第4話 魔力値

それから、ミッチャムと私とジョニーのめちゃくちゃな共同生活が始まった。

屋敷の中を全て紫色の体液で汚しながら

ジョニーは走り回ったり屋敷の大事な品を手に取って汚したりした。

私とミッチャムはその度に大掃除をして汚れたものを洗ったり

汚れた貴重な本を魔法薬につけて液体と分離させたり

とてつもない手間と苦労を掛けさせられ

二週間もするころには疲れ果てていた。


「ジイ……ジョニーがホムンクルスなのか

 まだ、何にも実験してないよね……」

私はいつものように朝からジョニーが汚した廊下を拭いていた。

その隣でモップをかけているミッチャムが汗をぬぐいながら

「ジョニーさんの形態変化についての

 観察ノートは、すでに埋まりつつあります。

 それとジョニーさんを王国魔法ギルドに連れて行けば

 我が国、初のホムンクルスとして承認されるかもしれません」

と疲れた顔で微笑んでくれた。

「ジイ……」

私はミッチャムの優秀さに泣きそうになる。

そんな私たちの近くに紫色の液体を垂らしながら

ジョニーがいきなり疾走してきた。

「……お、おい……ここ……見てみろ……」

ジョニーは自分の太ももの一部を指さす。

「もう汚さないでよぉ……せっかく掃除したのに……」

私が文句を言いながらもふとももの一部を見つめると

紫色の肌が剥げて、中から人肌のようなものが

露出していることに気付いた。ミッチャムが深刻そうな顔で

「もしや……ジョニーさんはまた変異を

 しているのでは……」

と呟いて、いきなりジョニーを肩に担ぐと

低い声で喚いて暴れるやつの手を引き、廊下を足早に走り出した。

私も慌ててついていく。


実験室へとミッチャムはジョニーを連れて行くと

「お嬢様、すいませんが

 血をまた、ジョニーさんにかけていただきたいのです」

とナイフを渡してくる。

「い、いいけど……大丈夫?」

暴れるジョニーを実験用のテーブルに素早く

縛り付けているミッチャムは、気丈な顔で頷いた。

これは、何かあるんだなと私も察し

縛り付けられたジョニーの体の上に手をかざし

そして手のひらを思いっきりナイフで切った。

真っ赤に滴った私の血液がジョニーの紫色の体に落ちていく。

そして吸収されたかと思うと

ジョニーの身体全体がいきなり激しく震え出した。

そして何と、全身が発光し始める。


口を開けて、私がその様子を眺めていると

隣でミッチャムは、ノートにその様子を速記で書き付け始めた。

しばらくすると発光が止んでいき、そして何と

ジョニーの縛り付けられた全身がひび割れ始めた。

「じ、ジイ……死んじゃうんじゃ……」

慌てる私をミッチャムは手で制して止め

「お嬢様、恐らく大丈夫です」

不安なまま、見守っているとひび割れたジョニーの紫の肌が、ポロポロと取れ始めて

そして中から、人肌が次々に現れてきた。

ミッチャムはその様子を見て、頷くと

手袋をして、ジョニーの割れた肌を丁寧に剥がし始める。

私は、ハラハラしながら見ているだけだ。


ミッチャムが全ての肌を剥がし終えると

中からは、黒髪で不健康そうな若い男が出てきた。

かなり痩せていて、神経質そうな顔だ。

「やはりか……お嬢様、我々はとんでもないものを

 呼び出してしまったのかもしれません」

とミッチャムはそう言うと、実験室の外へと出ていった。

「ジイ……?」

首をかしげる私を意識を取り戻した

ジョニーだった青年は両眼を静かに見開いた。

そして


「……お前、エロいな」


第一声はそれだった。

「は!?」

「そんなに俺の裸を見たいか」

確かに全裸の青年だ……ぜっぜんぶ見え……あわわわ。

気づいた私は、慌てて後ろを向く。

「みっ、見たいわけないでしょ!!

 それよりあんた、何なのよ!?」

後ろを向いたまま、必死に尋ねると

「ジョニーだ。俺はジョニー。

 とにかく凄い奴だったことしか、覚えていない」

何言ってんだこいつ……とイラついていると

ミッチャムが右手に魔力測定器をもって実験室に戻ってきた。

一瞬、ジイが来た安心感が、その手の中の四角い装置を見て薄れてしまう。

私の大嫌いな道具だ。


私は偉大な血筋と親を持っているが

実は、魔力はそこそこだ。

一般人の魔力値が、大体、千二百ヌーレルのところ、私は千七百ヌーレルである。

これが生まれつき一万とか、二万とかあれば

学歴なんてすっ飛ばして、魔術師として様々な栄光の道が開けるのだが

私は、結局……才能が……いや、弱気になるのはやめておこう。

生前の両親は私に常々言っていた。

自分たちも血のにじむような努力で、魔力値を上げたと。

私はその言葉を信じたい。

ちなみに、亡くなる直前の父は三万八千ヌーレル、母は四万五百ヌーレルだった。

この二つの数字は私の誇りであり、目標だ。


ミッチャムがその、二十センチほどの大きさの

四角い銀色の金属の箱の中に望遠鏡を刺したような、私の大嫌いな道具を

ジョニーに向けて、すぐに落としそうになる。

「……どっ、どうしたの……?」

「お、お嬢様、ご自分の目で……」

私は、嫌々ミッチャムから魔力測定器を受けとり

ジョニーに向けて、その中を覗き込んだ。


「ご、五十三万ヌーレル………」


頭の中が真っ白になり、その場に座り込んでしまう。

「紫の時は、七百ヌーレルでした……」

ミッチャムも呆然とテーブルに縛られたジョニーを見つめる。

こんな魔力値、人間で聞いたことがない。

もしかして、私たちは魔王をこの世界に呼び出して

しまったんだろうか……。

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