第61話 青い炎。

「はい。何でしょうか?」


 ステファノは慎重に尋ねた。いきなり暗殺者と対決させられることは無いと思うが。


「どこか適当な場所に隠れて刺客の顔を見定めてもらいたい。そのための遠眼鏡は後で準備する」

「はい。似顔絵を描くのですね」

「その通りだ。似顔のあるなしで、聞き込みの効果が変わるからな」


 ということは、刺客には術を使わせておいて泳がせるということだ。


「もちろん食肉倉庫はからにしておく。監視に気づかれぬよう気配りが必要だ」

「でしたら館の東側、2階の部屋をお貸し頂ければ」

「東側?」

「西側からだと、遠眼鏡が朝日に光るかもしれません。東側に目立たぬ窓があれば最適です」

「そういうことか。エリス、手配できるな?」

「はい。旦那様の書斎をお借りしてよろしければ丁度良いかと」

「うむ。良かろう」


 ネルソンは満足げに頷いた。


「お兄様。刺客を泳がせるということは、毒殺が成功したように見せ掛ける必要がありますね」

「そうだな。昼の時分に騒ぎを起こせばよかろう。商会と主治医に使いを走らせれば、敵は食いつくだろう」

「まあ、お芝居をしますの? エリス、悲鳴を上げるのはお前の役目ですよ。館の外まで聞こえるように、元気良くお声を上げなさいね」

「はいっ!」


 エリスはしゃっちょこばって返事をした。


「お芝居は自然体が一番ですからね。自然にお願いね」


 ソフィアは楽しそうにウインクした。


「私の方は、口入屋界隈かいわいを探ってみる。裏からな」


 初級魔術しか使えない傭兵、または傭兵もどき・・・。その世界は広いようで狭い。該当する人間は自ずと絞り込まれるだろう。


「ステファノの似顔絵と合わされば、刺客の正体を突き止めるのは容易たやすいだろう」

「サー。その先はお任せを」


 マルチェルが静かに腰を折った。


「うむ。そうだな。刺客を見張り、依頼人を暴くのはお前に任せる。私の館・・・で暗殺を仕掛け、ソフィーを泣かせたのだからな」

「サー。ありがとうございます」

「公国のいたちは暫く自由にさせるが、この国のいたちはそうはいかん。巣穴ごと叩き潰す」

「御意」

「ふふふ……」

「ほほほ……」

「……」


 ギルモア家の3人は顔に笑みを浮かべた。だが、その目の奥にステファノは青い炎を見た。


 ◆◆◆


「本当に行かなくちゃいけませんか?」


 エリスに服装を正してもらいながら、ステファノは問い掛けた。


「もう! 動かないで。ブラシが掛けにくいわ」


 着替えなどないので、せめてもの身だしなみとエリスはブラシでステファノの服を清めていた。


「ちゃんとした着替えも持ってないなんて、信じられない!」

「仕方ありませんよ。そんな大荷物、持って歩けませんから」


 溜息を吐く思いでステファノは言った。


「暗殺の仕掛け、動機までお前が暴いてくれたのだからな。殿下に報告せぬ訳にはいかぬさ」


 ステファノの正面に立ったネルソンは言った。この見世物・・・を楽しんでいるようだ。


「失礼があっても知りませんよ。お手打ちなんかにならないでしょうね?」

「さてな。殿下はまだ療養中でいらっしゃるから、自ら剣を取ることは無かろう」

「自らって……。アランさんとかネロさんが代わりにばっさりっていうこともあるんですか?」

「護衛だからな。必要とあればやるだろうな」


 ネルソンが言うと冗談に聞こえない。ステファノはますます気が重くなった。


「あー。何でこんなことになったんだろう? 下働きの積りで来たのになぁ……」

「もう、しゃきっとしなさい! 男の子でしょう?」


 エリスはお姉さんぶってステファノの背中を叩いた。


「あらあら。こういう所は本当に普通の男の子なのね」


 ソフィアまで頬に手を添えてステファノの窮地を楽しんでいるようだった。


「よし。それで良かろう。では、ソフィア様。お取次ぎをお願い致します」

「はい。エリス、先導をお願い」


 ステファノを最後尾に従えた奇妙な行列が、ジュリアーノ王子が休む寝室に向かって廊下を進んだ。

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