第54話 お前は、何を暢気なことを……。

 この大人しそうな少年は、頭の中に何か「化け物」を飼っている。ソフィアはそんな妄想に襲われていた。


「なぜそのような疑いを?」


 世の中に、それも田舎町の平民に知られているはずがない。疑うことすらできぬはずだ。


「証拠も何もありません。そうでもなければ辻褄が合わないというだけです」


 証拠のない疑念で鎌を掛けた? 王族の身の上に対して、不敬と思わないのか?


「あの、失礼があるなら謝ります。申し訳ございません。多分失礼なんだと思うんで」

「良い。ここで儀礼は求めぬと初めに申した。お前の疑いを申してみよ」


 ステファノに虚を突かれた反動で、ソフィアは我知らず貴族としての物言いになってしまっていた。ジュリアーノ殿下のメイド長となって以来、そのような立場は捨てて来たというのに。


「王位争いでないことは、はっきりしているんです」


 王の健在、王子同士の仲。


「ですが、王位争いでもなければ王位継承権第3位の殿下を暗殺するなどあり得ません」


 そうなのだ。どのような動機、理由があろうとも、王族を殺そうなどと大それた罪を犯すものか。それこそ王位を争う以外の理由では軽すぎるのだ。


「ならば、やはり王位争いなのだと考えたのです。但し――」

「この国の王位ではないと言うのか……」


 そんな馬鹿な話があるのか? 他国の王位継承争いのために、ジュリアーノ殿下の命が狙われただと? そんなふざけた話が……。


「この話、表に出るとまずいですよね?」

「お前は、何を暢気なことを……」


 ソフィアは絶句した。


「そうですよね! この子、暢気なんですよ! あっ!」


 激しく同意したのはエリスであったが、さすがにソフィアにきつく睨まれた。


「殿下が他国の王位継承に絡むとしたら、縁組しかありません。養子に入る話か、王女を迎える縁談か」

「……」

「養子縁組はないでしょう。後継ぎがいない王の所であればむしろ歓迎されるでしょうし、後継ぎがいるなら養子は取らない」


 そう。後継者争いを好んで起こすような王はいない。


「可能性が高いのは王女をもらう話です。その王女が王位継承高順位者であった場合、取り巻き・・・・が騒ぐかもしれない」

「2位なのです」

「……」

「アインスベル公国第二王女アナスターシャ・エリカ・アインスベル殿下は、王位継承権第2位をお持ちです」


 自分で言いだした話ではあったが、ステファノは事の重さに唇が渇く思いがした。

 次の言葉を選んでいると、ソフィアが続けて言った。


「アナスターシャ様はジュリアーノ殿下と同年の15歳。天真爛漫なご性格で、公国民に愛されていらっしゃいます」


 王族の一員であるからには美少女でもあろう。それはさぞかし敬愛されるに違いない。


「ジュリアーノ殿下に首ったけなのです」


 苦し気にソフィアは告げた。


「いや、王族に色恋はないって、さっき……」

「建前に決まっているでしょう! 王族も人間です。うちのジュリー様を見れば、恋に落ちるのも当然!」


 なぜかソフィアの鼻息が荒くなっている。頬の赤味が戻ったようだ。


「夜会で見染めたアナスターシャ様がたって・・・のご希望で縁組を申し入れて来られたのです」


 アインスベル公国とスノーデン王国との関係は良好。両国とも国王陛下はご壮健という状況で、縁談を拒む者はいないと思われていた。


「ジュリー、いえジュリアーノ殿下はご婚姻に関心を持たれるお歳ではありませんが、王族としての務めを理解なされています」


 恋愛感情抜きで政略結婚を受け入れる覚悟があるということだ。相手が性格の良い美少女なら、恵まれた話であろう。

 王族同士の婚姻ともなれば、調整しなければならないことも多い。まだ、世の中に公表する前の段階にあった。


「反対する声は無かったのですか?」

「慎重にと言う者はあっても、反対する意見は聞いたことがありません」


 美男美女の微笑ましい縁組という受け止め方が主流であった。

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