第25話 壁のスライムと奇声


「どこに行ったんだ?」


「わかんない」


『カサカサカサー』


 水辺を見渡した俺が尋ねると、モモは首を左右に振りながら返事を戻した。水溜まりの周囲では、草花が音を立てながら揺れている。


「なんか…、おかしくないか?」


「なんで?」


「あそこの草だけ、大きく揺れてる」


 現状そよ風が吹く中で、俺は奇妙さを覚えて再び尋ねた。モモがこちらを見ながら聞き返したため、それに指を差しながら説明した。そして、2人で改めて水溜まりを見ると、水面がゆっくりと波打っている。


「動いてる?」


 モモが首を傾げながら話をした瞬間、水面が一層大きく波打ち、


『ブチブチブチブチ』


 草花を引きちぎる音と共に、水溜まりが地面からはがれるようにして立ち上がる。


「な…、何だ!?」


「ふわ~」


 それを見上げた俺は声を上げ、同様にしたモモは呆けた声を漏らした。壁のようになった水溜まりは、バランスを取るかのようにして揺れている。


「何だこいつは!?」


 俺は動揺して声を上げた。すると、


「ねえ! あれって、スライムじゃない!?」


「スライム!?」


 モモがそう応え、驚いた俺はモモを見ながら名を口にした。そのあと、再び奴を見る。


 奴は、背丈が凡そ2メートル半ば。横幅はその3倍ほどで、厚みは然程ない。体が半透明でぷにぷにしていて、色や質感は美神だ。言うなれば、昨日の奴は神のクッションで、目の前の奴は神のトリプルベッドだ。


「ベッドにしたい!」


 俺が願望を叫んだ瞬間、


「逃げて!」


 モモが叫んだ。奴が突然、体の一部を腕のように伸ばして攻撃を仕掛けてきたためだ。俺とモモは、慌てて岩の上から飛び退く。


『ぼよん』


 岩にぶつかった丸太ほどの太さの腕は、間抜けな音と共に跳ね返り体に戻る。


「なんてベッドだ!」


「ちょ、ちょっと! あんな大きなベッド、どどど、どうするの!?」


「ぷっ」


 喜び半分の俺が再び叫ぶと、挙動不審なモモは俺に釣られて奴をベッドと呼び呂律が回らずに話をした。恐らく、この展開が全くの予想外だったためあろう。俺は思わず面白くなり、声を漏らした。


「ん? …、あ~。お兄ちゃん! 今のワザと~!?」


「その話はあとだ。今は距離を取れ。いざとなったら逃げるぞ!」


「ブー」


 キョトンとしたモモは、それに気付いた。しかし、俺は距離を測りながらそう告げ、冷静さを取り戻したモモは口を尖らせた。


(この辺には、スライムぐらいしか居ないって言ってたが…。間違いではないが、あれはないだろ!?)


 俺は再び伸びて来る腕を躱しながら騙されたのかと考えたが、咄嗟に背中の剣を鞘から引き抜き、


「この、チューペットが!」


 連想されたそれを口にしながら上段から剣を振り下ろした。


『スパン!』


 奴の伸びきった腕は、鮮やかな断面を残して見事に切断された。その部分は弾みながら地面に転がり、そのまま溶けるようにして消滅する。ちなみに、チューペットとは、ポリエチレンの容器に入った棒状のジュースだ。夏場は凍らせて半分に折り食べるため、ポッキンなどとも呼ばれている。そして、奴の中身はジュースではないため飛び散らない。


(この手応えなら…、いけるか?)


「モモ! こいつも柔らかい! 攻撃を躱しながら、少しづつ削っていくぞ!」


「わかった!」


 若干の自信を得た俺は、側で複数伸びて来る腕を躱しているモモにそう伝えた。モモはそのまま返事を戻し、俺と同様に伸びきったところをダガーで攻撃する。しかし、それは腕の一部を切り裂くのみで、その部分は直ちに修復する。


(武器との相性が、悪すぎる! あのスライムだと、きついのか!?)


 俺は視界の端にモモの捕らえながら、状況を分析した。刃渡りが短いダガーでは、例え相手がスライムと言えど分が悪いようだ。


(スライムごときに逃げたくはないが、こんなところで無理する必要もない)


「モモ、ここは逃げるぞ!」


「わかった! あんなおっきいの、相手にしたくない!」


 俺はここは冷静に思考を巡らせ、モモにそう伝えた。モモも、相性が悪いと認めているのだろう。苦戦しながら、渋い表情で返事を戻した。俺達は早速そのタイミング計り左に駆け出すがその時、


『ぼよん!』


「きゃっ!」


 弾む大きな音と共に俺達を強風が襲った。煽られたモモが悲鳴を漏らし、奴が俺達の上空を飛んで行く。地面に着地した奴はそのまま体を揺らしながら、体の向きを変える。


「こいつ! 前後があるのか!?」


「なんなの!?」


 その様子を見ながら、俺とモモは声を上げた。正面であろう体を向けた奴は、今度は体を上下に伸び縮みさせながら左右に飛び跳ねて腕を伸ばしてくる。


(なんであんなに、身軽なんだ!? 美神だからか!?)


 俺は攻撃を躱しながら自分でもよく分からない考察をなんとか纏めようとしていたがその時、


「キー、キッキ」


 背後から聞き覚えのある奇声が届いた。


(チッ! こんな時に! さっきのモンスターか!?)


 苛立ちを覚えつつも俺は慌てて背後に振り向き、モモの動揺にする。すると、そこには三角帽子を深くかぶり、長い杖を構えた者が佇む。


【アイスランス】


 突然の声と共にこの者の杖の前に小さな氷塊が現れ、それが見る見るうちに先の尖った大きな形状となり放たれ、


『ズボ!』


 それは見事な貫通音を轟かせて奴の巨体に大穴を開けた。その大穴を中心に、すぐさま体の一部を凍結する。


「凄い!」


「なんだ!? あれは、魔法か!?」


 モモは驚喜に叫び、俺は思わず声を上げていた。


「キー、キッキ。必要なかったかい?」


「あ、あんたは誰だ!? いや…、ありがとう。助かったよ。手伝ってくれるのか?」


「キー、キッキ。お安い御用さ。冒険者なんて、助け合ってなんぼだからね」


 俺達が驚いていると、この者が話し掛けてきた。その声は低いが、女性のものだ。俺の話に大きく肩を弾ませ、揺れた帽子の陰から皺の多い愉快な表情を覗かせながら返事を戻した。


「次で仕留めるよ」


 この者は余裕の口振りで俺達に告げると、杖を前にかざしながら何かに集中し始める。


「モモ、離れるぞ」


「うん!」


 この者の射線を通すために声掛けた俺はその右に、返事を戻したモモは左に移動する。そして次の瞬間、


【アイスランス!】


 先程と同じように氷塊が形成され、スライムを強襲する。


『ズボ!』


 すると、再び奴の体に大穴が空き、


『ビキビキビキビキ!』


 先程の攻撃で奴の体が冷えていたためか二度目の凍結は凄まじく、一気に奴の体の全体に及ぶ。


「さて、これでいっちょ上がりだよ」


 話したこの者に俺達が向き直ると、顔を上げて優しく微笑む老婆の姿があった。





「ありがとう」


「ありがと!」


「な~に、無事で何よりだよ。キー、キッキ」


 俺とモモが礼を述べると、老婆は楽しそうに話をして肩を大きく弾ませた。


「それにしても…。あのスライムは、いったい何なんだ?」


「びっくりだよね。水溜まりかと思ったらブチブチブチブチーって、あんなのが出てくるんだもん」


 俺は尋ね、隣のモモは大きく腕を広げて先程のことを表現しながら話をし、そのあと2人で奴に視線を移す。


「あれは、スライムがくっついたものだね」


「スライムがくっついた!?」


「スライムってくっつくんだ!」


 老婆の説明に、俺とモモは驚嘆と歓喜の声を上げながら勢い良く視線を戻す。すると、老婆は俯きながら首を横に振っている。


「普通のスライムは、くっついたりしないよ」


 老婆の話に、俺とモモは互いに顔を見合わせる。


「どういうことだ?」


「あれは珍しいスライムでね、ここ数年で、時々現れるようになったんだよ。昔は、この辺りには居なかったんだけどね~」


(珍しいってことは、レアモンスターってことか? ここ数年って言うのが、気になるが…)


 俺が尋ねると、老婆は困惑した様子で話をした。俺は再び氷漬けのスライムに目をやりながら思考を巡らせた、肝心な事を思い出す。


「そう言えばあんた、何者だ?」


「何者って、言う程の者じゃないよ。この辺りのモンスターを倒して小遣い稼ぎをしてるだけの、ただの婆さんだよ。キー、キッキ。」


 俺が尋ねると、老婆は話のあとに再び肩を大きく弾ませる。


「そうか。何にしろ、助かったよ。俺達じゃ、倒せそうになかったからな」


「うん。危なかったよね!」


 俺は普通に話をしたが、モモは話のないとは裏腹に言葉を弾ませた。モモを見ると先程の魔法を思い出したのか、老婆に熱い視線を向けている。それに応えるように、老婆はにこやかに微笑んでいる。


「最近は、モンスターの動きがおかしいからね。十分に、気を付けるんだよ」


「わかった」


「うん! わかった!」


 話を纏めた老婆に、俺とモモは返事を戻した。


「ところで、あれはどうするんだ?」


「ああ~。あれは、こうするのさね」


 奴の後処理を気にした俺が尋ねると、返事を戻した老婆が奴に腕を伸ばし、


『パチン!』


 奇麗な音色の指鳴らしをした。すると、


『パリーーーン!』


 一層奇麗な音色が、周囲に響いた。それは、氷の砕け散る音だ。それと共に氷漬けの奴も砕け散る。


「おおー!」


「かっこいい!」


 俺とモモは、歓喜の声を上げた。砕けた氷は上空に舞い上がり、日の光に照らされて余韻を残すかのようにキラキラと輝き始める。


「それじゃあね」


 老婆は再び俺達に優しい微笑みせながら別れを告げ、街の方角に去って行った。





「かっこいい婆さんだったな」


「パチン! だって。私もやってみたい!」


 俺が感想を伝えると、モモは瞳を輝かせて返事を戻した。そのあと、指鳴らしが気に入ったようで、その練習を始める。


『パチンパチンパチンパチン』


 奇麗な音色と共に、俺の脳内に汚いおっさんが現れる。俺は頭を左右に振り、今はそれは似合わないと箒で掃くようにして除去した。ちなみに、あの汚いおっさんは、俺は嫌いではない。


「よし! それじゃあ、今日の狩りを始めるか?」


「うん! 私も早く強くなって、さっきのをやれるようになりたい!」


 気を取り直して俺が声を掛けると、モモはやる気に満ちた元気な声で返事を戻した。


 このあと狩りを始めるが、それは順調に進む。数日、街の周辺で狩りを続けるが、再びあのような巨大なスライムに出会うことはなかった。そして一週間が経過する。



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