第17話 いぬや四姫

 事故で入院してから、1年5ヶ月ぶりに目覚めた春。高一だった俺は、気付けば高校三年生になってしまっていた。


 久々に登校する日の朝、部屋で起きると――目の前には、妹の陽菜そっくりな、しかし妹ではない10人の少女達が現れた。


 彼女達は全員が『陽菜』を名乗り、俺の妹であると主張する。



 そんな理解できない異常事態の中でも、太陽は毎日昇って沈んでいく。



 『10人の陽菜達』と出会ってから、数日が経過した。

 今日は土曜日で、学校は休み。


 金次郎キングは大学生モデルの恋人アケミちゃんと一緒に、水族館デートに行くらしい。羨ましい。


 そんなキングと同じく、信頼できる数少ない味方――担任の雛森真妃先生。

 彼女は、俺の両親と連絡が取れないかどうか、出張先の海外の大学へメッセージを送ってくれたらしい。しかし今のところ、返事はないみたいだ。


 俺も俺にできることをしようと、交番にいた不真面目な中年警官の態度を警察本部へ訴え、更に改めて、現在の状況を電話越しに説明した。

 しかしやはり、「悪質な場合は偽計業務妨害になりますよ?」と、イタズラ電話扱いされてしまった。当然かもしれないが。

 俺が逆の立場警察官だったとしても、「何言ってんだコイツ?」と思うだろうし。



「――……お兄ちゃーん! そろそろお昼ご飯できるから、陽菜ちゃん達を集めてきてー!」


 リビングに鎮座する長テーブルのに座って、単語帳を使って難解な英語を覚えている最中。

 台所キッチンにいるエプロン姿の一姫イツキから、声をかけられた。もうそんな時間か。


「今日の昼食は、炒飯ですよ新也お兄さ~ん」


 おっとり優しい雰囲気の三奈ミナもキッチンにて、俺を含め11人分の皿を出しつつ教えてくれる。

 毎度思うが、これほどの人数の食事を用意するのは大変だろうに。イツキとミナには、感謝しきりだ。


「火力が足んねぇアル! 赤壁の時の黄蓋こうがいがやった火計くらいは燃えてほしいアル!!」


 しかし今日は助っ人がいる。


 コンロの前で巨大な中華鍋を振るい、チャイナドレス姿の九龍クーロンが炒飯へと火を通していた。充分パラパラに見えるが、クーロン的には不満なようだ。

 味付けとして、瓶詰にされた謎の真っ赤な液体を取り出し準備スタンバイしている。だがそれはイツキとミナに阻止された。助かる。


「……そろそろ昼飯ができるみたいだぞー」


 とりあえず、リビングの中にいる妹達へと声をかける。


 イレヴタニアは庭へと続くガラス戸の前で横たわり、正午の温かな日差しを浴び、気持ち良さそうに昼寝していた。まるで白毛の猫みたいだ。

 熟睡しているように見えたが、俺に声をかけられると、のそりと起き上がった。


 金髪ギャルの五子コーコはテレビ前のソファーに寝っ転がり、漫画本を読んでいる。行儀が悪いな。

 スカートの中身が見えそうな姿勢でダラダラしながら、「コレ読み終わるまで3分だけ待って~」と返事をしている。


 そしてソファーで寝るコーコの隣に座っているのは、俺に対してだけ無口な寿珠ジュジュ

 パーカーを着てフードを被るジュジュは、相変わらずテレビの前で正午のニュースを見ながら、兄の言葉に返事も反応もしない。デカいヘッドホンを装着してスマホをいじり、此方の言葉は遮断しているようだ。


(ジュジュに対して、俺なにかしたかなぁ……?)


 だが心当たりは全くない。それよりも、妹達をリビングへ集めなければ。


 今この場にいないオタクな六花リッカは、『陽菜の部屋』でPCゲームをすると言っていた。


 ゴスロリファッションの八千枝ヤチエは現在、俺の足元にいる。

「勉強する愛兄にーにの『足置き』になるね……!」と興奮しながらリビングの床、テーブルの下で仰向けになっていた。

 しかし俺はヤチエのお腹を踏まないよう、両足を浮かばせたまま単語帳をめくっていた。地味に疲れる体勢なんだけど。


 セブンスは、おそらくリッカと同じく二階にいるのかな。


 その前に、一階の和室にいるであろう四姫シキを呼んでくるか。柏木家の六畳の和室は、今はほぼシキ専用の部屋となっている。


「シキって和室だよな、イツキ?」


「うん! なんか習字をするために集中したいらしいから、用事がなければ入らないでって言ってたよー?」


 大和撫子なシキらしく、書道に没頭しているのか。和室とも似合っマッチしているな。


 シキはまさに和風少女といった感じで、和食を好むし普段から着物を身にまとっている。

 短い黒髪といった外見も、日本的な雰囲気を醸し出しており、身体つきはイツキやミナほどではないが女性的で、中学時代の陽菜を思わせる容姿だった。

 そういえば陽菜は小学五年生くらいまで、書道教室に通っていた。そのなのだろうか。



「シキー? 昼飯の時間だぞ~?」


 リビングから廊下に出て、そして呼びかけながら和室へと入る。

 用事がなければ入らないで、と言っていたらしいが、昼飯の時間だし習字の邪魔をしても文句は言われないだろう。


 そういや俺もノックをせず、許可を得る前に襖を開けてしまった。

 まぁ兄妹だし別に良いか、とすぐに切り替える。俺もすっかり、イツキや他の妹達に毒されてしまっているみたいだ。


 それに『異常事態だ』と認識しているはずなのに、10人の妹達との共同生活を受け入れ、慣れ始めてきている自分自身が、誰よりも変な人間かもしれない。


「あー、ん……っ!」


 すると。和室の襖を開けた先では、半紙や筆やすずりといった習字道具を広げる、着物姿のシキが正座している。


 ――しかし筆ではなくギガビッグバーガーを両手で掴み、小さな口を限界まで大きく開き、幸せそうな表情でかぶりついていた。


 正座した膝元には、高級そうな茶器に入った緑色の液体。抹茶や玉露だろうか?

 いいや違う。炭酸がシュワシュワ弾けている。メロンソーダだなアレ。


「はっ……!?」


 和室の中で和服を着る和風少女は――シキは、俺の入室に気付く。

 そしてハンバーガーにかぶり付いた体勢のまま、静止フリーズする。

 みるみる青ざめ、直後に頬に桃色が差し、やがて顔全体が真っ赤に染まっていった。


「っ……!」


「あー……いや、うん」


 見つめ合う俺達。

 見てはいけないものを見てしまった感じがして、何故か俺も冷や汗を浮かべつつ、せめてものフォローをしてやろうと思った。


「……美味しいもんな、ギガビッグバーガー。分かる分かる。とはいえ、17歳のJKだもんね。食いたくなるよな、ハンバーガー」


「はわ、はわわ……!」


 顔を真っ赤にするシキは、瞳の中でぐるぐる渦でも回っているのかと思うほど目が泳ぎ、時々むせ返りながらも、口に含んだハンバーガーを咀嚼していく。


 そして――ゴクン! と飲み込むと、着物の帯の中、懐から短刀を取り出した。


「腹を切ります! 介錯はお願いいたしますね、兄様あにさまぁ……っ!!」


「待て待て待てぃ、早まるでない!!!」


 咄嗟に和室へ突入し、涙目で錯乱している姫君の細い手首を掴む。

 ハンバーガーをコッソリ食べているところを見られたくらいで、自刃ハラキリしようとするんじゃねぇ!


「――すんすんすん! ですわ!! 昼ご飯おランチのおチャーハン臭に紛れて、ギガビッグバーガーの匂いが漂ってきましたわ~! 発生源はここですわね!?」


 クソぁ!! 今一番来て欲しくない相手いもうとが来やがった!! ハンバーガー限定で、犬みたいな嗅覚を発揮しやがって!


「……あらぁ? あらあらあら。おやおやおやおや、まぁまぁまぁ! これはこれは、面白いおファニーなものを見てしまいましたわ~!」


 真っ赤なドレスを着た金髪縦ロールヘアーのセブンスは、食べかけのハンバーガーを目撃し、ニヤニヤした表情を浮かべながら入室してくる。


 うわぁ、悪役令嬢みたいな意地の悪そうな笑顔……。


「セ、セブンス様……! こ、これは、その、違っ……!」


「良いのです、良いのですわシキさん。何も言わずとも、ワタクシは理解わかっていますわ……」


 慈愛に満ちた表情を浮かべ、畳に片膝をついて目線を合わせる。

 そしてシキが後ろ手に隠そうとしていたギガビッグバーガーを、そっと手に取る。


 まさに麗しのお嬢様といった、輝く笑顔で――シキの小さな口へと、ハンバーガーをぐりぐり押し付け始めた。


「やはりアメリカの食文化が世界一ということなのですわ~! カロリーこそ最強!! 濃い味は正義!! 油と砂糖は多ければ多いほどヨシ!!! 大和撫子もハンバーガーの魅力には勝てないのですね~~!!! U・S・A! U・S・A!!」


「もががぁっ……!!」


 涙目なシキの口内へ、ハンバーガーを詰め込もうとするセブンス。

 シキは日本人としての誇りを懸命に守ろうと抵抗しているが、肉汁溢れるパティと、フルーティなバーベキューソースの芳醇さに負け、「美味しい……っ! 美味しゅうございますっ……!」と、悔しそうかつ美味そうにモグモグ食べ始める。

 なんだこの絵面。


 そしてシキが巨大なハンバーガーをペロリと食べきってしまうと、セブンスは一仕事終えた達成感や満足感たっぷりに立ち上がって、俺達へ背を向けた。


「フッ……。またしても、アメリカの偉大さを知らしめてしまいましたわね……」


「人間としては、凄く器の小さい言動だったと思うけどな」


「兄様の前で……! 一生の恥にございます……!」


 そしてセブンスは上機嫌なスキップで和室から退出し、昼飯の炒飯を食べに行った。


 敗北感に打ちひしがれるシキは「およよ……」と一筋の涙を流しながらも、姿勢を正し、墨汁を含ませた筆を震える手で握りしめた。


「……申し訳ありませんが兄様。乱れた心を整えますので、少々お待ちを……!」


 そして真っ白な半紙へと、真っ黒な墨汁を含ませた筆で、漢字を書き込んでいく。滑らかな筆遣いで、実に達筆な文字で。


 俺のメンタルリセット方法が『6秒を数える』とするならば、シキにとっては『書道をする』ことなのだろう。


「……上手だな。やっぱ宿は、俺じゃなく妹にやって欲しかったよ。代わりに書かせるなんてズルだけどな。『大志』って漢字が、どうにもバランス良く書けなかったからさ」


「ふふ、兄様ったら。『大志』は、兄様がでございますよ」



 ――カマをかけたんだが、引っ掛からないか。



 ハンバーガーが好きだし、習字が得意だし、黒髪で身体スタイルも陽菜に近いし、もしや……?


 だが、まだ判断材料が足りない。俺はもう少しだけ、二人きりの和室でシキから情報を引き出せないかと粘ることにした。


 シキが半紙へ書いていく、『世界平和』の文字を眺めながら。

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