第5話 リビングソード勇気(カリッジ)


 「あっ……あれはギロード!?」


 オークを鋭い眼光で睨みつける顔にバッテン傷のある男を見てライアンが驚愕の声を上げた。


『知っているのかライアン?』


「知っているも何も彼、ギロードは俺が所属していた冒険者パーティーのメンバーだよ!! 無事だったんだ!!」


『ほう……うん?』


 知恵ウィズダムはギロードを改めて見た時、その容姿より携行している剣に視線を奪われた。


『……ちっ、そういう事か』


 そして不機嫌そうに舌打ちをする。


「オラッ!! いつまでも寝転がってんじゃねぇよ!!」


「ブホッ!!」


 起きかけのオークの腹をボールを蹴るかの如く蹴り上げるギロード。

 オークは軽々と弾け飛び店の壁にめり込む。


「流石に肉の塊だ、よく弾む」


「ぎざまっ!! 俺様にこんな事をしてタダで済むと思うなよ!?」


 壁から這い出て来たオークが顔を真っ赤にしながら口元からは大量の唾液を垂らし猛り狂う。

 

「うるせえし汚ねぇな、さっさと片付けるか……」


 ギロードは腰に下げていた剣のグリップに手を掛ける。


「死ねやーーー!!」


 ドスドスと重い足音を立てながら突進してくるオーク。

 ギロードは微動だにせず剣を構え続けている。


「何やってんだ!! あれじゃあ間に合わないよ!! やられる!!」


『いや、大丈夫だ……』


「えっ!? ウィズダムは何でそんなに冷静なのさ!?」


『いいから黙って見てろ、すぐに分かる……』


 妙に落ち着いている知恵ウィズダムに若干苛つくライアンだったが、そのいつもと違う雰囲気に飲まれ言われた通りギロードを見守る事にした。

 

「ブヒーーーーッ!!」


 図太いオークの右手が突き出され、ギロードとすれ違った。

 そう、すれ違ったのだ、オークの拳がギロードに中ったのでもなくギロードが避けたのでもない、ライアンは元より店内にいた誰もがギロードが動いた所を見ていない。


「どっ、どうなったの?」


『終わったよ、不本意ながらな……』


「えっ、どういう事?」


 知恵ウィズダムの言った意味が分からず暫くまるで時間が止まってしまったかのように動かないオークとギロードを見つめているとそこに変化があった。


「あれぇ……?」


 オークの腹に何本もの横の縞が出来ている、その縞は徐々に赤くなっていき終いには真っ赤な鮮血が噴き出す。


「ブギャーーーーーーッ!!」


 縞の部分は剣撃により出来た切断箇所で、その部分からオークの身体は輪切りになって次々と崩れ落ちていく。


「豚肉のスライス一丁上がりだ」


 ギロードは剣を振り刀身に着いた血を払う。


「ギロード……!!」


『おっと、待ちな』


「どうして? 俺の仲間なんだよ?」


『あのなぁ、お前、今の自分の状況を忘れたのか?』


「あっ……」


 そう言われてすぐに我に返る。


『お前は以前あのバツイチ男と組んでいたブライアンではない、女勇者ライアンなのだ、お前は今あのバツイチ男に正体を明かせるのか?』


「それは……恥ずかしいかも……ってギロードはバツイチじゃないよ」


 赤面しモジモジするライアン。


『バッテン傷があるからバツイチだ、いいからここは他人の振りをしろ、面倒な事になる』


「うん、分かったよ」


『おんやぁ? そごに居るのは知恵ウィズダムでねぇべか?』


『チッ……』


 そっとその場を離れようとしたライアンに話しかけてくる声があった。

 だがライアンはその声に聞き覚えが無い、しかし知恵ウィズダムはその声に反応し舌打ちをする。


「えっ!?」


 ライアンが慌てて振り向くとそこには肩に剣を担いだギロードが立っていた。


「おっと、悪いな嬢ちゃん、俺の相棒が気になる事があるって聞かないんでね、少し話さないか?」


『ホンマすんません、別嬪さん』


 先ほどの声はギロードでは無く彼の剣から発せられている様だ。


「……えっ、別にいいですけど」


(『関わるな、行くぞ!!』)


(そっそうもいかないだろう?)


「何をコソコソ独り言を言ってる?」


「いえ、何でもないの事ですわよ? オホホホホ……」


(『馬鹿、動揺で女言葉がおかしくなってるぞ』)


 知恵ウィズダムの本意では無かったがこうなってしまっては仕方がない、ギロードと酒場の奥の席に着くことなった。




「まずは自己紹介だな、俺はギロード……この剣はリビングソード勇気カリッジと言って意思のある武器でな、しかもしゃべるんだよ、訛ってるけどな」


 ギロードは剣をテーブルの上に横たえた。


『おっす、はずめますて、オラ、リブィングソードの勇気カリッジだす、宜しゅう頼んます』


「……よっ、宜しく、あたしはライアンよ」


 あまりに勇気カリッジ訛りが酷く、ライアンは苦笑いするしかない。


「それよりもあんまり驚かないんだなあんた、普通剣がしゃべったら少しは驚くと思うんだが」


「いえいえ、既にあたしもその手の武具には免疫があるんで……」


(『おい……!!』)


 嫌がる知恵ウィズダムをよそにライアンはローブを腹の辺りからはぐって見せる。

 隙間から派手な水着の様な衣服が見える。


「おい!! 嫁入り前の女が気軽に男に肌を見せるものじゃない!!」


 ギロードが顔を背け赤面している。


「あっ……」


 そのギロードの反応に自分が如何に軽率な行動を取ったかを思い知るライアン。


『やっぱり知恵ウィズダムだ!! ひっさしぶりだなや!!』


『チッ……』


 勇気カリッジは嬉しそうだが知恵ウィズダムはそうでもなさそうだ、寧ろ嫌がっている風である。


「何だ? その下着も意思があるのか?」


「下着じゃないよ、リビングアーマー知恵ウィズダムって言ってその剣と同じ生きてる鎧なんだ」


「何だよ、こんなに身近にも生きてる武具の持ち主がいたのかよ、俺だけが持ってると思ってたのに世間て奴は案外狭いんだな」


 ギロードが残念がる。


「ウィズダム、あの剣と知り合いならそうと言ってくれればいいのに」


『………』


 いつもは饒舌な知恵ウィズダムが押し黙る。


「?」


 ライアンはらしくない彼の素振りを訝しみながらも今は追及せず、ギロードたちとの会話に戻る。


「一つ聞いていいかな? ギロード、あなたはどこでその剣を?」


「ああこいつか? 実は大体ひと月前に俺がいたパーティーが四天王のドグラゴンと戦闘した事があったんだがね、無様にも負けちまってなぁ、俺は崖下の転落して仲間とも離れ離れになっちまってよ、不覚にも気絶しちまった……だが目覚めた場所がやたらと綺麗な洞窟でな、そこにこいつがあったって訳よ」


「俺と似てるな……」


「うん? 何か言ったか?」


「いっ、いいえ、あたしと似た入手方法だったんだなって」


 慌てて言い直す。


「そうなのか?」


(ひと月前? あれからそんなに時間が経っていた? そんな馬鹿な、俺が知恵ウィズダムと会ったのはつい半日前だってのに……まさか俺はひと月近く気を失っていたのか?)


 思っていたよりもあれから時間が経過していたことに驚きを隠せないライアン。


「それでよ、俺ははぐれた仲間を探してこのヒデリーに来てみたんだが聞けば町の男どもは女たちを魔王軍に差し出して町の平和を維持してるって言うじゃねぇか、情けないったらありゃしねぇ!!」


 ドン!! と力強くテーブルを叩くギロード。


「あんたも女なら気を付けろよ、何が目的かは知らねぇが魔王軍は女を集めているらしい、大方助兵衛な事でも考えてやがるんだろうよ魔王の奴はよ!!」


 再びテーブルを殴りつける。

 以前からそうだったがギロードは弱い者が虐げられるのが大嫌いだった。

 気性が荒く、しょっちゅう仲間と揉めていた彼だがそういう真っ直ぐな所にブライアンは憧れていたのだ。

 思わずライアンの頬が赤らむ。


「うん? どうしたあんた、顔が赤いぜ?」


「なななっ、何でもないです!!」


 顔を近づけてくるギロードに過剰に反応してしまうライアン。

 

(おかしいよこんなの、何で俺、ギロードにときめいているの?)


 理由は分からないがライアンにはギロードの顔や容姿が依然よりイケメンで逞しく見えていたのだった。


「なああんた、一人の様だが俺と組まないか? さっきも言ったが女の一人旅は何かと物騒だ、俺と一緒なら守ってやれるがどうだ?」


 まただ、ギロードがとても魅力的に見える。

 ライアンは頭がぼーーーっとなってきた。


(『断れ!! 誰があんな奴らと、おい!! 聞いているのか!?』)


「はい……一緒に行きましょう……」


 恍惚とした表情でギロードの提案を受け入れるライアン。


(『チッ、女になった事で副反応が出やがったか、いた仕方あるまい暫く様子を見るか……』)


「そうかそうか、じゃあ飯を食ったら早速出掛けようじゃないか」


「はい……」


 ライアンはまるで恋する乙女の様な蕩け顔でギロードの言う事を聞いている。

 それからも勇気カリッジは事あるごとに話しかけてきたが知恵ウィズダムは無視し続けた。




「俺が掴んだ情報じゃどうやらこのヒデリーが拠点になって周りの町や村の女どもを集めてまとめて魔王城に輸送しているらしいんだ」


「そうなんですね」

 

 食事を終えた二人は町の往来を歩いている。

 綺麗に整備されたこの広い道路は恐らく街の主要道路なのだろう。


「早くその拠点に辿り着かなければな……」


「?」


「いや、これ以上犠牲者を出したくないってことさ……」


 ライアンはギロードが一瞬沈んだ顔をしたことを見逃さなかった。

 何だか急に些細な人の表情の変化に気付くように自分がなっている気がした。


「やいやい!! そこの二人連れ、待ちやがれ!!」


 二人の前に複数人のオークが現れ道を塞ぐ。


「よくも兄弟を殺してくれたな!! ネタは上がってるんだ、大人しくお縄に付け!!」


「へぇ、ブタ共の割りには行動が早いじゃねぇか、返り討ちにしてやんよ!!」


 言うが早いかギロードは腰の鞘から勇気カリッジを抜いた。

 そして目にも止まらぬ速さで駆け抜け、次々とオーク共を切り刻む。


『ギロード!! もっど気合を込めれ!!』


「おうよ!!」


 さらに加速していくギロード。

 十数匹いたオークのほぼ全てが切り捨てられ片付いていく。


「……凄い」


 ライアンは固唾を飲む。


『そりゃあそうさ、勇気カリッジは仮にも四元徳の武具だ、これくらいは出来て当然だ……勇気カリッジの武器特性は持ち主の勇気、気力を力に変換して身体能力強化や剣の切れ味に変換する事だからな』


「やっと喋ったね、どうしたのさっきから?」


『俺は勇気カリッジが大嫌いなんだよ、あの訛りと根性論を振りかざすのがな、どうもウマが合わねぇ……他の奴だってそうだ、『節制テンパランス』は生真面目で神経質だし、まあ『正義ジャスティス』の手段を選ばない所はそこまで嫌いじゃないが……』


「へぇ、それが知恵ウィズダムの仲間たちなんだね」


『違ぇよ、そんなんじゃねぇ』


「早く他の二人にも会ってみたいね」


『碌なもんじゃねぇぜ? きっと幻滅する』


 口ではそうは言っている知恵ウィズダムだが、どことなく楽しそうだとライアンは感じていた。


「よし、片付いたな」


「お疲れ様」


 ライアンの出番が全くない程のギロードの活躍であった。

 しかしズン、ズン、と等間隔で地面が揺れるのを感じる。


「ブヒーーーー!! よくも子分どもを殺してくれたなーーー!!」


 建物の陰からひと際大きなオークが姿を現す。

 二階建ての建物とほぼ同じ身長だ。

 前に突き出した牙が大きく反り返り、ボロボロにあれた肌も相まって顔の醜悪さは更に増している。


『オークキングだな、別個体より巨大に成長するオークの突然変異種だ、当然力も強いし体力もある』


「へっ、相手にとって不足はねぇな!!」


 不敵な笑みを浮かべギロードは見上げる程の巨体のオークキングと対峙するのだった。

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