肆「いざ戦場へ」

歌ヲDiva 統ベル者Driver


「ど、どうして読めるのッ!?」


 千歳は仰天する。


「分からへん。けど、読めるんはコレだけや」



「ふぅん……」


 歌子については昔から謎ばかりだ。

 異常な歌唱力、人間離れした食欲と消化力、無尽蔵の体力、免疫力、回復力――。


(アレ? 私、さっきも同じようなことを考えなかったっけ? んんん? さっきっていつよ?)


 かぶりを振る。今は、何にも増して確認しなければならないことがある。


「……それで貴女、こんなものまで持ち出して、どうするつもりなの?」


「ウチは――――……ウチは、張掖ちょうえきに行く」


 歌子の言葉を聞いて、千歳は激しく狼狽する。

 張掖ちょうえき。『陸喰いリヴァヰアサン』によって沈められた都。フレデリカが戦死した地。


「しょ、正気なの!? 戦場なのよ!?」


「その為の、武器や」


 揺るがぬ決意を固めた目で、拡声器スピヰカーを眺める歌子。


「戦い方は、フレドリクに教えてもろたし」


「行ってどうするのよ!?」


「フレデリカを探す」


「訃報は受け取ったでしょ!? 私が、この手で、確かに渡したでしょう!? フレデリカがいた戦場は、あの、『陸喰いリヴァヰアサン』による攻撃の直撃を受けたのよ!? 助かりっこないわ!!」


「信じへん! ……自分の目でフレデリカの死体を見るまでは、ウチの中ではフレデリカは生きとる」


「滅茶苦茶よ! それで貴女が死んだらどうするの!?」


「でも!」


「歌子、貴女は私のモノなのよ!?」


 使いたくなかった。が、この言葉を使わざるを得なかった。


「貴女の御爺様の命も、貴女の衣食住も、歌姫Divaになりたいという夢も全部全部、私が守り、育ててあげているの!! 分かってるでしょう!? 勝手は許さないわッ!!」


「御免……御免なさい」


 歌子がその場で正座して、深々と頭を下げる。土下座だ。


「千歳、ウチの神様、本当に御免なさい。ウチは……この日、この時ばかりは、千歳やなくてフレデリカを選ぶ。……………………その上で図々しいお願いやけど、じっちゃんだけは、どうか生き永らえさせて下さい」


「――――――――…………」


 文字通り、言葉を失った。

 半年前は『フレデリカを陥れろ』と云う命令にすら従った歌子が、今、明確に、叛逆しているのだ。


(引き留めるのは……………………無理そうね)


 体を拘束したとして、それで心まで縛れるものではない。

 諦めた。歌子を引き留めると云う最善の策は。

 だが、この世に二人といない才覚を持った歌姫Diva、広告塔の歌子を失うわけには絶対にいかない。


(ならば、次善策の中で最善を尽くすのみ)


 自分もその場で正座する。


「顔を上げなさい、歌子。御爺様のことは何があっても守るから、その点は安心なさい」


 途端、歌子が勢い善く顔を上げた。ボロボロと涙を零している。


「ありがとうッ!!」


張掖ちょうえきに行きたいと云うのも分かった。安全に渡れるように手配してあげる。護衛をつけたいところだけれど……流石にこのご時世じゃ、一緒に渡って呉れる社員を探すのは無理でしょうね。まァ、探すだけ探してみるわ」


「ありがどうぅ……本どぅにありがどぅ~ッ!!」


 涙でぐしゃぐしゃになった歌子へ、ハンケチヰフを渡す。

 いつかの日を――あの寒い、歌子を拾った日のことを思い出す。

 今の歌子は、流石にハンケチヰフで鼻はかまなかった。成長したのだ、歌子も。

 歌子を立たせる。


「ところで歌子、コレ、どうやって動かすの?」


 見たところ、引き金トリガーがないのだ。どころか収音機マヰクすらない。

 束の握りの部分がメッシュ状になっているのは、手汗を吸収して握りグリップのしやすさを維持する為であろうか?


いな……これだけ高度な武器なら、手汗とか握りグリップも歌唱や音子回路オルゴールで解決するはず)


 果たしてその答えは――期待感を持って千歳が歌子の方を見やると、


「いやぁ……実はウチも分からへんねん」


 恥ずかしそうに笑う歌子。


「ハァ~ッ!? 貴女それで、どうやって戦うつもりなのよ!?」


「こう、いざとなったら未知のパゥワーが目覚めて何とかなったりするんやないかなって」


「はぁ~……相ッ変わらずの猪突猛進ヰノシシ女っぷりね! この剣、貸しなさい。使えるように、この天才技師ヱンジニア千歳様が解析してあげるわ」



   ♪   ♪   ♪



》一月十七日 六時二十三分 大阪・撒菱まきびし邸 ――渡瀬わたせ歌子うたこ


『一日だけ待ちなさい。今度は脱走したりするんじゃアないわよ?』


 千歳にそう命じられ、歌子は大人しく待つことにした。

 荷造りをする。

 向かう先は戦場なのだから、悠長にキャリヰバッグなど引いてはいられないだろう……そう思っていたら、一体全体どういうルートで手に入れたのか、千歳が軍用のバックパックを呉れた。重量軽減効果のある音子回路オルゴール式の逸品である。


 しっかり食べて、ゆっくり風呂に浸かり、たっぷり寝た。


 翌朝、旅装に着替えて食堂に出てみれば、テヱブルに大振りのケヱスが置いてあった。


「試製捌捌はちはち式歌唱軍刀改伍」


 既に食事を始めていた千歳が、静かに微笑んだ。


「先月の、朝鮮の実戦実験場で得たデヱタを、歌唱戦の伊呂波know howを余すところなく注ぎ込んだ、究極の一本よ。貴女が、コレを実戦で使う一人目になるかも知れない」


 皇紀二五八八年と云えば今年のこと。

 この一振りは、大日本帝國における最新鋭も最新鋭の一本と云うことになる。

 ケヱスを開くと、洗練されていながらも武骨なデザヰンの刀が、黒光りする刀身が、歌子に勇気を与えて呉れる。


「ただし、対人では極端に出力が絞られるようになっている。殺人に対する安全装置だけは、陸軍でなきゃ解除出来ないのよ。たとえ開発者の私でも、それをやってしまうと、首が飛ぶ――物理的にね」


「ヒッ――…」


「だから約束して頂戴。けっして無理はしないと。必ず生きて帰ってくると!」


 千歳の目には、涙が浮かんでいる。千歳の涙など、これが初めてだ。


「――分かりましたッ!!」

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