吸血鬼にも出来る!Excel入門講座

萬朶維基

吸血鬼にも出来る!Excel入門講座


 労働人口減少を受けての労働法改正により、妖怪や神属などの長生種の雇用が急増した現在日本。


 例によって例のごとく職場の現状を全く顧みないまま、厄介ごとを現場に丸投げする形で推し進められた労働改革のせいで各地で問題が噴出するなか、我が社でも四月から新たにヴァンパイアが入社した。

 その教育係を、どういうわけだか私がマンツーマンで担当することになったのだが……。


「にゃああああ!」


 さっそく問題の新入社員ヴェーダ・リアナ・デルゴージが駄々をこね始めた。


「Excelもう嫌よおおおお!」


 長生種たちの労働時間である真夜中の社内に、ヴェーダちゃんの悲鳴が響き渡る。


 人外でしか実現できないきめ細やかな銀髪を振り乱し、畏怖の念を起こさせるほど整った美貌をクッシャクシャにして、10歳で成長の止まったを両腕をグルグル振り回しはじめるさまは、とても450歳の真祖とは思えない。


「こらこら〜、まだパソコン立ち上げて二十分しか経ってないじゃない。もうちょっと頑張ってから弱音吐けないかなぁ」


「だってヤダ!ヤダもん!やなものはヤダぁぁぁワンワンワン!」


 人間の社員は早々に帰宅して、職場に私たち二人しかいないことをいいことに椅子の上で暴れまくるヴェーダちゃん。

 私だってホントは働くのなんて嫌だという本音を押し殺してそう諭しても、400年ぶりに触れた労働に彼女は全力で拒否反応を示しまくる。


 外見が幼女で止まっているためリクルートスーツの調達に苦労した彼女は、エンジニアに関しては私服通勤OKであることを理由に中小IT企業である我が社に入社した。

 我が社としても近年需要の高まる吸血鬼向けのテック開発を念頭に彼女を採用。

 面接時、その神々しいまでの麗しい外見から発せられる「太陽も平気だし物覚えが早い」という自己アピールを信じて、こうやって一からパソコン業務を覚えさせてるわけなのだが……。

 殺し文句の後半に関しては、早々に化けの皮がはがれたというわけだ。


「でもヴェーダちゃん、法改正で税金いろいろ取られちゃってもうお金無いんでしょ? いっぱい時間持ってるんなら、そのぶんをお金に変えないと損だよ?」


「むうう!わかってること言うなああ!いくら年上だからって〈ちゃん〉ってつけないでよムカつくううう!」


 頬を膨らませたヴェーダちゃんが私のスーツの裾をひっぱろうとする。

 一反木綿の性質上、それをやれれるとビィ〜ンと体ごと伸びてしまうのでやんわりと回避した。


 かくいう私も500年を生きる妖怪・一反木綿で、4年前に就職したばかりなのだが、あれこれ商いごとに手を出してたこともあって仕事の飲み込みは早かったという自負はある。

 外見も三十代くらいの女性で固定できた私と違って、ロリババア(今の時代これを面と向かって言うとセクハラになるので注意!)のヴェーダちゃんのほうがいままでの苦労が多いだろうから、どうにも放っておけない。

 だから会社にこの本性がバレて放り出されることのないよう、こうやって根気よく接しているというわけだ。


「それに、働くのは嫌とは言ってない!ただ純粋にExcelが嫌なんだよモウウウ!」


 さっきからヴェーダちゃんは叫んでばかりなのだが、声が張ってないので子猫の抗議を聞いているみたいで不快感がわかない。むしろ可愛らしい。ずっと聞いていたいほどだ。

 しかしいくら定時帰宅を売りにする我が社とはいえ、残業をする人間の社員は出てくるわけだからばったり出くわすことこの先考えられる。

 さすがに社会人としての自覚というものを早急に教え込まなくては……。


 おお! 社会人としての自覚だと! 何と嫌な響き!

 私も墜ちたものだ、人間ごときの澱の如き同調圧力に屈するなど!

 やはりヴェーダちゃんはこのままでいいのだ。それともこうやって駄々をこねてるのは私の前でだけか?


「ねえちょっと聞いてるのモウウウ!?」


「おっと、ゴメンね。ちょっと考え事しちゃって。それでExcelのどこが嫌なの?」


「だって十字架がいっぱいあるじゃんヤダアアア!!」


 ヴェーダちゃんはExcelの枠線を震えながら指差した。瞳がウルウルして今にも泣きそうだ。

 まさか……。


「……もしかしてヴェーダちゃんって、直角のクロスがぜんぶ苦手だったりする?」


「当たり前じゃん! あたしヴァンパイアだよ!? 十字架嫌いに決まってんじゃん! だから十字路の道路標識とか部屋の隅とかなるべく見ないように暮らしているのに、こんな十字架がブツブツに集まったヤツとにらめっこして働くのなんてヤダよおおおお!!」


 そうだったのか……。

 ただ単に駄々をこねてるとばかり……。

 それって都会で生きてたらめちゃくちゃ日常生活に支障きたすヤツじゃないか……。

 太陽も平気だし、休憩時間にコンビニで二郎系ラーメン買ってくるくらいニンニク好きを公表してる彼女だから、十字架も平気だとてっきり……。


「ごめん! これはホントごめんねヴェーダちゃん!」


 いてもたってもいられず私はヴェーダちゃんの華奢な体をギュッと抱きしめ――たくなる欲求をグッとこらえて頭を下げた。


「これは会社の配慮が足りなかったよね! こういうこと、早めに報告してくれてありがとうねホント!」


「ふにゃ……!」


「Excelの枠線はね、表示タブの目盛線のチェックを外せばほら……こうして消えるから。もう安心でしょ?」


「うわあ!」


 私の操作にヴェーダちゃんは目を輝かせた。


「すごい! すごいよ! あんなに嫌だった十字架のブツブツが……一瞬で消えちゃった!」


 まるで村を苦しめてる魔物が魔法で一掃された時のような喜びようだ。


 それを見て私は心底ホッとする。業務習得のための一歩を踏み出せたことに。

 やっぱり、どんなに歳を重ねても仕事なんてやり始めは誰もが初心者なのだ。先輩として、相手の意見を汲み取りながらこうやって根気よく教えていくことは大切だ。


「これが科学の力だよヴェーダちゃん。他にもわからないところがあるなら、どんどん訊いてくれていいんだよ」


「なら、なら! ええとね、Excelを印刷したらなんかプレビューとぜんぜん違う感じになっちゃうのはどうしたらいいの?」


「それは私にもわかんないや」





(了)

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