第141話 ステファノは雷魔法「牛角」を得た。

「諦めろ! もう逃げ道はないぞ!」

「糞―っ! こうなったらお前らみんな道連れにしてやる!」

「やめろっ!」

「うわぁああああーっ!」


 ヨシズミたち魔法取締官4名が追い詰めた容疑者は、やけくそになって引力魔法を最大威力で行使した。

 一番近くにいたヨシズミがすかさずカウンターを合わせる。


 引力の無効化、それで攻撃を相殺できるはずであった。


 しかし、自暴自棄になった容疑者は「引力の因果」ではなく、「ブラックホール」そのものを呼び出した。そんな物を街中に呼び出したら、周りも自分も無事に済むわけがない。正に自殺行為であった。


「何だと? 馬鹿な!」


 引力の因果をカウンターで消したつもりでいたヨシズミは、ブラックホールの出現に慌てた。ミニマムサイズのブラックホールであっても、こんなところに出現したら何が起こるかわからない。


「その空間には『普通の空気』が存在する」という因果を呼び出してぶつけたのだが、反応がわずかに遅かった。発動の時間差は、ブラックホールのイデアに一番近い場所にいたもの、すなわち容疑者本人とヨシズミのイドを引き込む結果を発生させてしまった。


 ワームホールを通ってヨシズミが吐き出された先が、今いる世界だったのだ。


「オレが捕まえようとしてた容疑者がどこへ飛ばされたかはわからねェ。ホワイトホールがどこにできッカはまったく偶然任せだからナ。無限に存在する宇宙の同じ時空に飛んで来たとは思えねェけどな」


 ステファノにはちんぷんかんぷんの説明であった。それでも極大魔法は何をひき起こすかわからぬ危険な術であることは理解できた。ましてや『禁術』を使えば人も、世界も滅ぼしかねないと。


「師匠、魔術や魔法はこれ以上広まらぬ方が良いのでしょうか?」

「うん。中級までの魔術を平和に利用する。生活のための魔術に留めておくことが、この世界にとっては一番良いことかもしれない」

「自分もそう思います」


 ステファノはもうすぐ王立アカデミーに入学する予定であることを、ヨシズミに告げた。学園では魔術を学ぶことを。


「俺は戦争の道具になるつもりはありません。なので、中級以上の魔術は封印するつもりです」


 それがステファノが考えた「魔術師」としての生き方であった。「初級魔術師」として生きて行くのだ。

 世の中に貢献し、弱い人々の助けとなる。それを仕事として行きたいと。


「まだ何を職業にするかは決めていませんが、出世を目指すのではなく、人々と共に生きる道を探したいと思います」

「そうケ。おめェにはそんな生き方が向いてるかもしンねェナ?」


 慌てる必要はない。ステファノはまだ17であった。いろいろな物を見、いろいろな人に出会って自分の道を探す時間はまだまだあるのだ。


「若ェ内はよ、いろいろ見聞きすンのもいいことだからヨ? アカデミー終わって旅に出るようなことがあれば、またオレに声掛けたらいい。これでも師匠だからナ? 修行の続きサつき合うヨ?」

「そうですね。それも良いかもしれませんね」


 魔法のことはアカデミーでは学べない。正しい「法」を身につけるには、ヨシズミの教えは貴重であった。


「本当は師匠がアカデミーの教授だったら、すごく役に立つと思いますよ?」

「それはねェベ。どこの誰かもわかんねぇ奴にお貴族様も通う学校の先生はさせねェベ?」

「もったいない話ですね」


 この国のそういう部分は本当に下らないと、ステファノは思った。


「ステファノヨ。俺が言うのも何だけどナ。おめェはそういうこと言わねえ方が無事だと思うゾ」

「え? なぜですか?」


 ステファノは、心底不思議に思っていた。


「それを言ったら、貴族なんか要らねェッて言うのと同じだからダ」


 ヨシズミは真面目な顔をしていった。


「おめェの言ってることは正しい。人を教えるのに生まれも育ちも関係ねぇ。正しい知識と教える技術を持っているかどうかが大切なことで、その他の事情はどうでもいい」


 そう言った上で、ヨシズミは顔をしかめた。


「したけどヨ、それですまねェのが世の中サ」

「やっぱり、すみませんか?」

「そりゃそうだッペ?」


 実力があれば良いでしょうと言ってしまったら、貴族階級が存在する意味がなくなるのだ。

 圧倒的多数である庶民からふさわしい人材を見つけてくれば良いということになってしまう。


「いつかはな。お貴族様なんて下らねぇもんはなくなるさ。したが、『今』じゃねぇ」

「そう……でしょうね」

「うん。まだまだ先の話だッペナ」


「庶民の実力がお貴族様とおんなじくれェにならねェとな。それには、まだまだ時間が掛かッペ」


 そう言ってヨシズミはうっすら微笑んだ。ヨシズミが時々見せる大人の顔であった。


「それにしても、おめェはよくもアカデミーなんてところに縁をこせェたもンダナ」

「それは俺自身が不思議に思ってます。偶然が重なって、そんな風になってしまって……」

「この世に偶然なんてものはねェのよ。いや、すべて偶然か知らんけど、『偶然』には意味があンダナ」


 そう言って、ヨシズミは毛布の上に横になった。


「オレとおめェが一緒にいるなんて、随分な偶然だッペ。大事なのはそっからどうすッかダ」


 そうですねと言って、ステファノは自分も横になった。


 ◆◆◆


 旅の最終日となる朝、いつものようにステファノは日の出と共に目覚めた。朝のしんとした空気を胸に吸い込み、両手で顔を擦って眠気を払う。


 試みにイドを纏ってみると、頭の痛みは去っていた。一晩休めば魔力疲れは回復するらしい。


 まだ朝食には早いので、ステファノは場所を移動して日課の套路とうろを練ることにした。昨日予定外の移動をしたので呪タウンへの行程には余裕があった。


 套路を始めると成句を意識せずともイドが体を覆った。既に套路の意とイドの意が一体となっている。

「受け」や「払い」を行えば、イドの盾が自然と両手に現れる。「撃ち」や「投げ」の時は形を変え、動きを示す。


 24種の動きを行い、初めの姿勢に戻ったステファノは、次に「型演舞」を始めた。


 動きのスピードは本来のものに戻している。その速さにイドがついていけるようになっていた。


(ん? 昨日よりイドの変化がスムーズな気がする?)


 右手の「引力」で小石を引き寄せ、左手の「火のイデア」で空中にあるそれを冷やしてみる。両手の間で小石は白く霜を纏い、回転しながら氷結して大きさを増していった。


 拳大になったところで、「全力で投げた因果」を働かせてやる。氷塊は野原に向かって飛んで行った。


(よし。あれなら「揺らぎ」の範囲内だ。威力も手で投げるのと同じだし)


 型の終盤、蹴りから受け、払い、撃ち、受け流し、投げと変化する場面で目まぐるしくイドの盾を変化させながら、ステファノは空中に雷気を蓄えた。

 今回は、火と水のイデアに加え、風のイデアで渦の動きを加えてみる。


 風を使うと、なぜか「牛」のイメージが頭に閃く。仕方がないので、「牛角ぎゅうかく」という名をインデックスに刻んだ。


 両手の盾を雷雲に変化させ、渦巻く氷の粒に頭上で起こした雷気を移す。バチバチと音を立てながら何本ものアークが空中と両手の間で禍々しく光った。


 左右の拳撃を放つ瞬間、ステファノは雷のイデアを解き放った。


「牛角!」


 バリバリ!


 拳から飛んだ稲妻は空中で急激な弧を描いて大地に吸い込まれた。


 型を最後まで演じ切ったステファノは初心の姿勢に戻って気息を整えた。


「ふう。昨日までよりイドが動きになじんでるな。4時間も土魔法を使っていたせいかもしれない」


 長時間の使用に耐えるため、精神がイドの制御を最適化したのだろうか。期せずしてスポーツで言う「走り込み」の成果を得たようであった。


 ステファノは野営ポイントに戻り、昨夜のスープを温め直した。今朝は火魔法が使える。

 ヨシズミは用足しにでも行ったようで、寝床に姿がなかった。


 スープに火が通った頃、ヨシズミが帰って来た。


「おう、朝から体サ動かしてたみてェダナ?」

「はい。型稽古をして来ました」

「そうケ。魔力が動いてたみてェだから、そっちも回復できたンダナ」

「お陰様で。何だか調子が良いみたいです」


 ステファノは型の動きにイドの変化が追いつけるようになったことを伝えた。


「うん。怪我の功名ッてやつだッペ。知らず知らず、イドの使い方がこなれたみてェダナ?」

「そんな気がします。これも慣れっていうやつでしょうか?」

「そうだッペ。人生に無駄はねェッてことだナ」


 妙にしみじみした口調でヨシズミはそう言った。

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