公爵令嬢ドロップキック・鉄茨と雷の死闘
銀星石
前編
ええ、はい。当時、私はパーティーのお客様達に飲み物を運んでおりました。
それはもう驚きましたとも。
なにせ我が国の第一王子ダニエル・ハッケンシュミット様が、メアリー・リヴィングストン公爵令嬢との婚約をいきなり破棄し、代わりに宰相の御息女であるカトリーナ・ウィンストン様を妻に迎えると宣言されたのですから。
しかもそれはダニエル様の独断であったようで、国王陛下も王妃様も絶句するほど驚かれていました。
ですから、そうですね。メアリー様があのような事をするのは当たり前だと思います。
あの、他の方には内緒にしてくださいよ? 私、あの瞬間を美しいと感じてしまったのです。
いえ、もちろんそんな風に感じてしまうのはいけないことだとは重々承知しております。でも、あなたもあの場に居合わせればきっと私の気持ちを少しは分かるはずです。
だって、それはそれは見事な……
ドロップキックでしたもの。
●
「ふざけんじゃねーですわーっ!!」
「ほぎゃー!!」
滑稽な悲鳴をあげながら、ダニエル・ハッケンシュミットは水平に吹っ飛ばされて壁に叩きつけられた。
「ダニエル様、しっかり!」
先程ダニエルが妻にすると宣言した少女、カトリーナ・ウィンストンが甲斐甲斐しく駆け寄る。
「ぐう、大丈夫だ」
意外にも彼は意識を保っていた。常日頃から「真の王は強い王」と豪語して鍛えているおかげだ。
コツコツとヒールの音を響かせながら、メアリー・リヴィングストンはダニエルに近づく。
「貴様、俺を足蹴にしやがって」
ダニエルは立ち上がり、メアリーを睨み上げる。ダニエルは決して背が低い男では無い。ある人物が普及させたメートル法換算で173センチはある。
だがメアリーはそれを超える186センチである。しかも今はヒールを履いているので、彼とは頭一つ分の身長差がある。
「ダニエル様、わたくしはあなたに愛想がつきました」
「それはこっちのセリフだ! いつも俺を見下す大女め!」
ダニエルとメアリーは婚約していたが、関係は真冬のように冷えていた。
原因は女よりも背が低いのが嫌だとするダニエルの安っぽいプライドだ。
だから宰相の娘を選んだのだろう。小柄で可愛らしくて従順。ダニエルが夢中になるのも納得だ。
「ここまでナメたマネをしやがったのですから、落とし前をつけさせてもらいます」
メアリーの周囲が陽炎のように揺らめく。魔力が強い怒りと反応した際に、しばしば見られる現象だ。
「わたくし、メアリー・リヴィングストンはダニエル・ハッケンシュミットに神前決闘を申し込みます。わたくしが勝利したのなら、ダニエル様は王位継承権を破棄してください!」
「なんだと!?」
ドロップキックを喰らったのとは別種の怒りがダニエルに宿る。
「ダニエル様、これはチャンスです」
カトリーナがダニエルにささやいた。彼女は男の心の隙間に入るこむ達人らしい。
「メアリーが王位継承権の破棄を求めるのなら、こちらはリヴィングストンの宝を求めれば良いのです」
「よし! ならば俺が勝ったのなら、サチコ・リヴィングストン公爵夫人が持つ全ての技術を俺に明け渡してもらうぞ」
ダニエルが神前決闘に合意した瞬間、パーティー会場にカーン、カーンと清らかな鐘の音が鳴り響いた。
天井を通り抜けて神々しい光が降り注ぐ。その場にいる誰もが見上げると、その先には天使の姿があった。
「聞け、人の子らよ! 神は合意ありと見なされた! 1週間後、決闘神殿にて神前決闘を執り行う。両者とも、神の前において恥ずかしくない戦いをするように」
伝えるべき言葉を伝え終えた天使は一瞬で姿を消した。
神前決闘は仰々しいだけの喧嘩騒ぎなどではない。神が見守るこの世で最も厳粛な対決なのだ。
●
ロナルド・ハッケンシュミットは第2王子でありながら国王をはじめとする国の重鎮たちから軽んじられていた。側室の子という出自に加え、病弱でほとんど自室にこもりがちなのが原因だった。
次男坊など所詮は世継ぎの予備。しかも予備としても役立たずなら価値はない。直接口には出さないが、王宮上層部はみなそう考えている。
王宮では盛大なパーティーが開かれているというのに、ロナルドは自室のベッドで書類と格闘している。どれもこれも、本来ならばダニエルが処理すべき案件だ。
仕事を押しつけてきたとき、ダニエルはこういった。
「その体ではパーティーなど出席できないだろう。退屈しのぎにこれでもやってろ」
まったく弟想いの優しい兄上だと、心の中で皮肉をつぶやきながらテキパキと仕事に取りかかる。
このような嫌がらせをしてくるには理由がある。母が違うためか、ロナルドはダニエルを遙かに超える身長190センチなのだ。
婚約者のみならず腹違いの弟よりも背が低い。ダニエルの身長コンプレックスは年々悪化するばかりだ。
ドアをノックする音。ロナルドが入室を許可すると、彼の側近の一人が姿を見せた。
「ロナルド様、ダニエル様とメアリー様との間で神前決闘の合意がなされました」
「そのようだな。天使降臨の光が窓からはっきり見えたよ」
報告を聞けば、ダニエルの暴挙でそうなったという。
「いかがなされますか?」
「神前決闘には干渉しない。そもそも必要ない」
もしダニエルが負ければ、繰り上がってロナルドが次期国王となる。ここでなんとしてもメアリーを勝たせるのが普通なのだが、ことロナルドにとっては全くその気が無かった。
ロナルドに野心はない。王族でありながら彼は、自らを国家という概念そのものに忠を尽くす者と定義しており、国が平和で民が幸福ならば、誰が王であろうとかまわなかった。
そもそも、ダニエルが地味な書類仕事を押しつけてくれたおかげで、目立たないが重要な分野においてロナルドが実権を握っている。彼にとって王になるかどうかは、仕事が増えるかどうか程度の問題でしかない。
「それよりも、ダニエルをたぶらかしたカトリーナだ。大方、王家との血縁関係という権益を狙った、父親のロバーツ・ウィンストン宰相の差し金だろうが、動きが不自然すぎる」
政治に生きるならば、根回しの上手さが重要だ。
例えば今回の婚約破棄についてだが、王家側が政治的契約である婚約を一方的に破棄するのは信用を大きく傷つける。権威というメッキが剥がれれば、すすれるうま味も減る。
そのため、メアリーやリヴィングストン家に瑕疵があり、婚約という契約に違反したとする状況をでっちあげ、王家に一切非がないとする根回しが必要となる。
なのに、一国の宰相に上り詰めたほどの男が、それをしていない。ある日突然、政治の素人に成り下がったような不可解さをロナルドは感じた。
「ウィンストン家を調査しろ。最優先でだ。人手が足りない場合は、優先度が一番低いエインズワース家の案件を中断して、浮いた人員を増援として送れ」
「かしこまりました」
身分の高い者は病弱王子と揶揄されるロナルドの家臣になろうとしない。そこで身分や性別を問わず実力重視で家臣を集めた。ロナルドの下ならば努力が報われるので忠誠心も高い。
神前決闘まで1週間。時間との勝負になるが家臣たちは成果を出してくれると信じている。
ロナルドはふと窓の外を見る。王宮の敷地内から、白い鳥のような外観をした物体が飛び去って行く姿があった。
「リヴィングストン家の〈鋼の白鳥〉か」
●
〈鋼の白鳥〉と呼ばれるそれは、サチコがこの世界にやってくる時に乗っていた並行世界間航行機である。運動エネルギーそのものを発生させて推力としているので、空はもちろん宇宙や水中でも行動が出来る優れものだ。
20年前、斎藤幸子という女性がリヴィングストン領に現れた。故郷の世界が滅亡したため、命からがらこの世界に避難してきたという。
サチコは故郷から持ち出したさまざまな道具と、彼女本人の優れた知識を使いリヴィングストン領を目覚ましく発展させた。今となっては他の領と比べてまるで別世界のようですらあった。
その功績を認め、ハインツ・リヴィングストン公爵はサチコを妻にすることで彼女の永住権を保障した。
「お母様、お父様、勝手に神前決闘を申し込んで申し訳ありません」
〈鋼の白鳥〉の機内でメアリーは両親に詫びた。しかし、叱責の声はなく、返ってきたのは包み込みような温かい言葉であった。
「あなたは何も間違って無いわ。なめてきた相手をぶちのめすのは貴族として当然のたしなみよ。たとえ王族が相手でもね。そうでしょう、あなた?」
「うむ、あの方を王にしてはならない」
ダニエルは腕っ節こそが王の資質と考える典型的な暗愚だった。その上、世界征服などと言う幼稚な野心をもっており、しばしばそれを公言にすることがあった。
今はまだ、国王をはじめとする上層部は、若者にありがちで血気盛んな夢と生暖かい目線を向けているものの、何人かは本気になっている。
「そう言う意味では神前決闘に持ち込んだのは上手かったわ。ダニエル様が第一王子である以上、政治的アプローチで王位から引きずり下ろすのは難しいし、かと言って強引にやれば内戦になるもの」
元々、神がこの地を治めるよう一人の男に命じたのがハッケンシュミット王朝の始まりだ。そのため、神前決闘の結果に王家は逆らえない。神の怒りに触れれば、王権を剥奪されるからだ。
それに第二王子のロナルドがいる。仮にダニエルが王位継承から脱落しても、色々な”損”は生じるだろうが致命的ではない。
「後は正々堂々戦って、ダニエル様をぶちのめすだけです」
「それでこそ私の娘よ。立派な子に育って良かったわね、あなた」
「うむ」
咎めるどころか応援すらしてくれる両親にメアリーは胸が熱くなった。この戦いは負けられないと、気持ちがより一層引き締まる。
領地にもどった翌朝、メアリーは稽古着に袖を通し、屋敷の庭に運び込んだ大岩を前にしていた。岩の直径はメアリーの背丈よりも大きい。
メアリーは気持ちを落ち着かせるようゆっくりと呼吸する。それから魔力を心臓と肺に集中させる。活性心肺法と呼ばれるそれは、母の故郷で編み出された身体強化術だ。
瞑想のような状態から一転、メアリーは大岩に拳を打ち込んだ
大岩の表面に亀裂が走る。
まるで嵐のような怒濤の勢いでメアリーは突きや蹴りを大岩に次々とたたき込む。岩が砕けて徐々に小さくなっていき、最後は砂となって跡形もなく消え去った。
「見事だ」
背後から聞こえる若い男の声を耳にした瞬間、先ほどまでの平常心と打って変わって心臓が跳ね上がった。
「ドラゴンマスク様、いらっしゃったんですね」
その男はドラゴンをかたどったマスクで素顔を隠していた。彼は1年ほど前、サチコに活性心肺法を習いに来た男で、その関係でメアリーとはよく組み手をしたり一緒に修行したりする関係になった。
素顔も本名も分からぬ相手だが、メアリーは悪い人ではないと思った。
理由は彼の肉体だ。強靱で美しく、なにより清らかな筋肉の持ち主だった。普通、人が体を鍛えれば、人より優れていたい、自分を理想の形にしたいとする我欲が宿ってしまう。しかしドラゴンマスクの筋肉にはそのような我欲が一切宿っていなかった。
ドラゴンマスクは他人のために体を鍛えていた。自分に宿る力は筋繊維の1本に至るまで、か弱き者たちのために使われるべきとする信念が宿っていた。
「神前決闘の話を聞いた。この国の未来のために過酷な道を選んだのだな」
「そんな大それたものではありません。ただナメてきた相手をぶちのめすだけで、たまたまそれがお国のためになっているだけです」
「そうなのか?」
マスクから除くドラゴンマスクの目がじっと見つめてくる。メアリーは頬に熱が宿り赤らむのを感じた。
「それよりも、一つお相手をお願いしてもよろしいですか?」
なかばごまかすようにメアリーは組み手を申し込んだ。
「喜んで」
ドラゴンマスクが構える。メアリーも拳を握った。
最初は軽い打ち合いで、徐々にペースを上げていく。やがて体が温まってきた頃に、ドラゴンマスクの拳から彼の”声”が聞こえてきた。
(そなたの心は今、深く気づいているのではないか?)
目は口ほどにものを言うが、格闘家にとって拳こそが最も雄弁にその内心を語る。
小さいとげが胸に刺さるような痛み。
メアリーは貴族令嬢には不要と恋を諦めていた。ダニエルとの婚約も国内の安定とそこからつながる民の平和のためだと、受け入れていた。
だがどこか期待があったのかもしれない。ダニエルとの間に愛はなかったとしても、仕事仲間くらいの信頼は生まれるかもしれないと思っていた。
だが、それは手ひどく裏切られた。国益のためならまだマシだったかもしれないが、単に
(心に傷を受けたとしても、それを怒りに代えてぶつければ良いことです)
実際、メアリーはその通りにして、ダニエルにドロップキックをぶちかました。
すでにメアリーは気持ちの整理をつけている。元気ハツラツと行かないまでも、拳を鈍らせるほど心は折れていない。
それよりもだ。
(なぜ、ドラゴンマスク様は悲しんでいるのです?)
ドラゴンマスクの拳には慚愧の念が宿っていた。今回の件で、彼はなぜ罪悪感を抱いているのか。
(自分の力を、メアリーのために使えない。目の前のだれかの助けにならないのなら、鍛えた意味が無い)
メアリーはドラゴンマスクの拳を手のひらで受け止めた。
どうしてこの人ではないのかとメアリーの心に悔しさが生まれた。
1年程度だが、互いに切磋琢磨し合った間柄だ。拳と拳で語り合えるほどに心が通じ合っているのに、自分はなぜこの人と同じ道を歩けないのだろうか。自分と結婚する相手がダニエルではなくドラゴンマスクであったらどれほど良かったことか。
その想いに気づいた時、メアリーははっとドラゴンマスクの拳から手を離す。
たった今自覚したそれは、願ってはならぬ願いとメアリーは知っている。自分は貴族だ、その人生は一人でも多くの人々を幸福にするために消費されなければならない。そのために恵まれた環境で教育を受け、贅沢な暮らしが許されているのだ。
「申し訳ありません。すこし疲れてしまいました」
気がつけばメアリーもドラゴンマスクも汗だくになっていた。
「そうだな。大事な戦いが控えているんだ。無理はしない方がいい」
「ええ、そうします。それでは失礼します」
自分の気持ちがドラゴンマスクに伝わらないでほしいと願いながら、メアリーは逃げるように去って行った。
●
神前決闘の当日となった。戦いの場となる決闘神殿には、天使が降臨したとき、その場に居合わせた者たちが立会人として集まっていた。
神殿はドーム状の構造をしており、内部中央には決闘を行うための祭壇があった。
祭壇の四方には柱が立ち、3本のロープを張った正方形をしている。この国が正方王国と呼ばれる所以がそこにあった。
ダニエルは装飾過多な鎧と剣で武装しているが、メアリーは軽装……いや完全な丸腰であった。せいぜい、肌にピタリとフィットする服をまとっているだけである。
「ダニエル様ー! 必ず勝ってくださいー!」
黄色い声援を送るのはカトリーナだ。国王をはじめとする立会人は厳粛な儀式に出席しているという自覚を持って、居住まいを正しているにもかかわらず、彼女だけはまるで見世物を観戦しているかのような軽薄ぶりだった。
メアリーは立会人席の方を見る。父はいたがその隣に母はいない。何でも急ぎ片付けねばならない案件があるそうだ。
母が見守ってくれないが、メアリーは気にならない。娘の勝利を確信しているから、わざわざ見守る必要は無いと判断し、別件の方に集中していると分かっているからだ。
神殿内に神々しい光が満ちる。それとともに現れたのは二人の天使であった。
片方の天使は白と黒のストライプの衣をまとい、もう一人は小さな杖を持っている。
この天使たちは神前決闘において必ず現れる。白と黒の衣の天使は公平さを司り、決闘における審判の役を担う。
杖を持つ方は言葉を司る天使であり、神前決闘の様子を神に伝える役割を持つ。
〈公平の天使〉は祭壇の中心に降り立ち、〈言葉の天使〉は戦いの様子が見えるよう祭壇の上空にとどまる。
「両者、前へ」
〈公平の天使〉に促され、メアリーとダニエルが中央に寄る。
「時にメアリー、リヴィングストン家には知識や技術を一瞬で身につける秘技があるそうだな」
「ええ、そうです。おかげでいろいろとはかどりました」
サチコが持つ道具には書物に記された内容を頭に直接送り込む物がある。それを使い、メアリーは貴族令嬢に必要なほとんどの教養をたった一晩で身につけた。それだけでなく、社会学、経済学、政治学などなど、国家運営にかかわる理論も習得も習得している
そうして学問を修める手間を省いて作った時間のほとんどは、書物を読むだけでは身につかない分野の訓練に費やした。
母サチコがメアリーの教育で特に力を入れたのは、戦う技術の訓練だ。体を鍛え、武術を体に刻み込み、そして魔物との戦いで経験を積み重ねた。
貴族令嬢としては全く不要な教養であるが、サチコにとってはそれらが最も重要だと考えていた。
何年か前になぜとメアリーが訪ねたとき、サチコは「今が明日も続くとは限らない」と答えた。故郷の滅亡を経験したからこそ、母は娘に思いつく限りの”生きる術”をたたき込み、逆境にあらがえる力を養わせたのだ。
今、メアリーは深く感謝していた。母の厳しくも愛に満ちた教育がなければ、この場に立つことすら無理だったろう。
「これより、神の御名の元に、神前決闘を執り行う」
〈公平の天使〉が右手を掲げる。天から
「はじめ!」
天使の手が振り下ろされ、ついに決闘が始まった。
「お前に前に勝ち、リヴィングストンの宝を奪ってやる。そして我が悲願を叶えるのだ」
「自分の背丈を大きくするのですか?」
「!」
不意に図星を付かれたダニエルは怒りを抑え込めなかった。
「殺してやる!!」
ダニエルが力任せに剣を振るった。
●
俺は立会人席の最前列に座っていたから、あのときの事は間近で見ていた。
その時のメアリー嬢は普通に立っているだけで、特に攻撃を避けなかった。で、ダニエル様の剣は彼女の肩に直撃した。
え? そっかからどうやって逆転したかった? なぜそんなことを聞く。絶望的? 大怪我?
……あ、あー! そうか、普通はそうだよな。メアリー嬢と面識がない者はそう思うのが当然だよな
それにしてもあのメアリー嬢が剣で大怪我か……はははは。ああいや、悪い。君を馬鹿にしたわけではないのだ。でも、彼女の事をちゃんとしっていれば、俺が思わず笑ってしまったのも分かると思うぞ。
結論から言うと、楽勝だったよ。あの後、メアリー嬢は一発でダニエル様をのしてしまった。なぜなら……
ダニエル様の攻撃は彼女に傷一つつけられなかったからな。
●
「あーっと! これはどういうことでしょうか! ダニエルの攻撃が直撃したというのに、メアリーは無傷! 無傷です!!」
〈言葉の天使〉が杖に向かって叫んでいる。あの杖は神具の一つであり、天界にいる神に言葉を伝えられる。
「そんな、馬鹿な。その服のおかげか?」
「確かにお母様特性のコレは特別に頑丈ですけれど、別にそれだけではありませんわ」
たとえ刃が通らなくとも、全力で鉄の塊をたたきつけたのだ。普通ならば肩の骨が粉々に砕ける。では一体どういう仕掛けか? 実は仕掛けでも何でも無い。
メアリーはダニエルの剣を素手で握った。
「これ、宝剣としては立派ですが、実用性では二流品です」
「は、はなせ!」
ダニエルが思いっきり引っ張っても剣は微動だにしない。それどころか、剣を握るメアリーの手のひらは全く斬れていなかった。
シンプルにメアリーの体が頑丈なのだ。従来の強化魔法はパワーを上げるのみだが、活性心肺法は知性を除く人体の全能力を上げる。
「もう、終わりにしましょう」
メアリーはダニエルにビンタした。瞬間、衝撃がダニエルの脳を揺さぶり、彼の意識を一瞬で暗転させる。
「ビ、ビンタ! ビンタです! 世の女性たちが不誠実な男にするのと同じように、メアリーの放った一撃がダニエルをノックダウンさせました。そう! たった一撃です!」
「ワン、ツー、スリー……」
〈言葉の天使〉が興奮気味に実況し、〈公平の天使〉がカウントを始める。神前決闘において勝敗は三通りある。対戦相手が死ぬ、降参する、もしくは倒れたまま10カウントが経過するのいずれかだ。
メアリーはあえて手加減した。もし全力でビンタすれば、彼の頭はコマのように高速回転してねじ切れる。さすがに王子を殺すのは良くない。
「エイト、ナイン、テン! 勝者、メアリー・リヴィングストン!」
「決着ぅぅぅぅ!! 神前決闘は決着しました。長い歴史の中、無傷かつ一撃で勝利した者は彼女が初めてでした!」
カンカンカンと聖鐘がメアリーの勝利をたたえた。
「そんな、俺が負けるなんて」
ダニエルが意識を取り戻し、よろよろと立ち上がるがもう手遅れだ。
「ダニエル様!」
カトリーナが涙を流しながら祭壇に上がる。
「ああ、カトリーナ! 負けた俺を許してくれ。だが俺はお前を……」
ダニエルが語ろうとした愛の言葉は遮られた。カトリーナのラリアットを首に受けたのだ。
鎧を着込んだダニエルの体がくるりと回り、背中から祭壇に叩きつけられる。
「なぜ」
ダニエルの問いにカトリーナは答えず、貫き手で鎧ごと彼の心臓を貫いた。
「まったく使えない男ね。勝てなくとも消耗させる位は期待していたのに」
カトリーナが悪魔のような笑みを浮かべる。直後、その場にいる誰もがその通りだと思った。
「こ、これはどういうことでしょうか!? カトリーナがダニエルを殺しました!」
想定外の事態でも〈言葉の天使〉は己の職務に従い、目の前の出来事を神に伝え続ける。
カトリーナが変身する。見る者全てに恐れを抱かせるその姿は、紛れもなく本物の悪魔であった。
「なんと言うことでしょうか! 悪魔です! カトリーナが悪魔に変身しました!」
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