09 スキルの価値

「なあ、あんた。命を金に変えることができるって聞いたぜ!」

「できるが……見たところお前は自分で稼げるだろう?」


 腰には剣を差している。槍も背負っている。

 モンスターを狩って稼ぐことができるように見える。


「俺が売りたいのは命じゃない。スキルだ。今俺は槍をメインにしているから【片手剣】はいらない。【片手剣】を売りたい!」


 男ははじめ【片手剣】を取得して剣で戦ってきた。

 あとからメインの武器を槍に乗り換えた。


 この世界では敵や宝箱からアイテムを手に入れることができる。

 だが、最初に目当ての武器が手に入るとは限らない。

 危険な世界で生きていくために、望まないスキルを取得することもある。


「買い取りは可能だ。だが、もとに戻すことはできない。スキルを取り出すと、劣化する。もとより弱くなるからな」

「おお、できるのか! ならぜひ売りたい! 俺は槍使いだから、剣はもう要らないんだ。取っちまったスキルは変更できないし、死にスキルになっちまってるんだ!」


 死にスキル。

 取得したが、使わなくなってしまったスキル。

 より強力なスキルを得たり戦い方を変えた場合、古いスキルが無用となることがある。


 この世界にはスキルやステータスがある。

 スキルは、スキルポイントを消費して取得する。

 一度取得したスキルは、ポイントに戻すことができない。


 スキルをポイントへ戻す――取り消すことは本来できない。


 商人の特殊なスキルは、あらゆるものを取引できる。

 双方の合意さえあれば。


「そうか。ならば買い取ろう。売値と買値は違う。お前からそのスキルは失われる。もとに戻すことはできない。同じスキルの取得は困難になる。文句は受け付けない。合意するか?」

「ちょっと待ってくれ! 同じスキルの取得が困難になるってどういうことだ?」


 男は不安げな表情を浮かべる。

 商人は表情を変えずに説明する。


「スキルとは才能だ。お前はそれを売る。ないものは育てることができない。もう一度【片手剣】を覚えることはできないということだ」

「困難ってことは……もう【片手剣】は一生使えないってことか?」

「そう考えるのがいいだろう。よく考えて売ることだな」


 男は少し躊躇ちゅうちょして、自分の剣と槍を見比べる。


「……いや、俺は槍で行くことに決めたんだ! もう剣は要らない!」

「では、合意するか? 【片手剣】は魔石千で買い取る」

「千……ああ、売るぜ!」

「では、契約は成立だ。これからスキルを抜き取る。体を楽にして【片手剣】を譲渡すると言え」

「【片手剣】を譲渡する……うおっ」


 商人は男の胸に手を当てる。男の体が光、商人の手に集まっていく。

 商人の手の中に、小さな球状の宝石が生成される。

 【片手剣】のスキルオーブだ。

 商人はすぐにコートの内側へとしまう。


「たしかに受け取った。これが魔石だ」

「お、おう。変な感覚だな……。胸がさみしいような……」

「このあと【片手剣】は使えない。慣れないうちは気を付けることだな」

「ああ……そうする。忠告ありがとよ!」


 そのあと男は腰に下げた剣を売り、短剣や消耗品を買って立ち去った。

 剣を吊っていない腰元は少し、頼りなく見えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る