第20話 驕りの代償


 「ルシアン!?」


 ライアンは自らの窮地に現れた人物、ルシアンに対し驚愕の声を上げる。

 捜索しても見つけ出すことが出来なかった彼女があちらから出向いて来るのは想定外であった。


『お前は……確か未確認の四天王だったか? 何故我の邪魔をした?』


 そう、ドグラゴンの赤の竜頭が言った通り仮にもルシアンは四天王である、味方であるはずの同陣営の四天王であるドグラゴンの攻撃の邪魔をするなど一体どういうつもりなのか。


『ボクはボクの目的達成の為にのみ動いている、正直その為なら立場なんてどうでもいいんだよね』


 ルシアンの左腕に装備されている盾、正義ジャスティスが実にあっけらかんと言い放つ。


『やれやれ困ったお嬢さんだね、いや盾の方の性別は坊ちゃんかな?』


『はっ、盾に性別なんてないよ、そんな事に拘っている様じゃボクのスタンスを理解なんて一生出来ないだろうね』


『………』


 青の竜頭が軽口を叩いたのに対し必要以上に煽り返す正義ジャスティス

 普段は温厚な性格の青の竜頭もこれに対しては不快感を露にした表情を見せ押し黙る。


『ではあなたは私たちの敵という認識で間違いないのですね?』


 ピンクの竜頭が物静かな口調で問いかける。


『そうだね、悪いけど君らにはここで死んでもらっちゃおうかな』


『そう、残念ですがこちらも簡単に殺される訳には行かないのですよ、それにあなたに私たちが倒せるとは到底思えないのですが』


『言うね、今まで何にも喋らなかった癖に……もうおしゃべりは飽きちゃった、大人しくボクの糧になってよ』


 そう言うとルシアンは正義の盾を前方に構えてドグラゴンに向かい飛び掛った。


青天の霹靂サプライズサンダー!!』


 ドグラゴンの黄色の竜頭が開いた口内から超高速の雷撃をルシアンに向かって放った。


『無駄だよ!!』


 電撃は正義の盾に中るとぐるりと渦を巻きまるで吸い込まれる様に盾の中に消えてしまった。


『待て黄色の、魔法は奴の盾に吸収されるだけだ、放つのを止めろ』


『もう!! 何て厄介な能力なの!?』


 赤の竜頭に制止され黄色の竜頭がヒステリーを起こす。


『じゃあ俺様の出番だな!! 喰らえ岩石砲ロックシュート!!』


 今度は濃緑の竜頭が前に割込み岩石を口から吐き出す。


『おっと、流石にこれはいただけない』


 眼前に岩石が迫りほぼ回避不能な状況にもかかわらず余裕の正義ジャスティス


「危ない!!」


 見かねたライアンが地面から跳躍しその岩石を勇気の剣で両断した。

 真っ二つに割れた岩石はそのまま落下しライアンとルシアンも地面に着地する。


「無謀よ!! やられちゃったらどうするのよ!? その身体はルシアンの物なんだからもう少し大事に扱って頂戴!!」


『てへへっ、ゴメンゴメン、でも絶対君が助けてくれるって思っていたよ』


『お前ジャスティス!! それを織り込み済みで俺たちを味方に付けようって腹だな!? 小賢しい!!』


『おやおや? 珍しく熱くなってるじゃないかウィズダム、そもそも小賢しいのは君の十八番おはこじゃなかったっけ?』


『貴様!!』


『まあまあ、ここは取り合えず協力すっぺ? オラたちだけではあのドグラゴンには勝てそうも無かったんだから』


 知恵ウィズダム正義ジャスティスの間に勇気カリッジが割り込み二人を取りなす。


『分かったよ、今はカリッジの顔を立てて協力してやる……だが後で憶えておけよジャスティス?』


『忘れてなかったらね~~』


『コイツ!!』


『だからよ~~』


 言ってる傍から揉め始める二人に勇気カリッジは呆れるしかない。


「みんな!! 攻撃が来るわよ!!」


『『おう!!』』


『うん!!』


 ライアンの呼びかけでようやく纏まる生きている装備リビングイクイップたち。

 ライアン、ルシアンの眼前にはドグラゴン濃緑の竜頭が吐き出した岩石が多数向かって来る。


「私がこの岩石を引き受けるからあなた達はドグラゴン本体を!!」


『オッケー!!』


 まずはライアンが前面に出た。


「頼むわよカリッジ!!」


『任せんしゃい!!』


 ライアンは勇気の剣を横に寝かせ柄を両手で掴み背後へと思いきり引く構えを取った。


『はぁっ!! 暴風斬テンペストスラッシュ!!』


 次の瞬間目にも止まらぬ暴風の様な斬撃が幾重にも飛び交い数多の岩石を悉く粉砕していく。


「今よ!!」


『オーケー!! 吸収アブソーブ!!』


 正義の盾が中心から螺旋を描きながら開き、中に現れた暗黒の空間が強烈な吸引を始める。

 以前に正義ジャスティスが自らの自力を上げる為にライアンたちを吸い込もうとしたあの技だ。

 ドグラゴンの身体から虹色に煌めく霧のようなものが滲み出て次々と正義の盾の穴に吸い込まれていく。


『ぬぅ……』


 ドグラゴンの主人格である赤の竜頭が眉間に皺を寄せ表情が些か曇る。

 それと同時に脱力したかのように姿勢も前屈みになっていく。


『何をボーっとしてるの!? 攻撃するなら今だよライアン!!』


「えっ? あ、はい!!」


 正義ジャスティスに促されライアンが勇気の剣を手に走り込み横凪にドグラゴンの右足に切り掛かった。


『ぐわああああああっ……!!』


「……斬れた?」


 ライアンが斬り付けた一文字の傷から緑色の鮮血が勢いよく吹き出す。

 辺りに緑の霧が立ち込める程に。

 しかしどうした事だろう、先ほど彼女がドグラゴンの同じ部位を斬り付けた時は傷一つ付けられなかったというのに。


『そうか!! ジャスティスが魔力を盾で吸収した事によりドグラゴンの身体を覆う魔力障壁が弱まったんだ!!』


「ウィズダム、それって……」


『そうだ、ジャスティスとこの連携を続けていればオレたちはドグラゴンに勝てる!!』


 知恵ウィズダムが柄にも無く興奮している。


『……おい、まずくないかこの状況』


 青の竜頭が小声でつぶやく。


『流石にこのままにはしておけぬな……皆の者、をやるぞ』


『正気!? をやったらこっちだって……』


 赤の竜頭のと言う言葉に黄の竜頭が狼狽える。


『それしかありませんね、このままではいずれ私たちは討たれてしまいます』


『俺は構わねぇぜ!! 一度殺された仇は俺自身が取らねぇとなぁ!!』


『うう~~~っ、もう仕方ないわね!!』


 ピンクの竜頭と濃緑の竜頭が賛成したのを受け黄の竜頭は仕方なく賛同する。


『では行くぞ!! はあああああああああっ………!!』


 ドグラゴンが胸を張る様に身体を開き仁王立ちで気合を込め出した。

 身体中から虹色の光りが漏れ出しやがて激しく眩い輝きを発し直視できない程だ。


「一体何をする気なの!?」


 腕で目元を覆いながらこの状況に不安を募らせるライアン。


『きっと碌でもない事に決まってる!! 何が起こるか分からないから警戒しろ!!』


「うん!!」


 あまりの光の強さで周囲はホワイトアウトしてしまう。

 だが段々と光は弱まり徐々に周りの景色が見え始めた。


「一体何が起こったの? えっ……まさか!?」


 ブライアンは見えるようになった現在の状況に目を丸くする。

 先ほどまで対峙していたドグラゴンの姿が変わっている、体格が先ほどより小さくなり首が三本に減っていたのだ。

 中心の赤の竜頭はそのままだが両サイドがピンクの竜頭と黄の竜頭だけなのだ。

 しかも尻尾もそれぞれの竜頭の色に該当する三本しか無い。

 変化はそれだけでは無い、三つ首ドグラゴンの足元に別の影がある。

 右の足元には体表が青い鱗で覆われた美しいドラゴン、左の足元には苔のような緑の鱗に覆われた武骨なドラゴンが居た、こちらの方が先ほどの青のドラゴンより身体が二回りほど大きい。


『ふぃ~~~、久しぶりに自分の意思で自由に動ける』


 青いドラゴンが感慨深げに眺めの溜息を吐く。


『おい青の!! 盾の奴は俺の獲物だ、手を出すんじゃあねぇぞ!!』


『はいはい、分かってるって』


 濃緑のドラゴンは正義ジャスティスに対し殺意をむき出しにしている。


「そんな……ドグラゴンが分離した!?」


 ライアンは驚きを隠せない。


『何を驚く事がある、我々は元々五体の別々のドラゴンだったのだ、それを大魔王様に召喚される際に、一体に統合されてしまったのよ』


『召喚、だって!? まさかお前は……!?』


『フッ、そんな事は今はどうでも良いだろう、さあ戦いを再開しようではないか』


 知恵ウィズダムの言葉を遮り赤の竜頭が宣言する。


『行くぜ!! 岩石砲ロックシュート!!』


 濃緑のドラゴンが正義ジャスティスに向かって口から岩石を放つ。


『フン、僕の盾に魔法攻撃が効かないからって物理攻撃に出るとは少しは頭を使ってるじゃないか、そんな物、避けてしまえばどうという事は無いよ』


 正義ジャスティスとルシアンが岩石を軽く躱そうとしたその時だ。


鉄砲水ウォーターガン!!』


 続けざまに青の竜頭が口から高圧の水流を噴射し続ける、それは濃緑の竜頭が発射した岩石に中り発射角を変え後押しする形で岩を高速で押し出したのだ。


『何!? うわぁっ!!』


 避けたはずの位置でもろに岩石を喰らってしまう正義ジャスティスとルシアン、咄嗟に正義の盾で受けられたもののそのまま後方の岩壁に叩きつけられてしまった。


「かはっ……」


 背中から岩壁にめり込んだルシアンの口から夥しい量の吐血が飛び散る。


「ああ!! ルシアンが……!!」


『あの馬鹿、油断してルシアンの防御障壁を展開していやがらなかったな!?』


 ライアンと知恵ウィズダムがルシアンに駆け寄ろうと動き出す。


『悪いね、そうはさせないよ、氷の床板アイスバーン!!』


 青の竜頭が地面に対して口から超低温の冷気を吹き付けるとそれは地面を走りライアンの足元まで達したのだ。


「きゃあっ!!」


 研磨された鏡の様に輝く滑らかな地面に足を滑らせ胸や腹から凍った地面に激突するライアン。


「いったたた……どうなってるのよウィズダム、私に物理攻撃は効かないんじゃなかったの!?」


『無茶言うな、斬撃や打撃ならさておき氷で足が滑るのまで面倒見切れるか!! それにこの氷の地面は魔力も含んでる、ぶつかったら痛いのは当然だ!!』


 ライアンが地面にひれ伏している間も戦いは続いている、 正義ジャスティスとルシアンは窮地に立たされていた。

 三つ首ドグラゴンは岩壁にめり込むルシアンを手で岩ごと強引に握り締め引き抜いていた。


『散々手こずらせてくれたな、お前たち二人の連携には肝を冷やしたが我らの連携も中々の物だろう? だがこちらはこちらでただでは済んでいないのだ、大魔王の魔力に逆らい無理矢理分離しているのだからな、そうさせただけでもお前たちは良くやった、賞賛に値する』


 そしてそのまま握った手に力を籠める。


「うっ……ぐはぁっ……!!」


 ルシアンの吐血が更に激しくなる。

 だがそれに留まらず三つ首ドグラゴンの握力は当然正義の盾にも及んでいた。


 ピキィッ……。


 硬いものが砕けるような高い音が聞こえる、何と正義の盾に亀裂が入り始めていた。


『そんな……? 僕の盾にが……?』


 今までになく脅えるような正義ジャスティスの頼りない声。


『驕れるものは何とやらだな、そんな事だから相手の力量も見極められずにこういう目に遭う……』


 三つ首ドグラゴンは更に拳に力を籠める。


「ああああああっ……」


 目を見開きうめき声を上げるルシアン、目や鼻からも血が流れている。


「やっ、やめてーーーーーーー!!!」


 ライアンの死に物狂いの懇願の悲鳴が洞窟内に響き渡った。

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