02 命の価値
「た、助けてください! 子供がおなかを空かせていて……熱がひどいんです。なにか、食べ物を……」
「これから商品を見せる。お前はそれを盗まない。違反した場合は商品の価値に見合うだけの代価を強制的にいただく。俺を攻撃することは俺の所持品すべてを盗むこととみなす。同意するか?」
「ああ、よかった! 食べ物をお持ちなのですね!」
「同意するか?」
「はい、盗みません。攻撃なんて……もちろんしません」
女性はこくこくと頷いている。
「では、これが商品だ。パンが魔石十個。水が魔石十個だ」
「魔石……現金ではどうでしょうか。ここに千円あります」
現金は今でも一部で流通している。
しかし、商人は現金に価値を見出していない。
「魔石十個だ。買うか?」
「ああ、魔石はいま、五個しか持ち合わせていないのです」
「では、不成立だな」
「ああ、私の子供がどうなってもいいというの!? かわいそうとは思わないの?」
女性は涙ながらに訴える。
食べ物があるのなら、慈悲があるのなら、子供がかわいそうだと思うなら。
しかし商人は表情を変えずに言う。
「魔石十個。それがパンの価値だ。お前にとってこのパンにはその価値がないのか? お前の子供の命を助けるために、それが支払えないのか? 命の価値は魔石十個では高いというのか? ならば、交渉は不成立だ」
パンの価値は変わらない。
相手の都合で変わることもない。
「……! たしかにおっしゃる通りです。子供が魔石十個で助かるのなら……。パンを譲ってくださるのなら安いものです。しかし、持ち合わせが……」
「何を差し出せる? 交渉次第では、受けよう」
「……どんなものでも! それがたとえ私の命であっても!」
女性の表情に嘘はない。
子供のためにすべてを投げ打つ覚悟だ。
「いいだろう。交渉成立だ。魔石五個とお前の命での支払いを受ける。同意するか?」
「命……? はい。受け入れます!」
女性の差し出した手の中には魔石が五つ。
女性の体が輝き、その手の上に集まっていく。
光が消えると、五つの新たな魔石がそこに生成された。
女性の命……経験値が魔石に変じたものだ。
「魔石十個。確かに受け取った。商品を受け取れ!」
女性はパンを受け取ると、大事そうに胸にかき抱いた。
「ありがとうございます! これで、子供は助かります! では私はこれで……」
「待て。取引したい。お前は約束を守る信頼できる人間だ。交渉に値する。お前がどこかで物資を手に入れたら俺に売れ。見合う価値を支払うと約束する。どうだ、受けるか?」
「物資を……? わかりました。見つけたら持ってきます!」
女性の表情に不安と、小さな喜びが浮かぶ。
こんな世界では
だが、手に入れた
商人に売ることができるのなら、女性の生存する可能性は高まる。
それを理解して、女性は感謝する。
「よし。交渉成立だ。いい取引を期待している。まずは先行投資として、この水を持っていけ。――倒れてしまえば物資は手に入らないからな」
「あ、ありがとうございます」
女性は頭を下げながら、急ぎ足で子供のもとへ向かう。
商人は、他人の命に興味はない。
信じられる取引相手であれば、投資する価値はある。
それだけのことだった。
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