弐「我、夜逃げを決行せり(肆)」

 歌姫Diva

 歌唱によって音子おんしを操り、超常の力を振るう存在。

 その始まりこそ、羅馬ローマ皇帝が露西亜ロシア帝國の軍を蹂躙するという非常に暴力的なものだったが、近年では農業、工業、インフラ、医療、治安維持と幅広い分野で様々な歌姫Divaたちが活躍している。

 中でも大活躍なのがヱネルギヰ分野である。

 乏しい燃料による燃焼を何倍にも増幅させ、安価で安定した電力供給を実現してれる産業歌姫Divaは国中何処に行っても引っ張りだこで、女児が成りたい職業堂々の一位でもある。

 国も歌唱女学院をたくさん建て、歌姫Divaの育成に努めている。

 く云う歌子も歌姫Divaに憧れていたのだが、女学院に入れるようなお金などあるはずもなく、夢は諦め、祖父の工房を継ぐべく勉強していたのだ。


「……す、拡声器スピヰカーの製造は、禁止されとるはずやろ!? 羅馬ローマとの間の、ナントカっていう条約で」


「日羅音学技術貸与条約」


『供与』ではなく『貸与』。

 数年に及ぶ国内技術開発と外交努力により、日本は音子回路オルゴールの独自開発の権利を勝ち得た。

 が、拡声器スピヰカーの技術難度は音子回路オルゴールの比ではなく、日本に流通している拡声器スピヰカーは、百パーセントが羅馬ローマからの輸入品なのである。

 そして羅馬ローマは、自国の軍事核心技術である拡声器スピヰカーの研究開発を他国に許していない。


「だって莫迦ばかげた話じゃない」


 千歳が暗く微笑んでいる。


「仮想敵国に軍需物資の供給を委ねているだなんて」


 歌子は政治にも軍事にも疎い。疎いが、そんな歌子でも、新星しんせい羅馬ローマ帝國がこの十年間でやってきたことは知っている。

 同国は移動要塞『大天使』と共に東へ東へと進軍を続け、進路上の街という街、国という国を文字通り轢き潰してきた。

 道中の国は焦土にするか植民地化するかの二択。

 そして、そんな新星羅馬ローマ帝國の進軍進路上にここ、大阪があるのだ。

 羅馬ローマ帝國と日本のヰデオロギヰは共にファシズムであるが、羅馬ローマはヰデオロギヰによって対応を変えたりはしない。


 羅馬ローマは、まごうことなき日本の仮想敵国である。


 羅馬ローマが日本でも商売をしているのは、いざ日羅開戦となった時に、他国同様簡単に轢き潰せると踏んでいるからであろう。


「で、でも……バレたら逮捕されてまう!」


「だから、他言したら殺すと云ったでしょう」


「あ、阿呆な……」


 暗い笑みを浮かべていた千歳が、一転、朗らかな笑顔になり、


「なァんてね。大丈夫よ、もしこのことがバレても、手が後ろに回るようなことにはならないわ。だって条約で禁じられているのはフリヰデリケ式の設計思想の模倣であって、この子の基盤技術はフリヰデリケ式とは根本からして異なるもの。とは云え誤解を生みかねない行為ではあるから、他言無用と云うのは守ってね」


「こ、これを千歳が作ったん……?」


「そうよ。でも、この設計思想の名は残念ながら撒菱式でも千歳式でもない」


「どういうこと?」


「渡瀬式。貴女の御祖父さんが考案したのよ」


「――――……」


 混乱している。考えが上手くまとまらない。

 戸惑う歌子に、千歳が微笑みかけてくる。


「ね、歌子。この拡声器スピヰカー、使ってみたいと思わない?」

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