第6話 覚醒の片鱗


 オーク兵の遺体が多数転がるヒデリーの町の大来でギロードとオークキングが睨みあう。


「どうした? かかって来ないのか?」


「……うるせーよ、お前に指図される筋合いはねぇよ」


「あれ? ギロードの奴……」


 中々切り込まないギロードを見てライアンは微かな違和感を覚えた。


『ほう、気付いたかライアン』


「えっ? やっぱり何かあるの?」


『お前が思った疑問は何だ?』


「えと、ギロードが何だか少し疲れている気がするんだけど」


 確かにギロードは呼吸が荒くなっている気がする。


『当たりだ、じゃあ何故だか分かるか?』


「うーーーん……あっ!!」


 知恵ウィズダムの問いにライアンは思い当たる事があった。


「もしかしてウィズダムがさっき言っていた勇気カリッジは持ち主の勇気や気力を吸収して剣の攻撃力に上乗せするって言ったのに関係が?」


『その通り、勇気やつに限った事では無いが我ら生きてる装備リビングイクイップは装備者に多大な犠牲を強いることがある、まああれだけの雑魚を倒した後だ、そこそこ消耗してるだろうさ』


「えっ? それじゃあ今はピンチなの?」


『それは無いだろう、この程度の消耗で戦闘に影響が出るとは思えないが……』


 知恵ウィズダムがそう言いかけた時、ギロードが動いた。


「でやあああああっ!!」


 大きく跳躍し勇気カリッジを振りかぶる、そしてオークキングの頭部目がけて振り下ろす。


「ブモッ!!」


 オークキングはそれを両腕をクロスして受ける。

 しかしその両腕はハムでも輪切りにしたかの様に切り落とされてしまった。

 断面からは夥しい量の血液が溢れ出ている。


「へっ!! 口ほどでもないな!! そんなもんか!!」


 着地し不敵な笑みを浮かべるギロード、勝利を確信している顔だ。


「ブホゥ、中々の切れ味、その剣、相当な業物と見受ける……しかしこれで勝ったと思うのは早計ではないかな?」


 オークキングの視線が足元の部下だったオーク兵の遺体に移る。

 次の瞬間、オークキングは地面に這いつくばりその遺体を喰らい始めたではないか。


 ガツガツ!! グチュグチュ!! 


 不快な咀嚼音を響かせ口の中一杯に同胞の死肉を喰らうオークキング。

 身体中を血液に染めたその姿は醜くとても直視できるものでは無かった。


「……うっ、おえええっ!!」


 ライアンは口を押え屈みこんでしまった。


『おいライアン、その恰好で嘔吐なんてするなよ? 美しい容姿が台無しだ』


「……無茶言うな、それに俺を美しいなんて二度と言うな」


『おやおや、お気に召さないかね? でも頬を赤らめて言っても説得力が無いぞ?』


「こいつ……殴りたい」


 およそ不可能な事を思っていた矢先、オークキングの身体に変化が起こる。

 切断された両腕の断面がブクブクと肉が膨れ上がり伸びていく。

 そしてついには元の腕に戻った、いや前よりも太く逞しくなっている。


「ブフフフッどうだ? 俺は物を喰らう事によって肉体を再生する事が出来るのだよ」


「化け物め、仲間を喰らう事に何の抵抗も無いのか?」


「仲間? 死んでしまったらただの肉塊よ、食らって何の問題がある?」


「そうかい!! お前とは一生分かり合えないみてぇだな!!」


 怒りの表情を浮かべ再びギロードが切り掛かる、今度は左足を切断し、オークキングは失った足の方へと倒れ込む。

 だがすぐ近くに転がるオークの遺体を掴みまたしても貪り食う。

 あっという間に左足も再生してしまった。


「このっ!! このっ!!」


 それから幾度も攻撃を繰り返したギロードであったがことごとく回復され、しまいにはギロードの方が地面に膝を付いてしまった。


「ああっ、ギロードが!!」


『思ったっ通りだな、あのギロードと言う男、剣の腕はそこそこだがどうやら勇気と気力の全体量がそう多くは無かったのだろう』


「えっ!? それってまさか……」


『そうとも、勇気カリッジの力の源たる勇気と気力を限界まで使ってしまったら装備者は衰弱して動けなくなる』


 知恵ウィズダムが言った通り目の前のギロードは肩で大きく息をしており辛そうに片目を瞑り大汗を掻いていた。

 剣を地面に突き立て何とか立ち上がろうとするがだからと言ってまた戦えるとは到底思えなかった。


「ブフフフフッ、さっきまでの大口はどうした? 来ないなら今度はこちらから行くぞ?」


 のしのしと鈍重な足取りでギロードへと近寄るオークキング。

 平常時ならこんなノロマな敵の接近を許すはずも無いのだが、易々とすぐ傍まで接近を許してしまう。


「くそっ……」


 悔しそうにオークキングを見上げ睨みつけるギロード。

 しかし身体がいう事を聞かずその場を動けない。


「このまま踏みつけるのは簡単だがそれでは面白くない、お前も喰らってやろう、腕をもぎ頭から丸齧りにしてやる」


 オークキングはゆっくりとその丸太のような腕をギロードに伸ばした。


「止めろーーーー!!」


 何かが飛んできてオークキングの腕に刺さった。

 それはライアンが使っていた細身の剣だった。


「そう言えばもう一人いたんだったな、見た所碌な武器を持っていない様だが……」


 そう言いつつ腕に刺さった剣を抜き取り、まるで野菜スティックの様にバリバリと噛み砕いてしまったオークキング。


「ああ……俺の唯一の武器が……」


『気にするな、あんなのは安物だ』


「でもどうやってあいつと戦うのさ!?」


『剣ならあるだろう?』


「えっ?」


 戸惑うライアン。


「人間の女の肉は柔らかくて男より脂が乗って美味いんだよな~~~まずはお前から食わせろ~~~!!」


「きゃあっ!! こっちに来た!!」


『馬鹿、避けろ!!』


 口先から突進してきたオークキングを寸での所で回避する。

 オークキングは勢い余ってそのまま正面の家屋に突っ込んでいき建物はガラガラと倒壊した。


『ほら今の内だ!!』


「うん!!」


 ライアンはうずくまるギロードの元へと走った。


「ちょっと借りるよ!!」


「おっ、おい!!」


 慌てるギロードをよそにライアンはリビングソード勇気カリッジを拾い上げる。


『嘘だろぉ!? 何でもう知恵ウィズダムを着てる娘っ子がオラを装備出来るんだぁ!?』


「知らないよ!! でも近くに剣が無いんだからしかたないだろ!!」


『へっ……』


 知恵ウィズダムはライアンと勇気カリッジに分からない様にほくそ笑んだ。


「どこ行った!? 俺の御馳走は!?」


 オークキングは瓦礫から頭を抜ききょろきょろと辺りを見回している。


「あたしならここだーーー!!」


 勇気カリッジを地面に突き立て両手を柄の上に添え仁王立ちのライアン。


『ほう、結構様になってるじゃあねぇか』


「へへっ、一度やってみたかったポーズなんだよね」


 ニッと口元だけで微笑その鋭い眼光はオークキングを睨みつけていた。


「ブッ、ブモッ? 何だ? この身体の奥底から湧いてくるこの不安感は? まさかこの俺が脅えている? そんな馬鹿な……」


 そうなのだ、ライアンが勇気カリッジを手にしてから彼女からは得も言われぬ迫力が、威圧感がその身体から発散されているのだ。


「認められるか!! あんな小さい人間のメスなどにこの俺が脅えるなどとーーー!!」


 自覚無く恐怖心に囚われ自ら突進するオークキング。

 物凄い勢いでライアンに向かっていく。


「来なさい!! 今のあたしは負ける気がしないわ!!」


「ブヒイイーーーーッ!!」


 両者が跳躍し空中ですれ違う。

 着地後、どちらもしばらく動かない。


『勝ったな……』


「ブギャアアアアアアッ!!」


 身体の各所を細切れにされ無数の肉片と化すオークキング。


「フゥ……」


 一息つき剣の血を払うライアン。

 彼女が振り返ると血に弱い人間が見ると卒倒しそうな凄惨な光景が広がっている。


「……おのれ……まだだ……まだ終わってないぞ……」


 首だけになったオークキングはその状態でも地面を這いずり、近くにあるオークの遺体の元に近付こうとしていた。

 何という執念。


「これを喰らえば身体が元に戻る……」


 大きく口を開く、しかし上から剣が刺され口を閉じられてしまう。


「グムッ!? ムググググッ!?」


「残念だったね、お前の行動はお見通しだよ」


「グムーーーー!?」


 ライアンはそのまま剣を前後に引き、オークキングの頭部を縦に切り裂いた。

 これによりさしものオークキングもとうとう絶命したのである。


『喰って回復するってんなら喰えない様にしてやればいいってな』


「そういう事だね」


『むぅ、面目ねぇ……』


 勇気カリッジはしょんぼりとしていた。




「済まねぇ、こんなんじゃ俺はもう戦えない……」


 宿屋のベッドに横たわったギロードが心底情けない顔をした。


「いいよいいよ、後は俺、あたしが何とかするから、ギロードの仲間の捜索も任せてよ」


「本当に済まない……なぁ悪いが一人にしてくれないか?」


「分かったよ……」


 ライアンに対してあれだけ大口を叩いてのこの有様だ、ギロードはライアンに顔向け出来ないのだろう。

 そんな男のプライドを察してライアンはそっと部屋を出た。


『ギロードには悪い事をしただな、オラはとにかく祠から旅立ちたかったから目の前に現れたあいつに適正も無視して契約させただよ』


『そうかい』


「あっ、そう言えば契約ってウィズダムも前に俺に言ったよね、それってどういう事?」


『あーーーあれか? そうだな、あれは……』


『あんだぁ? ウィズダムお前、ライアンちゃんに契約の事言ってねぇだか?』


『ばっ……お前!!』


 言い淀む知恵ウィズダム勇気カリッジが追い打ちをかけてしまう。

 当然彼に悪気は一切ない。


「何? 何かあるの?」


『……いって無かったがお前と俺は契約関係にある』


「契約、ああそうか、もしかして力を貸す代わりに何かを差し出せっていうヤツ?」


『そうだ』


「俺はウィズダムの鎧の恩恵を受けてる訳だけど、じゃあ代わりに俺はお前に何を差し出してるんだ?」


『……済まない』


「うん? 何で謝るの? 言ってよ、この期に及んで、怒らないからさ」


『……お前が女になる事だ……』


「えっ? そんなのとっくになってるんだけど? そんな事で謝るのかい?」


『……違う、お前の生涯が終わるまでお前は女のままなんだよ……』


「……バカヤローーーー!! 何でそんな重要な事を隠してやがった!?」


 ライアンは頭から火が噴き出しそうな勢いで激昂した。


『怒らないって言ったじゃねぇか』


「これが怒らずにいられるか!? じゃあ騙したんだな!?」


『これを言ったらお前、オレを着なかっただろう?』


「当たり前だーーー!! 何て事してくれたんだ!! これじゃあルシアンと結婚できないいじゃないかーーー!!」


 ぎゃあぎゃあと言い争いしている二人の手元の勇気カリッジが話しかけて来た。


『なぁ』


「何!? 今取り込んでるんだけど!?」


『ひっ、済まねえ、だが今ルシアンって言っただか?』


「ああ言ったけど……まさかカリッジ、ルシアンのこと知ってるの!?」


 急に機嫌が直るライアン。


『知ってるというか何というか、ギロードが言ってただどもなんでもそのルシアンて娘っ子、魔王軍に捕まってこの町に連れてこられた後どこかに運ばれたって話をしてたなぁ、それを追う為にあんたと旅立とうとしてただよ』


「なっ、何だってーーーー!?」


 勇気カリッジの一言により事態は新たな展開を迎える。

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