拾壱「歌を統べる者」

》同日 五時四十分 酒泉しゅせん・郊外 ――渡瀬わたせ歌子うたこ


「はァッ、はァッ、はァッ、はァッ……」


 歌子は遮二無二逃げていた。霧を発生させては逃げ込み、皇帝の手でそれを散らされ……と云うことを繰り返していた。


(Diva Driver……Diva Driverさえあれば勝てるのにッ!!)


 だが、さしもの己でも、遠く二千キロメヱトル先、大阪とここを繋ぐことは出来ない。


「あっはっはっはっ! 異星人も大したことないのね!」


 背後からは、無数の鎌鼬かまいたちを飛ばしながら、皇帝が追いかけて来る。

 そのうちの一つが歌子の右足に当たり、脹脛ふくらはぎがざっくりと切れる。


「ぎゃッ!」


 あまりの痛みに、歌子はその場で転んでしまう。


(この程度、音子ナノマシヰンが普通やったらすぐにでも治せるのに――ッ!!)


「無様ね、異星人?」


 皇帝が立ちはだかる。鋭い風の刃を纏ったDiva Driverを振り上げる。


「嗚呼……」


 こんなところで死ぬわけにはいかない……死ぬわけにはいかないのだ!

 この命は、歌子と自分で繋いだ命なのだ。

 それを――――……


 Diva Driverが、己の命を終わらせるその刃が、勢い善く振り下ろされて――






「歌子ぉぉぉぉおおおおおおおおおぉぉぉおぉおおおおおッ!!」






 奇跡が、起きた。

 剣を振り上げたフレデリカが、虚空から急に姿を現したのだ――彼女には使えなかったはずの、瞬間移動で以て!

 フレデリカが、剣を振り下ろす。

 剣は皇帝の右肩にするりと入り込み、Diva Driverごと、皇帝の右腕を斬り飛ばした。


「――フレディッ!!」


 フレドリク・フレデリカ。


(二人のフレディ――ウチのヒヰロー!!)


「ぎゃぁぁあああッ!?」


 絶叫する皇帝を勢い善く蹴り飛ばし、フレデリカが駆け寄ってくる。


「ご免、遅くなった!」


「フレディ~~~~ッ!」


 あまりの安堵と嬉しさで、歌子は号泣してしまう。


「歌子、怪我してる!? ラァーーーー~~ッ!!」


 フレデリカの歌唱で、あっという間に脹脛の傷が塞がる。

 瞬間移動と云い治癒と云い、今までのフレデリカとは次元の異なる歌唱力である。


「――あッ、その剣!」


「二人のウタコ――我が王よ」


 芝居掛かった仕草で、フレデリカが歌子の前に跪き、彼女が持っていた剣を――Diva Driverを捧げる。

 歌子はDiva Driverを受け取り、その束をぐっと握る。






「生体認証――――……確認致しました。お帰りなさいませ、マスター・ヱリス&歌子」






 懐かしい機械音声。


「糞糞糞糞、糞ったれフィックト・オイヒ!!」


 ヒステリックな声の方を見てみれば、腕を繋げた皇帝が、こちらに向かってDiva Driverを振り上げるところだった。


「どうして私の思い通りにならないのッ!?」


(ただいま、Ѧ ҈Ѯクゥス


 だが、歌子の方が早かった。


「ラァーーーー~~ッ!!」


 思いっ切り、力の限り歌い上げた。

 途端、皇帝が巻き起こし始めていた風がぴたりと止み、Ѧ ҈ѮクゥスѨヰェԪデジェҖゥズの歌唱も停止した。

 消音師サヰレンサ遮音結界キャンセラによる音子ナノマシヰンの鎮静化ではない。

 音子ナノマシヰン制御者Driverたる歌子の命令に従った音子ナノマシヰンたちが、一斉に停止したのだ。


「うっ……あぁ……あぁぁ……」


 音子ナノマシヰンの力を失った皇帝の肌が、髪が、瞬く間に色艶を失っていく。

 未だ弐拾にじゅう代も半ばのはずの彼女は、まるで老婆のようにしわしわになり、やせ衰える。






 戦いが――戦争が、終わったのだ。

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