被ることはないそうだ。実技に自信があるなら、トライしてみる価値はあるんじゃないか?」
「俺の魔術は癖が強いみたいなので、トライするにしても2学期からになりそうです」
ドリーさんに指導してもらって、人に見せられる威力に魔術を制御できるようになってからの話だなと、ステファノは思った。
「学科の方は2学期から頑張るつもりです。そういう意味でも魔術科に教え合える仲間がいると良いんですよね」
「利用したり、利用したりだね?」
「スールーの得意分野だ」
「そんな寄生虫のようなことは考えていませんよ。先輩たちの身近に面倒見の良い魔術科学生はいらっしゃいませんか?」
すました顔で聞くステファノであったが、「面倒を見てもらう気」は十分あるらしい。なかなかの「タマ」である。
「ふーん。一番良いのは『技術に詳しい魔術師』で『後輩の面倒見が良いヤツ』だな」
スールーは身も蓋もない纏め方をした。
「わかった。探しておこう」
「また1人犠牲者が生まれる」
こうしてスールー、サントスとの2度目の会合は終わった。
◆◆◆
話が終わったのは18:00を回った頃であった。部屋に戻るのも面倒なので、3人はそのまま食堂へ向かった。
スールーたちは今日も下級生の時間帯に紛れ込むつもりだ。
「しかし、お前は人の懐に入り込むのが上手いな」
「その言い方だと、ずる賢いと言っているように聞こえますけど」
「スールーが言えば誉め言葉」
「わあ、嬉しいってなりませんよ?」
夕食のプレートをそれぞれつつきながら、よもやま話に花を咲かせる。
「ドリーさんを
「人聞きが悪いです。心配してくれただけです」
「にしてもだ。魔術を指導してくれと頼んだのだろう? 純真そうな顔をして?」
「手口が悪質だ」
普通にお願いしただけだと、ステファノは言い訳した。
それにしても毎日午後6時から魔術訓練をするとなると、午後は結構忙しい。ミョウシンとの柔修行をどの程度行うか。
(マルチェルさんとヨシズミさんから習った体術も続けたいんだよね)
型や素振りは1日休めばその分積み上げてきたものを失ってしまう。筋力もそうだが体の使い方、動きのパターンは反復練習からしか身につかない。
体が忘れてしまう前に、染みつかせてしまわなければならないのだ。
(素振りは部屋ではできないからなあ。朝早い内に運動場を使うか?)
朝の内であれば人は少ないことがわかっていた。ステファノ自身は早起きを苦にしない。
むしろ自然に目覚めてしまうので、朝食前に体を動かすことは歓迎であった。
スールーとサントスのやり取りをうわの空で聞きながら、ステファノは武術訓練についてあれこれ考えていた。
「やあ、ステファノ。アカデミー初日はどうだった?」
自然に声を掛けて隣に座ったのは、小柄な少女だった。目立つ容貌、服装ではなかったが、どこかで見たような顔立ちである。
(それにこの声は聞き覚えがある)
「ええー?」
思わず大声を上げてしまったステファノに、周りの注目が集まった。
「ゴホン、ゴホン。すみません。何でもないです」
ステファノは真っ赤になって、周りに頭を下げた。
「どうしたんですか、ステファノ? 急に大きな声を出して」
「だって、ミョウシンさんでしょ?」
「そうですが? ああ、道着姿しか見ていないから普段着に驚いたのですか」
普段着で現れたミョウシンはどこから見ても良家の少女であった。若干古風な印象を受けるデザインであったが、小柄な彼女によく似合う貴族服の上下を身につけていた。
実際には「少年」だと思い込んでいたためにステファノはミョウシンが少女だと知って驚いたのだが、それを言っては相手を傷つけることになる。そのくらいの考えはステファノでも思いつくのであった。
「ほほう? ステファノ、お前……」
「ああ! スールーさん、こ、こちらはミョウシンさんです。お知合いですか?」
「うん? 同学年だからもちろん知っているぞ。それよりお前、ミョウシンのことを……」
「実は俺、ミョウシンさんに『柔』を教わることになったんです!」
何か言い掛けたスールーを遮るように、ステファノは言葉をつないだ。これにはスールーも驚いたようだ。
「お前、武術なんかできるのか?」
「その顔で?」
「顔は関係ないでしょう?」
サントスに言わせると、ステファノのベビー・フェイスには「他人と争う資格」がないらしい。
「武術より料理でも修業した方がお似合い」
「いや、料理はガキの頃から修行しましたって」
「ああ、そうか。ステファノは飯屋のせがれだったな」
ミョウシンはステファノとスールーたちのやり取りを見て目を丸くしていた。
「君たちは随分仲が良いのですね」
「いえ、そんなには」
「僕たちはすっかりステファノの魅力に誑し込まれてしまってね。彼は天性のスケコマシらしい」
「すっかりコマされた」
「何ですか? そのコマシって?」
どうやらミョウシンは本当にお嬢様育ちのようで、スールーの下種な言葉を理解できなかったようだ。
「ふふ。説明しよう! 『スケコマシ』とは」
「スールーさん! 学生寮でそういう話はふさわしくないでしょう? ミョウシンさんは何か俺にお話があるんじゃないですか?」
ステファノは冷や汗をかきながら、ミョウシンに問い掛けた。隣に座ったのは言いたいことがあるからだろうと。
「ああ、そうでした。教務課にお話をして『柔研究会』の発足を認めて頂きました」
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