第183話 謎ポエム
青空を少しずつ降下してくる真っ白な大きな船に向けて
私は空を駆けあがろうとするが、何の力も発生しなかった。
ジョニーが首を横に振って
「この星には混沌粒子が一切ないんだ。
それに俺たちの星から持ってきた分の混沌粒子はあの船から降らせて
地震からこの星のモブどもを救うために、俺が使い切った」
そしてチラチラとナンヤとセイを見つめる。
ナンヤは苦笑いしながらジョニーの手を取って上空へと駆けていく。
「ひゃあっ」
私は変な声を出しながらセイに後ろから身体を抱えあげられて
そのまま青空を上昇していく。
瞬く間に近づいてきた真っ白な船というか帆やブリッジのない横長の宇宙船は
知らない文字で、青と赤で大きく何かが白い船体に描かれていて
「セイ様の出身星のアグラニウスの言葉で"邪神討滅号"と書かれている。
ちなみに邪神っていうのは、ミイのことだな。
ちなみに仲間たちのブラックジョークだぞ、本当に討滅する気はない。
機体の色も含めて、最近、艦長が塗りなおしたらしい」
「……やっぱり、どこの世界でも邪神みたいなもんなんですね……」
「セイ様が見たところ、悪意がまったくないのが、余計問題だな。
あいつなりに生き物たちを尊重して、そしてタカユキを愛しているんだが
なんか違うんだよ……」
「それ、よくわかります」
スズナカは本当に他者の心がわからないのは確かだと思う。
凄く能力が高くて、知能も高いんだが、なんか違うというのは
付き合ってきた私としても実感し続けてきたところだ。
船体の横のハッチが開いて、その中から船内へと入ると
何といえばいいのか、白い壁の未来的な通路が続いていた。
その長い通路を、セイに抱えられたまま高速で船の先端付近まで進んで
そして自動で横に開いた扉から中へと入ると
扉近くの恐らく艦長の席の背もたれに
赤いマントをつけた二本足の三毛猫がビシッと敬礼してこちらを見ていた。
背丈も普通の猫と同じだ。こちらを丸い目で見つめてきている。
「猫……ですよね……?」
セイは首を横に振ると、軽く敬礼を返して
「猫ではない、艦長のにゃからんてぃだ。あいつらはどうした?
降りる前までは居たよな?」
猫は身振り手振りを交えて
「別の任務だ。移送する程度、私一人で十分だからな。
アイさん初めまして、邪神討滅号の艦長にゃからんてぃだ」
猫っぽいにゃーにゃーという発声だが、しっかりした言葉で挨拶される。
「あ、どうもご丁寧に、アイです。よろしく」
会釈を返すと、にゃからんてぃはニカッと笑って
「では、帰るとしようか。ジョニー君たちはもう自分たちの部屋で休んでいる。
疲れたようだな」
にゃからんてぃは、席に座ると、操縦室前方にある空席になっている
幾つもの席をビシッと指さした。するとそれらの席の前の操縦桿やパネルが
ひとりでに動き出して、操縦室前方の巨大なモニター内に映し出されている
青空が歪み始めた。
「全速力で移動するので、到着まで二十五分というところだ。しかし、いいのか?
君はリーンナース星だったのだろう?中身が無くなるが」
「……どうなんでしょうか……何をミイさんが考えていたのか
それ自体が、ちょっとわからないですし、帰りたいかなと」
にゃからんてぃはしばらく黙ると
「……直感に従うのは大事だな。それに君には最強の二人と
ジョニー君がついている、もはやどうにでもなるだろう」
セイは嫌そうに顔を歪めて
「おいーアイは好きだが、セイ様はタカユキを復活させるために
色々と手伝っているだけだぞー?
それに、まだ、あっちはまったく進んでいないからな。
アイを送り届けたら、ナンヤと帰るぞ?」
「……セイ様、十分です。お世話になりっぱなしで……」
セイは慌てて顔を横に向けると
「……いいんだ。セイ様、ちょっと役に立ちたい気分でな。
塩顔のブサメンは気に食わないが、アイは好きだ」
銀髪に顔を隠して、照れくさそうにそう言った。
あっさり大気圏突入をも終えた邪神討滅号は
帝都の上空で停止して、私とジョニーはそこから直接降下していくことになった。
開いたハッチから飛び降りる前に、セイに挨拶をする。
ナンヤは疲れ果てて寝ているらしい。
ジョニーと飛び降りて、久しぶりに宙を飛ぶ感覚を味わう。
静かに降下していきながら
「いやー部品工場社長はわりときつかったぞ。
子育てしつつ、嫁から尻を叩かれてなー」
ジョニーがポツリと呟いた。
「……私も木だったからねぇ。最後は雷に打たれて折れたよ。
ペリーヌさんが最後に挨拶に来たすぐ後だった」
「なんかなぁ……俺が社長で真面目に仕事してるとか
全部夢にしか思えんのだが、でも、現実だったんだよな……」
「だろうねぇ……私なんて数時間前まで惑星だったわけだし
ミイさん、ほんと何考えてるんだろうね」
「……無事に戻ってこれただけ、良かったというかな。
あ、絵完成してたぞ」
「ああ、ミルンちゃんが描いてるやつね……こっちではまだ
二日とかしか経ってないんでしょ?早いなぁ」
次第に足元の漆黒の建物や外壁だらけの帝都が近くなっていくのを見ていると
スッと意識が落ちた。
……
二つ同時に存在する必要のあるものがある。
しかし、それらは反発しあい、片方が片方を消すことにより
完璧な無から不完全な有へと変貌した。しかし、あり得ない想像は美しく輝き
有は無を探しはじめる。それらは幾度も繰り返され
大小のハレーションとなり、悲恋の詩や、色濃く残る情の残留となった。
もし、まだ、無情を情に染め抜きたいのならば
ただ、ひたすらにそれらは、完璧な無へと戻ろうとするのだろう。
不思議な声に包まれて呆然としていると
「またポエムか……おい、脚本家、情景描写と少ないセリフで表現するのが最上だ。
掛け合いや微細な心情で魅せながら物語を進行するのが極上だ。
だが、この意味のない会話シーンと謎展開メインのクソアニメに
思わせぶりな、謎ポエムまでぶっこんだら、ここまでついてきてくれた
数少ない善意の視聴者の頭がさらにおかしくなるだろ!!
そういうのについてきてくれる人はそんなにいないんだぞ!?
おい……大体、アニメの脚本というものは……」
ジョニーがめちゃくちゃ怒り狂った声を出して、私はハッと我に返る。
地上へと激突寸前で、ジョニーの身体ごと念力で止めると
帝都の通行人たちが、拍手をしてきた。
一瞬、呆然として、すぐにサッとジョニーの身体を抱えて
空を駆けながら宮殿へと駆けていく。
どうやら、降下中に気絶してたらしい。あぶなかった……。
しかし、変な言葉だったよ……なんだろあれ……。
宮殿中庭へと降り立って、ジョニーの身体をベンチへと降ろすと
「う、うーん……酷い夢だった。
いきなりクソポエムを聞かせられて、説教しまくってた。
思わせぶりな描写とか、謎ポエムとか
そういうのはこのクソアニメには贅沢すぎる」
「……あんたの怒鳴り声で、落下しないですんだよ」
ジョニーはニヤリと笑って、上半身を起こすと
「ふっ。俺が死亡フラグを折ったということだ。
実は修正者からの襲撃だったのかもしれないな」
「……体がつぶれたとしても、私たちは死なないだろうけどね。
この星に居る間は」
ジョニーは答えずにベンチから立ち上がると、両腕を伸ばして
「もういい。疲れた。ちょっと休むぞ」
「そうだね。私はミルンちゃんの絵を見に行くよ」
ジョニーはニヤリと意味ありげに笑って去っていった。
ミルンの部屋を尋ねて私は気を失いそうになる。
壁に無造作に立てかけられているその額縁に収まった大きな絵画は
裸のアニーがブリッジをしているのを斜め下から描いているという
それ、どこに地平があるの?宇宙なの?
平衡感覚がおかしくなりそうな、絵画なのだが
何か神々しいのだ……何かわからないが、とてつもなく神々しい。
背景は金色と銀色の渦が、立体的なアニーのブリッジに
まるで絡めとられていくような……いや、自分で形容していて
ちょっと何言ってるかわからないという感じなのだが
とてつもなく良い絵画を見ている感覚はある。卑猥な感じはしない。
というかもう一人、裸でブリッジさせられてたよね?ジェーンだっけ?
そっちは……?描かれてないけど……?
あと、これ、ちょっとリアルすぎるから、局部とか修正しないとね?
いや、卑猥じゃないんだけど……何か、これ宗教画ぽくないよね?
これ、完全に違うジャンルだよね?
などと混乱して、絵画の前で突っ立っていると
ボサボサの頭と絵具だらけの作業着のミルンが扉を開けて帰ってきて
「あ、アイ様、それ失敗しました。近日中にまた描きます」
失敗って……!少なくともそんなことはない気がするけど……衝撃を受けつつ
「……そう……あの、次は、もうちょっとそれっぽく……」
「ふふ、芸術にそれっぽくはないですよ」
ミルンは懐から大量の錠剤を取り出して、口に放り込むと
室内の深い皿に入っている良い匂いのお香を焚きだして
「んんんんーっ。キまるわぁ……ああーっ、ガン決まりやわぁ……」
などと言いながら、怪しげな舞いを踊りだした。
私は黙って、室内から退出していく。
ミルンを改造して描かせたのは少なくとも失敗かもしれない……。
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