第177話 肝心な時に

次に目を覚ました時、私は浮いていた。

何となく寒い気がする。一糸まとわないスズナカも浮いている。

ああ、なんか、性欲に負けてしまった……ま、まあ、この体の主の

欲望に導かれたようなものだから、ノーカウントというか……

スズナカに乗せられてしまったというか……。

とりあえず局部や胸にパットをつけて、薄い膜を着ると

寒さはほぼ薄らいだ。

服を作ろうと「登録三十二、モダン」というが何も変化しなかった。

「空気中の混沌粒子が消費されつくされたのよ」

目の前を横向きに漂っているスズナカがパチッと目を開けて言ってきて

私は思わずのけぞった。

「起きてるなら、そう言ってくださいよ」

スズナカはニコニコと笑いながら

「無重力なのは、省エネルギーモードに入ったからよね。

 ここから半月くらいは、まだ酸素もいけるわ」

「いやいや、食料ないでしょ……」

スズナカはニヤリと笑うと

「脱出ポッドよ?備蓄されてるに決まってるじゃないですかー」

「……酸素も食料も無いって言ってたでしょ……」

嘘を吐き過ぎだ。ただ、確かにスズナカの言うことは正しい。

「で、どうするんですか……これから」

スズナカはニヤーッと笑って

「何もしないわ。修正者が気づいたらそれでもいいし

 気づかれないのなら、それもまた良しよ」

カチャカチャと局部と胸にパッド、そして透明な膜をつけた。


そこから数日はダラダラと過ごした。

脱出ポッドの中は狭いがトイレもあり、寝袋もあった。

浮かびながら寝るのは気持ちがよかった。

よかったけど……こんなのでいいんだろうか……。

スズナカはくだらないことしか喋らなかった。

例えば、自分は長生きだが、どれだけ色んな体を得て

色んな生き物と付き合ってきたかとか、ドラゴンの性癖がどうとか

一度岩石生物として体を持ったことがあったが

鉱物系の生き物たちの愛は、冷えているようで熱いとか

爆散したジョニーをまた探しているが、まだ見つかっていないとか。

「どうやって探してるんですか?」

「うーん……すこーしずつ、力を取り戻しつつあるから

 時空間の探索をしてるっていえば、わかりやすいかなー?」

「そうですか……」

スズナカも頑張っては、いるらしい。

そして、定期的に、当然のように交わっていた。

五回超えたあたりからは、当たり前のようになりつつ

それに、自分の欲望とは違うな……と頭と体が完全に切り離されていた。


そんな毎日を繰り返した七日目に目覚めると

私は、浮いている背の高い裸の女性のすぐ横で目覚めた。

慌てて自分の手足を見ると、元の私の身体だ。服も着ている。

パチパチパチと拍手が横から響いて、そちらを見ると

高校の制服姿のスズナカが、目を細めて手を叩いていた。

「はいー私有能ー。アイちゃんも成功しましたー」

「私たちは体から抜け出したんですか?」

目の前を漂っていくスズナカが入っていた小柄な女性の身体を

触ろうとすると、私の手は透過した。実体はないらしい。

スズナカはニコリと頷くと

「ここまでが、今回の目的よ。さ、脱出ポッドを動かしましょ」

「……もう何かよくわからないけど、手伝います……」

拒否権はないと思う……。

スズナカはフワフワと浮かんで、脱出ポッド内下部の床を抜けると

下へと入り込んだ。私もついていくと

機械が密集している中の中心部へとスズナカが透過しながら入り込んでいく。

そして、中心部の微かに光る炉のような場所と重なると

「はい、入ったー。私やっぱり有能ー」

そう言った瞬間に、明らかに機械類が振動し始める。

「アイちゃんもこっちに来てよ」

私も同じ位置に移動して炉と重なると、途端に何かが吸われている感覚に陥る。

「何か、吸われてませんか?」

「うん。私たちのエネルギーを吸ってるわ。

 これって、混沌粒子を使ったエンジンだからね。

 私たちも今、混沌粒子由来のエネルギーの塊だから、当然吸いますよねー」

「大丈夫なんですか?」

「うん。たぶん、持つと思う。今、脱出ポッドは植民星に向かってるわ」

「いや、そこから遠ざかったのでは?」

炉に重なったスズナカは漆黒の笑みを浮かべると

「今頃ねー、もうあの星の表面は滅んでるのよねー。

 他の人間混沌粒子反作用爆弾と化したハーティカル作のテロリストによってね。

 植民船団も全て爆発で消え失せてるはずよ」

「言ってましたね……」

私が体に入った女性以外にも、爆弾になっている人がいると。

「なのでー滅んだ後にこっそりと向かうわけですよー。ここからが本編よ?」

なんとなくスズナカの意図がわかった。

「ああ、修正者から見つかって消されないか見極めつつ

 ハーティカルが仕込んでた爆弾を消してたんですね?

 混沌粒子を使い尽くせば、消えるんですよね?」

スズナカはニヤリと笑って

「アイちゃんも分かってきましたねー。

 混沌粒子はそれを生産している星から離れれば

 消費しつくしてしまえば消えるの。この状況で一番手っ取り早いのは

 まあ、好き同士でやっちゃうことよね。

 精神活動と肉体活動を同時に激しくするわけだから消費が凄い早いのよ。

 それから私たちは、言ってしまえば別の時空から流れ込んでいる

 混沌粒子の塊のエネルギー体なので、乗り移っている身体の混沌粒子が消えたら

 そこから自動的に分離されるのよ。異物としてね」 

「そういう仕組みだったんですね……ちゃんと理屈があるんだ……」

スズナカは嬉しそうに頷くと

「ここからは、我々のエネルギーでポッドを動かしつつ

 植民星に向かいますねー。体の二人は我々が居る限りは起きませーん」

「了解です」

とりあえず、ここに居ればいいだけなので動かないことにしよう。


半分寝ていたので恐らくだが、半日くらいそこでボーっとしていると

ずっと目を閉じていたスズナカがビクッと動いて

「ついたわ。うん、無事に滅びてるわね、さ、行きましょうか。

 まずは惑星へと無事に降下させないとね」

と言った瞬間に、ポンッと音をさせながらその場から消えた。

「あ、修正者から……」

消されたよ……次は私かな……と思いながらしばらく待っていても

まったく何も起こらなかった。仕方なく、操縦室へと上がっていく

前面の窓には一面、黒雲に覆われた不吉な球体の惑星が見えていた。

ああ……言われたとおりに、表面が滅んだのかぁ……。

えっと……どうしようか……このままだとどうしようもなさそうだし

スズナカだったら、どうするんだろうか……。

たぶん、まずは身体に戻って……えっと、どうやって戻るんだろうか……。

私は宙に浮いている、長身のアイの身体に重なってみる。

何も起こらずにアイの身体がフワフワとずれていくだけだ。

肝心な時に、スズナカは居ないって……なにこれ……。

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