第62話 チャージ


『パチン! パチン! パチン!』


「お疲れ!」


「お疲れ様! やったね!」


「やったよー!!!」


 嬉々とした表情のリリーが両手を上げながら俺達の下に駆け寄ったので、順番にハイタッチを決めた。そして俺は先程のモモの行動は腑に落ちないが、とりあえず労いの声を掛けた。すると、モモはリリーの手を握り、互いに喜びの声を上げた。


「それにしても、なんで俺を止めたんだ?」


「ん~~~、よくわかんないけど…。なんとなく、ダメな気がしたの」


 俺が腑に落ちない理由を尋ねると、モモは口元に指を当てながら思考したあと笑顔で応えた。そしてリリーは活躍できたことが余程嬉しいようで、こちらの話にはお構いなく今まで見せたことのない表情でモモと話し始める。


(猫の直感とでもいうのか? わからないが、まあ、無事だしいいか)


 ニュータイプのスキルのためか、それとも猫の直感なのか、感覚的な事の理解は難しく、何より2人の雰囲気を壊すのはあれかと思い、俺はこれ以上尋ねることをやめた。


 後に、あのタヌキが救世主となるのだが、それはまた別の物語。


 力を合わせてこの階層の問題を乗り越えた俺達は、これで漸くここでの狩りを行うことができる。そして今回の様な場合は、やはりモンスターを足止めをすることが重要だ。魔法やスキルを駆使し、数的不利を覆す。この戦法が馴染めば、今後の乱戦でも落ち着いて対処できるであろう。


 それと、今回は狙い通りに事が運んだが、仮に1匹目を素早く倒すことができなければ作戦を変更する予定だった。その時は俺が壁役となりクマ達を抑え、モモが1匹ずつ倒すことにしていた。何故なら、リリーは魔法使いなのでモンスターに接近されるわけにはいかず、下手に手出しができないからだ。


 リリーが一撃でモンスターを倒すことができれば話は変わるが、しばらくはこのような戦法が続くであろう。幸いここは森林で一度に大量のモンスターに囲まれる可能性は低く、練習を重ねられる。ボボンは恐らくここでの戦闘を見越し、俺達をクマ退治に誘ったのであろう。流石、良いおじいちゃんだ!





 全員、落ち着きを取り戻したところで、俺達は狩りを再開する。足止め作戦を失敗することもあったが、2つ目の対処法でそれを乗り切る。そして俺がこの場の狩りに慣れ始めた時、


【チャージ…】


 チャージドスラッシュで目の前のイノシシを仕留めようと剣を振り上げたが、


「お兄ちゃん、左!」


 突然、モモが大声で叫んだ。


(何だ?)


 俺がのんきに左に振り向くと、そこには別のイノシシが突進してきていた。左前方の木の死角に潜んでいたようで、俺は奴に気付けなかった。


(まずい!)


『ドーン!』


 直ちに盾を構えたが、突進攻撃をまともに受けてしまった。しかし、モモの声で心構えはできていたため、その場から吹き飛ばされたもののなんとか右足で踏ん張り転ばずに耐えた。


「グッ! このー!」


 すぐさまのけぞった体勢を立て直し、そのまま駆け寄り掲げた剣を振り下ろす。


『グシャ!』


 すると、一撃で奴の頭をかち割った。


(あ、危なかった…)


 俺は霧となり消えていく奴を見ながら安堵した。


「ナイス、モモ!」


「どんな時でも、私がお兄ちゃんを守るんだから、キャッ!」


 モモも他のイノシシと戦闘中のため、こちらに応えたのは良いが危うく攻撃を受けそうになった。


(声を掛けない方が、良かったな…)


 俺は残りのイノシシを牽制しながら、少し反省した。そして、


(それにしても、なんで一撃で倒せたんだ?)


 モモのおかげで切り抜けたが違和感を持った。何故なら、今の俺の通常攻撃では、奴の頭をかち割る威力は出せないからだ。


(クリティカルにでも、なったのか?)


 思考を巡らせたが未だ戦闘は続いているためこの事は後回しにし、周囲のモンスター達を倒すことに専念した。そしてこれを一掃したあと、俺は一息つく。


「ふう。少し落ち着いたな」


「うん。それにしても、ここのモンスターはタフだよね…」


「集まってこないからまだいいけど、囲まれたら大変そう」


 すると、モモは疲れた様子で膝に手を付き、リリーもMPを消費し過ぎたのか額に汗を浮かべていた。


「少し休むか?」


「うん」


「そうしよ」


 俺達はモンスターがリポップしない場所まで移動して、休憩を挟むことにした。





「ふうー」


「どっこいしょっと」


 モモとリリーは丸太の上に腰を下ろし、ストレージから水筒を取り出して飲み始めた。


(リリーは、少しおばさんが入ってるな…)


 この世界のどっこいしょという言葉でおばさん認定して良いのかは分からないが、俺は日本のことを思い出してそう判断を下した。そして近くの石の上に腰を下ろして水筒を取り出す。


(それにしても、さっきは油断したな。森はモンスターに囲まれ難いが、逆に見通しが悪くて戦い辛い。そのせいで、不意をつかれたし…)


 若干の疲れを感じながらも水分補給を行うが、ここで違和感のことを思い出す。


(そういえば、あの一撃は何なんだったんだ? 妙に威力があったが…)


【ステータス】


 疑問に思い、それを開いた。すると、新しくチャージというスキルを覚えていた。


(これは…、スキルが途中で止まったことで覚えたのか? なんか恥ずかしいような、かっこ悪いような…。こんな事でも、スキルを覚えたりするもんなんだな…)


 何とも言えない気持ちになったが、そんな俺の下にモモが歩み寄る。


「どうしたの?」


「ああ、スキルを覚えたんだ」


「良かったね! でも、少し疲れてる?」


 モモは少し心配そうな表情で、こちに顔を近付けた。そしてリリーも立ち上がり、こちらに歩み寄る。


「もう夕方だし、今日の狩りはこれで止めようか?」


「そうだな。暗くなってきたし、今日はこれで切り上げるか」


 森の中は徐々に薄暗くなり始め、俺は集中力の欠如も感じたので同意した。そして、俺達はテントの張れる場所に移動することにした。





 4層も、サンガを使用すれば静かなものだった。キャンプの準備を終えたあとは、今日も俺はお湯係りだ。リリーもそれをできるようにと練習を行っているのだが、


「上手く、お湯にならないよ~」


 上手くいかなかった。仕方がないので、リリーはまたモモと一緒にシャワーを浴びてもらう。


「「キャッ、キャッ」」


 楽しそうな会話が聞こえてくるが、今回は無茶なことはしていないようでハプニングは起きなかった。そして俺も風呂を済ませたあと、3人で石の上に腰を下ろして夕食にするが、


「5層に行ってみたい!」


 突如、モモが勢い良く手を上げて提案した。


「5層か。先に見に行ってもいいが、リリーはどうだ?」


「私も行きたい!」


 リリーもモモの真似をしたのか、勢い良く手を上げた。


 このアマのダンジョンの5層には、実はモンスターは存在しない。理由は分からないが、昔からそのようだ。


 街で尋ねたところ、遥か昔にはモンスターが居た、あそこにはボスが住んで居た、などと言われていたが誰もそれらを見たことはなく、ただの酔っぱらいの戯言程度の話だった。


(4層は、まだ奥の方で乱獲するのは難しいからな。5層を先に見に行くのもいいか)


 俺は今の戦力を分析した。そして、


「よし! それじゃあ、明日は5層に行ってみるか!」


「やったー!」


「楽しみ~!」


 モモとリリーは万歳をした。


 ということで、明日は5層に向かうことになった。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る