第130話 ステファノは瞑想によりイドの制御に至らんとす。

「普通は俺みてェなもンにくっついてあるかねェベ?」

「そうなんですかね? ついて歩くのが初めてなんで、良くわかりません」


 ステファノは木々の幹を見上げて、芋のツルを探した。


「変わってンナ、おめェは。俺なんかどこ行っても居候みてェなもンだからヨ」

「そうなんですか?」

「そうなんですかって、おめェ。随分いい加減だナ!」


「あった!」


「何だッテ? 何かあったンカ?」

「はい。自然薯です!」

「おー。そいつァおかずになるナ。1人で掘れッケ?」

「任せてください!」


「なら、ここで芋サ掘ってロ。俺はキノコでも拾って来ッかラ」


 ステファノは小さなスコップを取り出し、ツルの根元を掘り始めた。

 一瞬「土魔術」を試そうかと考えたが、ヨシズミのいないところで使うのは良くないと考え直した。


 その代わり念誦をしながら「観相」を行い、「土の薄い所、弱い所」を探してスコップを入れた。

 こうすると、ぽろりと楽に土が剥がれ落ちるのであった。


 手を動かしながら考えた。ヨシズミとは一体どういう人なのであろうかと。


「自給自足だけで暮らしているのかな? でも道具は買った物だし、お茶を買いつけに行くにはお金を貯めなければならないし」


 どこかで仕事をすることはあるはずだ。「居候」と言っていたから、臨時雇いのような形で報酬を得るのであろうか。


「不思議な術を使う人だな。火魔術や水魔術らしきものを使っているのに、魔力が感じられなかった」


 今も視界から外れた途端、まったく気配が感じられなくなった。常に何かの術を使っているのだろうか。それとも体の使い方なのか。


 ステファノ自身は良く覚えていないが、海岸でステファノを気絶させたのはヨシズミだと言う。しかし、マルチェルさえも投げ飛ばしたステファノの防御をどうやって潜り抜けたのか?


「師匠と俺との違いを知ることが、魔術の理を知ることにつながりそうな気がする」


「観相」のお陰でコツをつかみ、ステファノは大物の自然薯を30分ほどできれいに掘り出すことができた。


「師匠は……まだ帰って来ないな。動き回るわけにはいかないから、ここでできることをしよう」


 マルチェルに手ほどきを受けた瞑想をしてみようと、ステファノは落ち葉の上に胡坐をかいて座った。


(色は匂えど~)


 目を閉じると自動的に念誦が始まり、イドの火が灯る。


(師匠が纏って見せたイドの火は、俺のとは違って硬くて均一な質感に見えた。まるでガラスのような)


 あれならば魔力の気配を内に留めることができるのではないか。イメージは「結晶化」か。


(いつだったか、ドイル先生が雪の結晶をスケッチしていたことがあったなあ。いろんな形があって驚いたっけ)


 結晶とは物質の基礎が規則的に並んでいる状態だと、ドイルは言っていた。雪の結晶を見ればわかると。


(6角形は外からの力に強い形だと言っていたな。イドの火を6角形に並べられないかな?)


 そのためには対象を細分化しなければならない。これは難しかった。


(急には細かくできないな。まずは「小さい火を6つ並べる」ことから始めよう)


 今までは構造など意識せず一塊の火としてイメージしていた物を、「部品」によって構成された構造物と考えてみた。まず6つの火を平面に配置して6角形パターンを作ることから始める。


 火のイデアを複数操作してみた経験が役に立った。今度はイドを分けるのだ。

 虫眼鏡で視るようにイデアを拡大し、6つに分割する。いや、元々6つだったと「考える」のだ。


(ピザのピースのように。6つで1つ。うん、これはわかりやすい)


(おお、こうすれば3角形が6つ集まった形だ。いかにも頑丈そうだ)


 これを繰り返せば大きくできそうだと、ステファノは考えた。


(3角形を基本の部品にして立体を作ると、正4面体ができるな。これを積み重ねて行くとがっちりした立体ができそうだ)


 イメージの中で積み木を重ねるように、イドが立体化して行った。

 ステファノは知らなかったが、それは「ダイヤモンド結合」と呼ばれる構造であった。


(構造がわかれば、自由に変形できる)


 いつもはもやもやと、光る綿毛のように体を包んでいるイドを薄く体に貼りつくようにイメージしてみた。


(おお。そこにあるとわかっていても、眼には視えなくなるな。薄くて揺らぎがないからか)


 ステファノは自分の気配が、石や金属のような揺らぎのないものに変わったことを感じる。ヨシズミが気配を感じさせない方法はこれであろうか?


 それからもステファノはイドの結晶化を試してみた。いかに素早く結晶化させ、身に纏うことができるか。

 どれだけ意識せずに結晶化状態を維持できるか? 結晶化状態でイデアを観ることはできるのか?


 目を閉じていたステファノは気づかなかったが、1頭の狼がステファノの数メートル前を横切って行った。

 すんすんと不思議そうに鼻を鳴らしていたが、ステファノに気づかず通り過ぎて行った。


 やがてヨシズミが帰って来た。


 その時もステファノは瞑想の中にあり、ヨシズミの存在に気づかなかった。

 ヨシズミもまたすぐにはステファノを見つけることができなかったが、ここにいるはずだという知識がヨシズミに違和感を覚えさせる。


 ヨシズミは左手の人差し指を目と目の間に立てて、意識を集中した。今度は落ち葉の上に座ったステファノの姿がはっきりと目に映った。


 一度存在を認識してしまえば、消えることはない。ヨシズミはステファノに声を掛けた。


「遅くなったナ。芋は掘れたのケ?」


 声を掛けられて、ステファノは目を開いた。一瞬ヨシズミがどこにいるのか戸惑ったが、イドの「観相」に集中すると焦点が合うように姿が浮かんできた。


「芋は大物が掘れました。瞑想の練習をしていたところです」

「そうみてェだナ。急に気配が薄くなってたワ」

「そうですか? 師匠の真似をしてみました」

「何にも教えてねェのに器用なことだナ」


 ヨシズミは肩の背負子をひと揺すりした。ステファノも立ち上がってズボンの落ち葉を払い、背嚢を肩に背負った。

 大切な自然薯は斜めに括りつけてある。


「そいつは確かに大物だナ。どれ、帰って昼飯の支度サすッペ」

「はい」


 先に立って歩きながらヨシズミはステファノに声を掛ける。


「おめェのその瞑想ナ。暇なときに続けてット、良い塩梅あんばいかもしれねェナ」

「そうですか?」

「ああ。慣れて来たら寝てる間もそれが普通になって来る。そしたら『世界』が違く見えて来ッカラ」

「はい。続けてみます」


「普通の魔術とおめェの術とじゃ、違いがあンのはわかってッペ?」


 ヨシズミは静かに語り掛けた。


「はい。俺のは魔術ではないと言われました」

「ンだな。おめェは自分のことを良く知らねばなンねェ。魔術のこともダ」


 ヨシズミは言葉を選んでいるようだった。


「魔術とは因果の形を変えることだとは知ってッペ?」

「はい。何となくですが」

「そうか。熱のないところに火を生み出す。これは因果の改変だ。だがな……」

「はい」


「熱はそこにあるンだ。火を出すには足りねェけどな」


 ステファノはランプにかざした自分の手を思い出した。ランプの火よりも温度は低かったが、ステファノの手にも確かに熱はあった。部屋の空気だろうと、テーブルだろうと、振動している物質には多かれ少なかれ熱がある。


「後はヨゥ。『起こり易さ』の問題なンダ。『確率』の大小サ」


 ステファノはヨシズミの言わんとすることが、何となくわかってきた。


「魔術師ッちゅうのはヨ、『今の状況で起こりうる因果の1つ』を目の前の因果と入れ替えるンだ」


 どんなに確率が低くとも、「起こりうる結果の1つ」を選んでいる。それが魔術の限界なのであった。


「連中には『それしか見えない』。遠眼鏡で視る視界と一緒だ。その狭い視野の中に見えている、『起こりうる結果の1つ』を魔術師は掴まえて来るのだ」


 因果律を改変していることに変わりはないが、それは「ストレッチする」というのがふさわしいレベルの改変であった。


「おまえの術はまったく違う。おまえの術はそこに存在しない因果まで引っ張って来る」


 ヨシズミは真剣な声音で言った。

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