おそらくそこにあるはずの破滅
蒼板菜緒
おそらくそこにあるはずの破滅
「おい、交代の時間だ。」
「ああ、もうそんな時間だったんですね。気づきませんでしたよ。」
「まさか、寝てたんじゃないだろうな。」
「ここ、殆ど明かりがないじゃないですか。時間感覚がおかしくなっちゃって。」
「気持ちは分かるがしっかりやれよ。大事なお役目なんだから。」
「分かってますよ。」
「さて、それじゃ引継ぎを頼む。」
「今晩も特に異常はありませんでしたよ。」
「了解。後は俺がやるから、帰って仮眠をとっておけ。」
「…。」
「おい、どうした。」
「あ、すいません。ぼーっとしちゃって。」
「しっかりしろよ、と言いたいところだが、お前来たばかりだったか。」
「ええ、2か月前に。」
「なら、大丈夫だ。新入りはそれくらいの時期にみんなそうなる。」
「はあ。」
「おおかた、自分が何のためにここに居るのか分からなくなったんだろう?」
「やっぱり、分かるんですね。」
「そりゃそうだ。何年やってると思ってる。」
「…怖く、無いんですか。」
沈黙。
「そりゃ怖いさ。でもな、怖くなきゃ務まらない仕事なんだ。」
「逆じゃないんですか。」
「そうだ。怖いと思っていられるうちは、ちゃんとやろうって思えるだろ。
俺たちが職務を果たしている間は、これ以上被害が出ることもない。やりがいのある仕事だよ。」
「それ、本当に僕たちがいることに関係があるんですか?」
燭台が照らす微かな明かりの中で、二人の男の影だけが揺らめく。
「じゃあ、おめは、この前の晩に横田んとこのばあ様が死んでた理由を説明できんのか。」
「あれは」
「あっこのばあ様は腰さ悪くして数年前から寝たきりだった。この中身は、そんなばあ様を嬲るだけ嬲って、あんな姿で門の前並べた。そんなばあ様を、わざわざあんな風にまでして殺す理由のある人間が、この村さ中にいるって、そういいてえんだな。」
「田隅のとこの若いせがれは、この中身が漏れてるところを見ちまった。あいつが、今どうしてるか知ってるか?誰とも目を合わせようともしねえで、床で芋虫みてえに這いずり回ってるんだ。田隅のじい様が言うには、せがれの中身も漏れてなくなっちまったんだど。」
「川上のとこの赤ん坊の件もそだ。まだ半年にもなんねえ、たまのような女の子だった。あそこの嫁さんが死ぬほど苦労して産んだ娘っ子は、この中身にさらわれて、冷たい冷たい川の水ン中で、頭がない状態で見つかった。そうじゃなくて、おめは、嫁さんがよそ見してたから、赤ん坊の事かまけてたから、嫁さんのせいで死んだっていいてえんだな。」
影が揺らめく。蝋燭の火に照らされて、いくつも影が重なって、ただ男たちに被さっている。若い男には、目の前で唾を飛ばしながら話す男が、先ほどまでの男とは同一の人物とは思えなかった。
「…すいませんでした。」
「分かればいいんだ。俺たちがここで外側を見張っておけば、中身がこれ以上漏れることもない。村のみんなも、必要以上におびえて暮らさなくて済むんだ。」
「そうですね。僕が分かっていませんでした。」
「いいよ。新入りには、みんなそうなるタイミングがあるんだ。」
「今の話を聞いて、なんだかますます頑張ろうって思えました。ありがとうございます。」
「なんだかそう言われると照れるな。年寄の戯言だよ。」
「そんなことないです。僕たちが、この村の平和を守ってるんだってことですもんね。」
「少し大げさかもしれないが、そうだな。若いうちはそれくらい張り切ってやった方がいいのかもしれない。」
「君みたいな若い子が、もっと村に来てくれるといいんだがなあ。」
「どうしたんですか。急に。」
「さっきの年寄の戯言の続きだと思って聞いてくれ。今年の稲の収穫も、あまり芳しくなかった。働き手に食わす飯も十分にないし、冬を越せるための飯はもっとない。でも、俺たちはこの村でなんとか生きていかなくちゃならないんだ。そのためには、自分から村のためにその苦を背負い込んでくれる、君みたいな若い子がいてくれると助かるなあと思っただけさ。」
「そんなの、言われなくたってやりますよ。僕この村のこと好きですし。」
「それはとても心強いな。その心持で職務に励めよ。」
「皆が、村のために、自分のできることをやっていかないとな。」
【トンネル・ビジョン(tunnel vision):暗いトンネルの中で前方の明るい出口だけを見るような、視野が狭まっている状態、「トンネル視」。】
おそらくそこにあるはずの破滅 蒼板菜緒 @aoita-nao
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