第24話 始まりの洞窟と水溜まり


 散策を始めてから三日が経過した。その間、俺達は何事も順調だった。当初は薬草と雑草の見分けがつかなかったが、今では何となく分かる。そして、今日も再び郊外に向かう。


「今から、またレベル上げだね」


「ああ。でも今日は、先に行きたいところがあるんだ」


 午後の活気を取り戻しつつある街の中、モモは両腕を大きく振りながら楽しそう話をしたが、俺の突然の申し出にキョトンとする。


「どこに行くの?」


「俺が、この世界に初めて来た場所だ」


「洞窟だっけ?」


「ああ。特に用があるわけじゃないんだがな。あの洞窟が今どうなってるのか、一回見ておこうと思ってな」


「ふ~ん」


 尋ねたモモは俺が返事を戻すと再び尋ね、続けた話に相槌を打ちながら何やらニコニコし始める。そして、


「私も、お兄ちゃんがこの世界に来た場所なら見てみたい!」


 モモは話しのあとに、勢い良く俺の腕に抱き付いた。この行為は、人の姿になったモモの最近の日常だ。俺達はこのまま南門を潜り抜けて、街道を進むことにした。





「この辺だったかな?」


 微かな記憶を辿り呟いた俺は、街道をある程度進んだところで洞窟へと進路を変える。前方には離れた場所に林が見えるが、それ以外は街の周辺とほぼ同様だ。そのまましばらく進み、


「たぶん、あそこだ」


 景色から判断した俺は、前方を指で示しながら話をした。


「どこ~? 洞窟なんて、見当たらないよ~?」


「女神の力で、入り口を隠してあるんだ。ここからだと、たぶん分からないぞ」


 額に手を当てたモモはその先を眺めながら返事を戻した。しかし、それは視認できるものではない。俺は返事を戻しながら、少し歩調を速める。


『ヒュルルン』


「うわっ」


 背後からの優しい風が、俺達の背中を後押しした。それに驚いたモモが、思わず声を漏らした。まるで、風が再び歓迎してくれているようだ。そのまま林の合間を潜り抜け、奥のにある大きな岩山に辿り着いた。





 俺とモモは二手に別れて、岩肌を確認し始める。


(凄いな。見た目だと、本当に分からないな)


 感心しながらも俺がペタペタと触れて調べていると、岩肌の中にスルリと手がすり抜ける。


「モモ! あったぞー!」


 俺が声を上げると、モモがこちらに駆け足で訪れる。俺がここだと親指で示すとモモは岩肌に手で触れようとするが、そのままスルリとすり抜けてしまう。


「うわっ!? 本当だ! 手が入っちゃった! おもしろ~い!」


 驚き声を上げたモモは、興味深そうに岩肌に手を繰り返し抜き差しして楽しんでいる。


「入ってみるか?」


「うん!」


 微笑ましく俺が尋ねると、モモは満面の笑みで返事を戻した。そして、俺達は洞窟内に進む。





「何も、変わってないか」


 洞窟の奥まで進んだ俺は、周囲を見回しながら呟いた。中はこの世界に訪れた当時と変わらず、机と宝箱と姿見鏡が置かれている。


「お兄ちゃんは、初めはここに来たんだね~」


 話しながら、モモは興味深そうに洞窟内を物色している。


「来た時は、ここに立っててな。後ろに扉があると思って振り向いたら、なかったんだ」


「あっ! お兄ちゃんの服だ!」


 俺の説明を他所にして宝箱を開けたモモは、声を上げたあとそれを取り出して確認し始める。スーツも当時と変わらないようだ。


「何かここ、秘密基地みたいで楽しいね!」


(秘密基地!?)


 俺がいじけていると、不意にモモがこちらに振り向き楽しそうに話をした。意表を突かれた俺だが、思わず体がピクリと反応してしまった。それは、男にとって魔法の言葉なためだ。


「そうだな。ここに家具とか揃えても、面白いかもな」


 腕を組みながら返事を戻した俺は妄想で家具などを配置したあと、壁が岩肌では味気ないため白黒のスクエアなタイルをチェック柄に貼り付ける。クリアな低いテーブルの上にワイングラスとチーズを並べ、ブラックな革の高級ソファーに腰掛ける。


「どうぞ」


「ありがとう」


 胸元の大きく開いたドレス姿のモモが、色っぽい声と共にグラスにワインを注ぐ。その香りを引き立たせるためにグラスを揺らしながら、俺は礼を述べた。口にしたあと、世界征服のため世界中にお洒落なチェック柄のモビルスーツを配置し、それを脳波で操るコンピューターを空中に創造する。そして、侵略を開始し、


(あっ。俺の目的は、それじゃなかった)


 うっかりした。


「あっ。そういえば、女神が連絡するって言ってたが、何もないよな?」


「女神様も、忙しいんじゃないの? それに、何もないってことは、何も問題がないってことだよ」


「そうだな」


(あんな調子の女神だし、どうせ今頃は、お菓子でも食べながらぐうたらしてるんだろう。そうだ! せっかくだし、今創ったモビルスーツを女神の隣に置いてみよう!)


 連想ゲームでそれに辿り着いた俺は、モモに連絡が入っていないかを確認した。不思議そうな表情でこちらを見ていたモモは、物色を再開させながらさらりと返事を戻した。相槌を打った俺はそんな平和ボケなアウラ様の状況を妄想しながら、お洒落なチェック柄のモビルスーツを配置した。


「うわあっ!」


「ん? 何か聞こえなかったか?」


「え? 何も聞こえないよ?」


「そうか。気のせいだな」


 アウラ様の驚いた声が聞こえた気がした俺は尋ねたが、モモの返事にそれは有り得ないと判断して考慮しないことにする。そして、このあとは俺も物色に参加して洞窟内を一通り確認するが、特に変わった様子は見られなかった。





 用事を澄ませた俺達は少し寛いだあと、外に出ようと足を向けるがその時、


「キー、キッキ!」


 突然、奇声のような声が洞窟内に響いた。


(何だ!? モンスターか!? いや、違う…。この声は…)


 驚いた俺は思わず体がビクついたが、そのあと冷静に判断した。同様に驚いたモモの腕を引き、慌てて宝箱の陰に身を隠す。


「な、何、今の?」


「しっ。この声は、聞き覚えがある」


 モモの問いに、俺は指を唇に添えて返事を戻した。この声音は、以前この場で聞いたものだ。モモは聞きなれない声音に怯えたのか、俺にしがみ付きながら寄り添っている。


「モンスターなの?」


「わからない。ただ、人の形をしてる」


 この周辺には、スライムぐらいしか存在しない。そう女神が話をしていたが、ギルドでもそう聞いている。しかし、


(まずいな。女神から聞いてた違和感に関係するようなモンスターなら、今の俺達で勝てるのか?)


 俺はモモを見ながら、その可能性を考えた。最悪のケースを想定しながら、しばしこの場でじっと身を隠す。そして、時間にして五分ほど経過したであろうか。


「行ったかな?」


「覗いて見るか?」


 モモが先に口を開き、俺は返事を戻した。慎重に出入り口に向かい、洞窟の外を覗き見る。すると、そこには何も存在しなかった。


「行ったみたいだな」


「うん。びっくりしたね」


 俺とモモは言葉を交わしながら洞窟内に戻り、安堵しつつ気持ちを落ち着かせる。


「この辺には、ひょっとしたら何か居るのかもしれないな。これからは、あまり近寄らないようにしよう」


「うん」


 俺の提案に、モモは返事を戻しながら頷いた。このあと、俺達は足早にこの場を離れることにした。





 来た道を戻り、草原に出た。


「ここまで来れば、とりあえずは一安心か」


 俺は、周囲を見渡しながら話をした。この場所は大きな岩が一つあるが、見晴らしは良くて突然モンスターに襲われる心配がない。


「びっくりしたから、喉が渇いちゃった」


「少し休憩するか?」


「うん! そうしよー!」


 先程とは違い、モモは明るく話をした。俺が尋ねると元気に返事を戻し、勢い良く岩の上に登り腰を下ろす。俺もそこに登り、隣で腰を下ろす。


「んーーーんっ!」


 モモが気持ちよさそうな声と共に、大きく伸びをした。俺は腰に付けた水筒を取り外し、今朝井戸で汲んでおいた水を飲む。水筒は雑貨屋で購入したもので、形状からして恐らく何かの胃袋だ。


「見て見て! あそこに、おっきな水溜まりがあるよ!」


 続けて、モモが水を飲んでいる俺の体を揺らしながら、少し先のそれを腕で示して楽し気に話をした。それを見ると光をキラキラと反射させていて、なかなかに奇麗な眺めだ。


「それにしても、大きいな。昨日、雨が降ったのか?」


「寝てる時に、降ったのかな?」


 俺とモモは疑問形で会話をしたが、答えは出ないためこの話題は終わる。モモも自分の水筒を腰から取り外し、水を飲み始める。ゆっくりと時が流れる中、しばしその奇麗な景色を眺める。すると、どこからともなく一匹のスライムが現れる。スライムも水を飲もうと考えたのか、水溜まりに飛び込んだ。


「あ~あ~。スライムが、来ちゃったね」


「そろそろ、今日の狩りを始めるか?」


「うん。そうしよっか」


 モモは、残念そうに話をした。しかし、俺が尋ねるとあっさり気持ちを切り替え、明るく返事を戻した。俺達は岩の上で立ち上がり、狩りの準備を始める。


「初めは、あのスライムにするか?」


「うん、いいよ! って…、あ、あれ?」


「どうした?」


「スライムが、居ないよ?」


 装備を整えている俺が尋ねると同様にしているモモは明るく返事を戻したが、途中で言葉を詰まらせた。モモを見ると首を捻っていたため俺は再び尋ね、モモは怪訝な表情をこちらに見せながら返事を戻した。俺も再び水溜まりを見ると、スライムは忽然と姿を消していた。



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