第2話 八百万スキルの効果
カタカタと馬車に揺られ、数日が過ぎた。
最初は放心状態で馬車から景色を見る余裕も無く、気付いた時には見た事のない風景で驚いたが、ようやく前を向けるようになったと思う。
剣と魔法の異世界で生きていくにあたり、俺にはそのどちらもスキルが――才能が無かったけど、日本で料理人として働いてきた経験がある。
貴族がキッチンに立つなと言われ、これまで全く料理をさせてもらえなかったけど、これからは料理人として生きていこう。
心機一転、決意を新たにしたところで馬車が停まった。
「お客さん、着いたよ」
「ありがとう。ここが、イーナカ村か」
「いや、ここは手前のトオーク村だ。この先で崖崩れがあってな。差分の代金を返すから、ここからは歩いて行ってくれ」
「えっ、崖崩れ!?」
「あぁ。だが、この街道をまっすぐ進むだけで迷う事はないし、馬車は通れないが徒歩なら問題なく通れるよ」
差額だという銀貨を受け取り、村で水を買って街道を歩き始める。
聞くところによると、徒歩でも夕方には着くらしい。
その言葉を信じて暫く歩くと、土砂で道の半分以上が埋れてしまってる場所に差し掛かる。
「これが馬車の御者さんが言っていた、崖崩れか。確かにこれでは、馬車が通る事は出来ないな」
日本だったら、ブルドーザーとかで土砂を撤去したり出来るのだろうけど、この世界にそんな物はない。
この世界だと、魔法に優れている人が土魔法でどうにかするのだろう。
だが、あいにく俺にそんな事は出来そうにないので、街道の横を通って真っすぐ進み、そこから更に歩いていると、
「……けてっ! お願いっ! 来ないでぇぇぇっ!」
女性の悲鳴が聞こえて来た。
声が聞こえて来たのは……あっちか!
街道から少し離れた森の中へ入っていくと、仰向けに倒れて怯えた表情を浮かべる少女と……大きな熊!?
魔物――この世界の街の外には、人を襲い魔法を使う悪しき生き物が居るとは聞いていたけど、こいつか!
今にも泣き出しそうな少女を前に助けなければと思うものの、初めて見る魔物に足がすくみ……少女と目が合った。
「助けて……」
その瞬間、俺はカバンを投げだして後ろへ下がる。
「お前の相手は俺だ! かかって来い! ≪ストーン・バレット≫」
ベルトに挿していた小杖――子供の練習用の杖を抜くと、今まで何千回と使ってきた初級の攻撃魔法で石つぶてを飛ばす。
初級魔法しか使えない小杖では、俺よりも大きな熊を倒せない事は分かっている。
だけど、あの少女を見捨てる事なんて出来ないだろっ!
「俺が時間を稼ぐっ! 君は全力で逃げるんだっ!」
後頭部に石が直撃した熊は、大したダメージを受けたようには思えないが、とりあえず怒らせる事は出来たらしい。
四足歩行の熊が、もの凄い速さで俺を追って来る!
どうしよう! 俺に出来る事……死んだ振りか? いや、異世界の魔物に効くとは思えないっ!
全力で走りながら何が出来るかを考えていると、背後に気配を感じ、嫌な予感がしたのでおもむろに左へ跳んでみると……鋭く風を切る音が聞こえた。
「あ、危ない! 勘で跳んだけど、振り返って居たら死んでたな」
小杖を構えて熊と対峙し、こんな時に強いスキルがあれば……と、自分のスキルの事を思い出し、無いよりかはマシなので使ってみる。
「≪八百万:小杖装備時の魔法効果向上≫」
何となくスキルが発動したというのは分かったけど、力が湧いてくるとか、みなぎってきた……みたいなのは一切無い。
流石はハズレスキルだ。使ってみたものの、殆ど意味がなかったか。
――GUOOOOO
睨みあっていた熊が迫って来たので、一か八かで熊の目を狙い、石つぶてを放つ!
「≪ストーン・バレット≫! ……えっ!?」
先程と同じ初級魔法を使用したはずなのに、握れる程の小さな石ではなく、俺の頭よりも遥かに大きな石が凄い速度で飛んで行き……熊の頭を吹き飛ばした。
「えっ!? えぇぇぇっ!? ど、どうなっているんだ!? 小石が大きな石に……こ、こんなの中級、下手をすれば上級の攻撃魔法だろ」
自分に起こった事が理解出来ず、訳が分からずにいると、突然聞いた事の無い声が聞こえてくる。
「トーマ、やっと会えたね。もー、もっと早くスキルを使って欲しかったなー」
声がした方に目を向けると……身長が二十センチくらいしかない、小さな小さな女の子が宙に浮いていた。
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