第63話 5層と旅立ち


 翌日。


 俺達は無事に、5層に辿り着いた。景色は1層と同様な草原だ。聞いていた通りにモンスターの姿はなく、心地の良い風のみが吹き抜ける。


「広ーい! サッカーとか、できそうだね~」


「ハッカー?」


 モモがボールを蹴る真似をしたあと、リリーが危険な発言をしながら頭にクエスチョンマークを出した…、ような気がした。その様子から、恐らくこの世界にはサッカーはないのであろう。それと、モモはサッカーをやったことがないことと微妙に違うリリーの発音だが、今はこの風が心地よいのでスルーした。そしてゆっくりと景色を楽しみながら歩いていると、


「おっと」


 俺の爪先に、何かが当たった。


「どうしたの?」


「大丈夫?」


「大丈夫だ。ちょっと、躓いただけだよ」


「あはは」


「な~んだ~」


 先を歩くモモとリリーがこちらに振り向いたが、俺が地面を確認しながら応えるとモモは笑いリリーは素の表情で話をした。


(クッソ。何に躓いたんだ?)


 俺がそれを確認すると、


(なんだこれ?)


 何やら尖ったものが地面に埋まっていた。そして軽く蹴ると、簡単に動いたのでこれを掘ってみる。それは真四角な石だった。表面は凹凸も無く滑らかで、幅は15センチほどだ。


(こんなものが、自然にできるのか?)


 不思議に思ったが、何かに使えそうなので俺はそれをストレージにしまった。珍しい石は、拾いたくなるものだろう?


 このあと俺達はすっかり散策モードに入ってしまい、しばらく遊んだあとこの日の狩りは中止にして街に帰ることにした。



 ◇



 季節は変わり、今は夏の初め頃。アマのダンジョンの5層に訪れてから、凡そ1か月が過ぎようとしていた。レベルも上がり、俺とモモは13、リリーは17になった。


 あれからはダンジョンに通うペースを少し下げ、乗馬や馬車の動かし方、それとモンスターの解体など、今後に必要な技術を身に付けた。勿論、錬金術や魔法のレベル上げも欠かさずに行った。


(最低限の知識は揃っただろうし、そろそろ他の街に行ってみるか)


 俺は夕刻にベッドの上で天井を見上げ、夕飯時に2人に相談をすることに決めた。そして、


「そろそろ、この街を離れようと思うけど、どうだ?」


「ん? 私はいいよー」


「いいけど、どこか行きたいところがあるの?」


 俺が話すと、モモは食事の手を止めてリリーはそのままこちらを見た。


「ダンジョンのある街に、行ってみたいんだ」


「ダンジョンのある街?」


「それって、アクアンシズ?」


「ああ、そうだ」


 続けて希望を伝えるとモモとリリーは首を傾げたが、俺はその通りだと返事を返した。


 アクアンシズはここから西に在り、この周辺では一番大きな街で街中にダンジョンがある。なので、今までのように半日掛けて通わなくても良い。そして、その街の歴史は古く、凡そ1000年前から存在している。経済もダンジョンからのドロップ品で潤い、今では発展して様々な物が揃っているそうだ。


「もう少し、アマのダンジョンで強くなってからでも良かったが、あそこも飽きてきたしな。そのうち他の場所に行く予定だったし、暑くなりきる前に移動しようと思うんだ」


「わかったよ。私もあそこに行ったことがないから、楽しみ!」


 俺の話に、リリーは親しく答えた。最近では言葉遣いがずいぶんと砕け、少し甘えん坊なのか話し方はまったりとしている。


「モモちゃん、向こうには何があると思う?」


 続けてリリーは、モモと楽しそうにおしゃべりを始めた。


(異世界に来て3か月ちょっとか。今思えばあっという間だったな。初めは金策に追われてたから、結局、この街の事は詳しくは分からなかったな。今度ここに来る時は、ゆっくりしたいな。そのためには、まずは移動手段をなんとかしないといけないが…。そういえば、女神はどうしたんだ? 連絡が無いのは、何も問題がないということか? まあ、それは無事な証拠とも言うし、いいか)


 このあと、今晩の俺達は遅くまで飲み明して街の思い出を語り合った。





 そして、数日の準備期間を経たあとの出発の朝。


 その間に若干様々な出来事が起きたが、俺達は乗り込む馬車の停泊する南門に訪れた。俺とモモの見送りにはマリーとボボン、それと何故かパトンが訪れてくれた。それと、リリーの下にも見知らぬ人物達が訪れて名残惜しそうにしている。


(2年以上もここに居たんだから、向こうの方が見送りが多いのは当然か…)


 若干の寂しさを感じ同様なモモを見て心を落ち着かせようとするが、


(あれ? 居ないぞ?)


 先程まで隣に居たモモを、俺はきょろきょろと探した。すると、リリーと一緒に名残惜しそうに皆と会話をしていた。


(…)


 モモとは常に一緒だった、という訳ではない。どちらかと言えば、空いた時間はリリーと一緒に過ごしていた。俺の人見知りな性格の結果だが、これは性分なので仕方がない。そんな中、


「ルーティ。今度街に来た時には、とっておきの場所に案内するからのう」


「ああ、その時は頼む」


「じゃが、そこは少しモンスターが強くてのう。じゃから、もう少しレベルを上げておいてくれ」


「わかった」


 察したボボンが俺に声を掛けた。そして条件を話し、俺もそれを記憶に留めた。


「私はいつでも、あなた達の見方ですぞ!」


「パトンさんも、世話になったな。色々教えてくれて、ありがとう」


「ここは冒険者らしく、パトンで結構ですよ。それと、今度ともよろしくお願いします」


 パトンは声援をこちらに送り俺は礼を述べたが、続けて商人らしく深々と頭を下げた。そして、


(何でこの人は、ここに居るんだろう…? まあ、見送りに来てくれたんだし、この縁は大事にしたいと思うが…、どういう意味だろう?)


 俺は、今後ともが分からなかったが、ごまかすようにマリーを見る。すると、


「ひっく、ひっく」


 涙を流していた。


「気を付けて、行ってきてね。絶対、死んじゃ駄目よ」


「ああ。無理をする気はないから、そんな顔はしないでくれ。それに、また戻って来るから」


 咽び泣くマリーの二の腕に手を沿えて俺は返事を返したが、正直、女性の涙に対して極度に弱いので困り果てた。


(誰か助けてくれー!)


 俺は心の中で叫んだ。


「お兄ちゃん、大丈夫?」


 すると、モモがひょっこり救世主の如く俺の隣に現れた。そして、


「お兄ちゃんのことは、任せておいて! 絶対に、私が守るから!」


「うん。お願いね!」


 モモとマリーは、互いに抱きしめ合った。


(早く、出発したい…)


「お兄ちゃん!」


「…」


 俺は心を読まれモモに叱られたが、どうにもこういう場面が苦手でこの場から早く立ち去りたかった。


「お待たせしました」


 すると、リリーも別れを終えて俺の下に戻った。そして、


「おまえらー! 出発するぞー!」


 護衛の冒険者に呼ばれ、俺達はいよいよ馬車の下に向かう。


「それじゃあ、今までありがとう」


「う、う、う。待ってるからね!」


「道中は、お気を付けください!」


「達者でのう!」


「ありがとー!」


「はい。気を付けて、行ってきます!」


 俺が別れを告げて踵を返すと、マリー、パトン、ボボンが声を上げ、モモは手を振りながら、リリーはお辞儀をしたあと馬車に乗り込んだ。


 こうして、この世界での初めての別れとなったが、冒険はまだまだ序盤だ。未だ見ぬ世界に希望を抱き、俺達はムーン・ブルを出発した。





      ――― 1章完 ―――



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