第33話 小さなプレゼントとプリシラの笑顔。

「ステファノ、戻ったのね。裏に回ってちょうだい。通用口を開けるから」


 食事の後も道具屋、服屋、乾物屋、総菜屋、金物屋、薬屋と、手当り次第に店を覗いて時間を潰して来た。

 それでも時間が余ったので、最後は公園で日向ぼっこをして過ごした。こんなにのんびりしたのは随分久しぶりな気がする。


 約束の4時ちょっと前に商会を覗くと、プリシラが待ち構えていた。


「あ、ちょっと待って。その前にマルチェルさんを呼んできてくれる? ……目立たないようにね」


 プリシラは面食らったようだが、ステファノを信用してくれたのだろう。騒ぎ立てず、素直にマルチェルを呼びに行ってくれた。


「戻りましたか」


 マルチェルはステファノの様子から何かを察したのか、不審気な顔をしていた。


「すぐに裏に回りますが、その前にご報告があります」

「うむ。急ぎのことですね?」

「はい。自分に見張りが付いているようです」

「見張り?」


 心当たりがなかったのだろう。マルチェルはちらりと表に目をやりながら、思案顔になった。


「正体がわからないので、そのままここまで連れて来ました」

「そうですか……。いや、それでいい。わかりました」


 裏に回れと言われたステファノは殊更にゆっくりと歩いて行った。

 プリシラが裏口を開けてくれるまで暫く時間が掛かったのは、マルチェルが何か手配をしていたのだろう。


「ごめん。待った?」

「大丈夫。ありがとう」


 勿論プリシラに非があることではない。ステファノはほんのり微笑んで通用口を潜った。


「荷物はそれだけなの?」


 ステファノの荷物は背中の背嚢と、今日の買い物を入れた手提げ袋だけだった。


「持ち物はこれだけだよ。それからこれはお近づきの印」


 懐から取り出したのは、刺繍入りのハンカチだった。可愛らしいが実用品でもある、ぎりぎりのラインを見繕った。

 ハンカチはメイドのプリシラにとって必需品と言って良い。


「え? わたしに?」

「街を見物しながら、お店の品定めをしていたんだ。このハンカチ、プリシラにどうかなと思って」


 生成きなりの木綿生地に赤いベリーが慎ましく描かれたハンカチは、丈夫で使いやすい物をと選んでもらった。


「ありがとう。大事に使うね」


 小さなベリーを散りばめたような刺繡を、プリシラは頬を染めてなぞった。


「えっと……。寮に案内するから付いて来て頂戴」


 ハンカチを仕舞うと、プリシラは零れるような笑顔で言った。先輩風を吹かせるのが嬉しいのだろう。自分の城であるかのように胸を張ってステファノを先導した。


 曲がりくねった廊下の先は中庭になっており、渡り廊下で別棟に続いていた。

 どうやら商館の建物がぐるりと四方を囲む真ん中に、従業員寮が建てられているらしい。


「真ん中を壁で仕切られた2階建てで、向かって右が女子寮。左側が男子寮になっているの」


 入り口も別々に設けられていた。普段はプリシラが左側の入り口を使うことは無いと言う。


間違い・・・が起きないように仕切ってあるの。ステファノも女子寮に入ったらだめよ」

「わかった。決まりは守るよ」


 明日からはきな臭い陰謀の真ん中に放り込まれる。色恋沙汰にうつつを抜かすような余裕はないだろう。


「ステファノの部屋は2階の一番奥よ。今日は特別に案内するよう言われてるので、一緒に行きます」


 そう宣言すると、プリシラは男子寮の入り口を開けて中に入った。入ってすぐに階段がある。


「部屋は相部屋。先輩のダニエルと一緒よ。寮のことはダニエルに聞いて。その……礼儀正しくね」


 ドアの前で告げると、案内を終えたプリシラは仕事に戻っていった。この後はダニエルが面倒を見てくれることになっていた。


「……。お前がステファノか? 入れ」


 ノックに応えてドアを開けたのは、小柄で色黒の若者であった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る