【KAC202210】歴史は夜、作られる ~「ムラタのむねあげっ!」閑話⑲~

狐月 耀藍

歴史は夜、作られる ~「ムラタのむねあげっ!」閑話⑲~

 さえざえと輝く青い月明かりのもと、広いベッドの上で、妻とこうして一糸まとわぬ姿で向き合うのは、なんだか気恥ずかしい。

 青い月に照らされて、妻の白い肌も神秘的に青白く輝き、背中まで伸びた栗色の髪は、いつもよりずっと深い色に感じられる。


 歴史は夜作られる、という言葉がある。

 そうだ。俺とマイセルは、今日こそ、新しい歴史を――後継者を作るのだ!


 そうしないと、義母二人が子作り指南のために押しかけてきて、義母の指導の下で子作りをしなければならなくなるって義父に言われたんだ。


 義母の目の前で、その娘さん相手に子作りなんかできるかっ!

 そんなの絶対嫌だ、意地でも今日明日で作るぞ!


「……改めてこれから子作りするって……なんだか、照れます、ね……?」

「……そうだな。これまでにも散々、子作りしてきたのにな」

「……本当に、今夜は子作りに良い日――なんですよね?」


 ベッドの上で女の子座りをしている妻――マイセルが、微妙に視線を合わせないように俺の方を見上げながら、よそよそしくつぶやく。


「一応、俺――の国の知識だと、そういうことになってる」


 月経がはじまってから二週間。

 一般的にはこのころに排卵日になるという。


「ムラタさんの国――ニホンでは、そういう言いならわしがあるんですか?」

「いや、学校で勉強するんだ。保健体育っていうんだけど――」

「が……学校で子作りの作法を勉強するんですか!?」


 マイセルが、目を丸くした。


「……その……わ、私にあんな恥ずかしいかっこうをさせてきたのは、が、学校でムラタさんが教わってきたこと……!?」

「……いや、学校で習ったのは科学的な発生に関わることだけで――というか、そんなに恥ずかしがるようなこと、俺はしてないだろ?」

「恥ずかしいですっ! その、けものみたいな恰好で、とか……!」

「いや、普通だろ?」

「普通じゃないです! ほかにもいろいろ……ほんとに、ほんとにいっつも死にたくなりそうなくらいに、恥ずかしいんですからね!?」


 そう言って、マイセルは頬を膨らませた。


「だいたい、ムラタさんはリトリィ姉さまにエプロンだけ着せて立ったままとか、無茶をし過ぎなんです!」

「い、いや……それはあいつがそもそもそれを望んでのことで――」

「お姉さまはおしとやかな人なんですから! そんなふうにしたのは絶対ムラタさんですっ!」

「そんなこと言って、マイセルだって楽しん――」


 ばふっ!

 叩きつけられた枕に、俺の抗議はかき消された。


「わ、私は『ふつう』がいいんですっ!」




「ここだ、ここ。どんな感じがする?」

「……どんなって、――その、なんだか触られてるっていう感じがするだけで……」


 俺の指を迎え入れている感触に、とまどってみせるマイセル。

 そう、女性はモノの出し入れ「だけ」では、快感を得られないのだ。

 だって生理の手当てにタンポンを出し入れするんだぞ?

 考えてみれば、当たり前のことなんだ。


 それから、子供が育つ場所の入り口は、だいたい、中指の第二関節あたりまで潜り込ませたところだろうか。


 ただし、そこで終わりではないのだ。指を押し込めば、トンネルは奥にのである。

 つまりどういうことかというと、男性・・のサイズがおおよそ親指より長い人は、その「入り口」をスルーして、その奥に入って行ってしまうのだ。


「……え? じゃ、じゃあ、あんなに大きいムラタさんのは、私の……その、には入ってないってことですか? あんなに奥に入ってくるのに?」

「奥にあるんじゃなくて、今触ってみせてるところから、に上がらなきゃいけなんだ」


 そんなことできるかっ!


 結論。

 男性向け漫画の描写は、完全なフィクションだ!

 ついでに言うと、いわゆる妊活の作法でよく聞く「できるだけ奥で出す」も、大嘘だってことが分かった!

 奥で出したって、たいした意味はない。あれには絶対、医学的な根拠はない。奥に突っ込めば突っ込むほど、入り口をスルーしてしまうのだから。


「そ、そんな……。私、一番奥にがあるって思ってたから、あんなに奥まで入れられてもがまんしてたのに……!」

「あんなにって……普通だろ?」

「わ、わたしにとっては大変なんですっ!」

「……ひょっとして、気持ちよくなかったのか?」

「もちろんいい……なにを言わせるんですかっ!」


 ばふっ!




「それにしても、ムラタさんのお国が、そんな破廉恥なところだとは思いませんでした」

「人の故郷を破廉恥って言うな」

「だって! 子作りの作法を学校で教えるなんて!」

「い、いや誤解だ。子作りの作法じゃなくて、……ええと、体の仕組み――どうやったら子供ができるかっていうことを……」

「つまり子作りじゃないですか!」


 生物の発生については理科で、生命の発生の仕組みについては、小学校の理科によるおしべとめしべに始まり、誰もが中学や高校の保健体育で勉強することだ。だから、俺にとっては取り立てで不思議なことでもない。


 だが、マイセルにとっては衝撃が大きかったらしい。

 そもそも学校に通うっていうこと自体、この街異世界では相当なエリートで、しかも金持ちだからな。識字率はかなり低いみたいだし、自分の名前すら書けない人だっていっぱいいる。

 大工ギルドの親方マイステルになるための必須のスキルの一つが、「文字を読み書きすることができる」だし。


 おそらく無償で義務教育が受けられるのは、その国が経済力に余裕のある証拠なんだ。そのおかげで、日本では未経験の俺でも生殖の仕組みを理解できた。


「……とにかく。マイセルは基本的に生理が順調に来るみたいだし、その間隔も、俺の記憶が正しければ、生理が始まった日から数えて十四、五日で子作りに一番適した日が来るはずで、それが今夜なんだ。リトリィも下で、俺たちが十分に子作りをし終えるまで待ってくれている。早く始めよう」


 俺の言葉に、マイセルが目を見開く。今夜のために、リトリィがベッドを譲ってくれたことを思い出したんだろう。


「そ、そうですね。お姉さま、私のためにって、待ってくれてますもんね……!」

「じゃ、じゃあ……始めるぞ?」


 リトリィで学んだんだ。

 まず、互いに触れ合って、肌に指を滑らせ合って、たっぷりとキスし合って。

 下着の奥に隠された場所に触れる、その前までの時間を十分に取ることで、


 羞恥心を乗り越える。


 リトリィだって、俺への奉仕は得意だったのに、自分が舐められるのはひどく恥じらっていた。それが初々しくて、必要以上にしつこくやったあの夜、リトリィは初めて俺のもので最も深い悦びを味わってくれたんだ。


 雰囲気づくりは、大事。ものすごく。最低でも三十分はかけるべきだ。

 そうやって羞恥心を乗り越えた先に、女の子はやっと、悦びを素直に受け入れる素地ができるのだろう。

 

 ものの本によれば、性的絶頂は受胎率を高めようとするものだとする説がある。一方、ただの筋肉のけいれんに過ぎず、受胎率を高めることに関わっていないとする説もあるらしい。


 どっちだっていい。

 愛するひとと、悦びを分かち合えるなら。


 すがりついてくるマイセルの髪を撫でながら、彼女に俺たちが生きた歴史を刻むため、まず一回目のためのスパートをかけた。

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