第13話 旅の徒然。

 日の出とともに目覚めると、ステファノはかまど熾火おきびを確かめた。ダールが見ていてくれたらしく、灰の中で消えずに残っていた。


「起きたのか?」


 ダールが声を掛けてきた。


「おはようございます。朝飯は何時頃にしますか?」

「七時で良いだろう。今日は急ぐこともねえからな」

「はい、わかりました」


 ステファノはまず自分の寝床を片付けた。ダールは朝食までひと眠りすると言って横になった。いつでも、どこでも寝られるというのも、芸の内だ。


 クリードが目を覚まして立ち上がった。


「ちょっと体を動かしてくる」


 剣を持って朝の鍛錬に向かったようだ。

 10メートルほど離れた場所で、鞘に収めたままの剣を振り始める。初めは体をほぐすようにゆっくりと、それから徐々に緩急をつけて。


 対人戦を想定した精妙な型を、ステファノは見るともなく眺めていた。


「あれはちょっと真似できないな」


 生半可な修行で身につくような技ではなかった。多少体を鍛えたところで、運動が苦手な自分では物にならないだろうとステファノは思った。


 クリードが素振りを終えて戻った頃、他の客たちも起き出してきた。ステファノは火を大きくし、朝食の準備を始めた。

 前夜のスープを温め直し押麦を入れた麦粥が朝食だ。ステファノは自分の荷物からコーヒーを出して、みんなに振る舞った。


「ふむ。これはこれで悪くないの」


 少し歯が弱くなっているガル師には、麦粥が好評だった。


 食後の片付け、銘々に用足しが終われば、すぐ出発だ。休むなら次の宿場に早く入って、ゆっくり宿で寛ぐ方が良い。順調に進めば、昼過ぎには街に入れるだろう。


「出発しやーす」


 ダールの掛け声で馬車が走り出す。うまやに着いたら馬たちにたっぷり飼葉かいばを食わせてやろうと、ステファノは考えた。


 3日目ともなれば馬車の旅は退屈なものだ。遠くの山くらいしか見るものもない。乗客同士の自己紹介も終わっている。旅の開放感が後押しして、多少踏み込んだ質問をしたくなる頃合いだった。


 仕事柄話し上手という事もあろう。商人のネルソンがガル師の武勇伝を聞き出そうとしているようだ。


「老師の『雷神』という二つ名は高名ですが、いつ頃雷魔術を極められたのですかな?」

「さて、魔術の道に終わりはないでな。未だ極めたなどと、偉そうな顔はできんが……。わが師に皆伝の許しを得たのは19の歳であったかの」

「19! これはまた早熟な」


 ネルソンはお世辞でなく感心したようだった。


「それほど珍しくもないぞ。悲しいかな魔術師の盛りは短い。若く、心が柔らかい内はふとした切っ掛けで技量が大きく伸びるものだが、普通は三十路に入ると術の切れが落ちてくる。50を超えて一流であり続けることは難しいの」

「なるほど、左様ですか。60を超えても現役でいらっしゃる老師は、別格ということですな」


 これは事実であった。一流と言われた魔術師でも50を過ぎると後進指導や後方支援の職に就くことが多かった。一方ガル師は王立アカデミーの名誉教授でありながら、予備役として必要あれば戦線参加する立場にあった。


「軍の機密やらなんやらであまり詳しいことは言えぬがの。儂の場合は魔力の総量が常人より多いのじゃ。おかげで、この歳でも上級魔術が使えるという訳だ」


 上級魔術。その言葉が助手席のステファノに聞こえてきた。一流と二流の境目。すべての魔術師のあこがれである。


「ははあ。魔力の総量というものは、どうやって決まるのでしょうな? 生まれつきということでしょうか?」


 ネルソンが尋ねる。


「魔術とはほんに・・・不思議なものでなあ。魔力量を測る方法はないんじゃ」

「まさか? それでは埋もれてしまう人材があるのでは?」


 ネルソンは驚いて聞いた。ステファノも魔力量を測る方法がないとは知らなかった。

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