肆「思い出は全て、遠き彼岸」

》一月十九日 十六時十三分 酒泉しゅせん・宿 ――フレドリク・フレデリカ《


「――シィッ!」


 鋭い吐息を歌唱に変えて、フレドリク・フレデリカは脳を活性化させる。

 何倍にも引き伸ばされた思考の中で、部屋に投げ込まれる手榴弾を目視し、それが音響爆弾などではなく、まさしく殺傷を目的とした破片手榴弾フラグであることを認め、恐らく拾って投げ返すだけの時間的猶予は無かろうと判断する。


「――手榴弾ッ!?」


 歌子が叫び、型落ちの拡声器スピヰカーに手を伸ばした時にはもう、フレドリク・フレデリカはそんな歌子の体を抱え上げ、窓を蹴破っていた。

 飛び降りる。


(糞ッ――)


 歌唱などなくとも、鍛え上げた己の足腰なら、女一人を抱えて二階から着地するなど造作もない。が、フレドリク・フレデリカは毒づかずにはいられなかった。


「「「「「ライラライラライラァーーーー~~ッ!!」」」」」


 往来で、ヱミヰリアと四人の聖歌隊たちが待ち受けていたからだ。

 ヱミヰリアの爆炎ベヒヰモスを他の四人が風の歌唱で包み込み、ピンポヰントにこちらを攻撃してくる。

 自分は手が塞がっていて腰の拡声器スピヰカーが抜けない。

 せめて歌子だけでも投げ飛ばそうかと思ったその時、


「ラァーッ!!」


 歌子の歌唱。

 フレドリク・フレデリカの眼前に鋭い上昇気流を作り上げ、爆炎を空へと放り上げる。


(ハハッ、流石は歌子ッ!!)


 これだから歌子は好きなのだ。

 フレドリク・フレデリカは歌子を抱えたまま飛翔の歌唱で空高くへ舞い上がり、逃げようと試みる。


「大丈夫かい?」


「な、なんとか!」


 会話歌法で二人分の飛翔を維持しながら話し掛けてみれば、歌子が荒い呼吸をしながら答えてきた。

 大丈夫そうだ、と判断し、歌子の体を空中に降ろす。

 果たして歌子は自身の鼻歌によって飛翔を維持した。


「ヱミヰリアのやつ、他の聖歌隊まで連れて来やがった」


「どうしよう!?」


「流石に逃げるしか――」


 その時、空の彼方から噴式戦闘機コメットが素っ飛んできて、二人の前で急激に減速した。


「オーーーー~~ッ!!」


 拡声器越しに聴こえてくるのは、消音師サヰレンサの歌唱。


「糞がッ!」


 飛翔を打ち消され、落下しながら毒づく。


「歌子!」


 見れば歌子は、拡声器スピヰカーを握り締め、しっかりと地面と見据えている。

 自分も地面へ目を向ける。

 酒泉しゅせん市街がぐんぐんと近づいてくる。


「歌子、せーので地面に風をぶつけるよ!」


「うん!」


 懐かしい、弐重唱デュヱットだ。


「「ラァーー~ッ!!」」


 果たして二人は墜落死を免れ、酒泉市街の通りへと着地する。

 通行人たちが尻餅をついて驚いたり、慌てて逃げだしたりしている。


「「「「「ライラライラライラァーーーー~~ッ!!」」」」」


 ヱミヰリアを含めた五人の聖歌隊たちが空から現れ、こちらへ巨大な火の玉を飛ばしてくる! 通行人などお構いなしにだ。


「「ラァーーーー~~ッ!!」」


 息ぴったりの風の弐重唱デュヱットでこれを押し返す。

 歌子に先に逃げるよう視線で促し、濃霧を発生させようとしたその時、


「どうしてなの、フレディッ!?」


 最年少のアレクサンドル・アレクサンドラが悲痛な声を上げた。


「僕らは兄弟じゃなかったの!?」


(奇襲の次は泣き落としか? 問答無用で手榴弾を投げ込んできたのはそっちじゃァないか!)


 と思うが、自分の気持ちを伝えたいという欲に負けてしまった。


「兄弟さ! でも、だからこそ許せないッ!! ラァーー~ッ!!」


 濃霧を発生させて歌子の背を負うが、


「マァーーーー~~ッ!!」


 索敵が得意なアレクサンドル・アレクサンドラが、歌唱でこちらの位置を正確に捉え、追い掛けてくる。


「どうして、フレディ!? あんなに優しくして呉れたのに!」


「アレクこそ、どうしてフリヰデリケの婆さんに従っているんだ!? 男の尊厳を抜き取られて、戦争の道具にされて、愛玩動物みたいに慰み者にされてさ!?」


「だって、ママは僕らを拾って呉れた! ママに救ってもらわなきゃ、僕らはみんな、のたれ死んでたッ! ママは僕らに力を呉れて、名前を呉れて――そうだよフレディ。ママと同じ名前をもらった君は、一等一番ママに愛されていた! それを……」


「そもそもの元凶を作ったのがあの婆じゃァないかッ! あいつがこの狂った戦争をおっ始めなければ、僕らの村が蹂躙されることもなかったんだッ! アレク、婆はお前の父さんと母さん、兄弟たちを殺したんだぞッ!?」


「五月蠅い五月蠅い五月蠅いッ!!」


 こちらを追い掛けながら、アレクサンドル・アレクサンドラが泣きじゃくっている。


「今さらもう、どうしようもない! 僕らはママに喉を握られている! 従う他ないじゃァないかッ!?」


「そうさ。だから僕は死んだんだ」


 立ち止まり、振り返る。

 まんまと一人、釣り上げることが出来た。

 今ならアレクサンドル・アレクサンドラを殺せるかも知れない。


「僕の喉は、もう自由だッ! 僕の歌は婆の為なんかじゃァなく、歌子の為にあるッ!!」


 大きく深く、息を吸う。

 兄弟のように育った幼馴染を、殺す為に。

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