第11話 花咲く少女の昼下がり
住宅街を彩る植林樹の並木道を真っ直ぐと進むと目的の家、エルトリアの家へとたどり着いた。
エルさんの家は立派な二階建てでありながらも少スペースの庭を有しており、昇格祝いの時にここでBBQをしたのも懐かしい思い出だ。
「エルさんは勝手に入ってくれとは言ってたけど、さすがに勝手に入るのは悪いわよね.....」
ケミィは扉の前に立ち、数回ノックする。
リズム良く鳴らされたノック音は家の中へと響き渡るが、返事は無い。
しばらく待ち、再度ノックをするとやっとノック音に気づいたのか寝間着姿のままでエルフの少女が慌てた様子で現れた。
「どちら様かしら?」
扉を開き現れたエルフの少女は、小麦畑を彷彿とさせる鮮やかな金髪。その存在を守りたくこなるような優しい童顔。
彼女は不思議そうに私の顔を覗き込んでいる。
その美しさに一瞬惚けてしまったせいで、私は反応に遅れてしまった。
「あっ、エルさんに頼まれて来ました。ケミィ・リエールと言います」
「そうなのね、待っていたわ。私、ルミナリア・ハープティって言うの。どうぞ、上がって。まぁ、私の家では無いのだけどね」
二階へと上がる階段を登り少しながらも会話を続ける。
酷い怪我を負った身でありながらも彼女はハツラツとした様子だ。そんな彼女は私が一生懸命両手で白い木箱を持ち運ぶのを不思議そうに見ている。なにか思うことでもあるのだろうか?
「貴方そんなに大きな白い木箱.....多分医療道具を入れてるのだと思うのだけど、
と彼女はさも当然のように貴重な品である
「 私のようなしがない冒険者じゃ個人で買える物じゃないですよ!せいぜい魔物の素材を運ぶためにパーティー共有の物が一つですし.....」
多くの物品を収納するという画期的なアイテムではあるが、ひとつ欠点が存在する。
それは空間拡張の魔術を扱える者が極端に少ないということだ。
空間魔術とは風属性の分野に属する希少魔術だ。別に習得するのが途方もない程に難しいと言う訳では無い。
では何が問題なのか?それはズバリ、適正者がとても少ないのである。
風属性の適正事態は特に少ない訳では無い、風属性の中でもそこから空間魔術の適正がある者がとても少ないのだ。
故に空間拡張を施された
それは中堅層の冒険者の二ヶ月分の給料に匹敵し、馬車一個分ともなれば百万ジェルは超えるだろう。
「ごめんなさいね。私、あまり世間の価値観に詳しくなくて.....」
「いえいえ、ルミナリア様となれば生活基準もだいぶ変わるかと.....」
実家にいた時に感じた周りの恭しく接してくる喋り方をする彼女にルミナリアは眉をひそめる。
「敬語で喋らくてもいいわよ。私、里を無理やり抜けて来た身だし、そんな敬われる立場じゃないのだわ」
「そう、わかった。普段の私の喋り方で喋るね」
少し早変わりすぎる気もするがそういう切り替えの速さが冒険者故なのであろう。
二人とも距離感を探りつつ、二階の部屋へと到着した。
ケミィは包帯と複数の薬を取り出し、エルトリアのメモにしたがって治療を始める。
「薬を塗るから服脱がせるね」
「ちょっと!そこまで介護される程弱ってないわよ」
ルミナリアはそう言うと自ら寝間着を脱ぎ、その身体を露わにする。
脱ぎ去った服に引きつられ、プルンっと跳ね上がるふくよかな胸元から、弧を描く様な引き締まった腰つき。細身の多いエルフ中でも、彼女は均整が取れており、尚且つ肉厚的な肢体をしている。
「なっ!?なかなかの火力!ぐぬぬぬ、私にもこれだけあれば.....」
「なにか言ったかしら?」
「い、いやぁ別に何もないよ?」
これでも体付きには自信があったのだが、彼女の体を見せられては焼きたくもなるというもの。
私だってこれでも大きい方なのよ?だけど彼女は違う。ただ大きい私と違って均整が取れており、体全体とベストマッチしてるのだ!そう言わば美乳というやつだ。
ケミィは彼女の体に軽い嫉妬を抱えつつ、医療用のハサミで彼女の傷を覆う包帯を切断してゆく。
包帯の中から露になったのは青紫色に変色し、痛々しく熟した肌であった。
「っ!?ルミィ貴方生きてるの?」
傷口を見た彼女の強烈な驚きよりも、自分がまさか家族以外から愛称で呼ばれたことの方に、驚きを隠せない。
「るっルミィ?まさか私のこと?」
「えっ、嫌だった?」
「いや、別にいいわよ.....///」
家族以外から初めて呼ばれる愛称にルミナリアは頬を少し赤らめ、照れながら治療を受ける。
「しみるかもしれないけど、我慢してね」
ケミィは木箱から取り出したコットンに
「っん.....なかなかに染みるわ」
しばらくの間、沈黙が部屋を支配していたがこの空気に耐えかねたケミィが、何とか話題をひねり出す。
「ルミィはどうして里を抜け出してまでこの街にやって来たの?」
その質問にルミナリアはどう答えるべきか、叔母の知名度の事を考えれば直接言うのは最悪彼女に距離を置かれてしまうだろう。
そう考えたルミナリアは叔母の名前とエルを訪ねた本来の理由を避けて、概要だけを彼女に伝えることにする。
(まぁ、昨晩の酒場でバレバレではあるのだが)
「詳しくは言えないけど、私の叔母が酷い病気に罹ってね。それで叔母様の知り合いである彼に頼りに来たの。だけどいざ来てみればこのザマよ。叔母様が言う人物像には程遠くて、私が必死に頼み混んだのに知らないフリして挙句の果てには殺気を込めて睨んできたのよ!?ほんと最悪なのだわ」
彼女は余程鬱憤が溜まっていたのか、彼への文句タラタラと流れ出る。
「うーん、まぁルミィが言わんとすることは理解できるよ?だけどそういう頑な部分もあるけど、ああ見えて結構面倒見がいい人なんだよ」
「面倒見がいい?あの頑固で人の話を聞かなさそうな彼が?」
「まぁ、そう言ってもなかなか信用できないか.....それじゃあ少し昔の話をしようか」
話始めようとすると自然と口が綻び、懐かしさのあまりに笑みがこぼれる。
「そうだなぁ〜あれば多分二年前の事だったんだけどね。パーティーを組んだばっかり私たちって結構無茶しててさ、あろうことかオークの巣を襲撃しようとしたのよ」
それは懐かしき過去の記憶、冒険者という職業に憧れ里の教会を抜け出し、駆け出し冒険者として冒険した日々の記憶が思い起こされる。
「オークの巣ですって?そんな冒険者に詳しくない私でも無謀だと言うのは分かるわ」
オークとはその名が広く知れ渡ってるいるように食卓の定番魔物だ。
しかし、そう侮るなかれ彼らは二足歩行の豚に見えてある程度の知能を有し、その分厚い脂肪は並大抵の刃は通さぬ程分厚いという。
「ほんと呆れちゃうぐらいにバカでしょ?まぁ、当たり前のように呆気なく返り討ちにあって皆命からがらバラバラに逃げたんだけど、私とファルシュ.....あっ、ファルシュってのは私のとこのリーダーなんだけど、そのファルと私二人だけ逃げた先で【レッドリザード】って呼ばれる亜竜の一種に見つかってしまったの」
「亜竜って.....貴方達つくづく運が悪いわね」
亜竜とは竜種の近縁種であり、竜種の強さには程遠いがそれでも竜の名を冠するように強力な魔物である。
「新米冒険者なり私達二人は抵抗したのだけど、後衛だからって油断してた私をファルが庇って追い込まれちゃってさ、私達二人の命が潰えるも間近というその瞬間!あのエルさんが助けに来てくれてたんだよ!」
そう語る彼女はまるで白馬の王子を見つめる乙女のような、あるいは英雄譚に憧れる少年のようでもある。
「まぁ、その後全員揃ってこっぴどく怒られてさ、エルさんにはもう一生頭が上がらないよ。長々と語ったけど、要するにエルさんは頑固だけど良い人ってこと!だからさ、もう少し優しく接してあげて?エルさん結構気にしてたから」
「はぁ、貴方が言うのも分かるけど....」
未だ歯切れの悪い彼女にもう一押し、声をかける。
「それにこの軟骨だってインフェリア迷宮国から産出される希少な素材を使って生産されためっちゃ貴重な軟骨なんだよ!エルさんだってあんな態度かもしれないけど、色々気にかけているんだよ」
ケミィの熱弁にとうとうルミナリアが折れ、納得する形で話は着地点を迎えた。
「はぁ、わかった。あの爺さんに酷く言うのは控えるわ」
「うんうん!そうしてあげて。エルさんもあぁ見えて繊細だから」
一通りの治療は完了し、一番怪我が酷い腹部に軟骨を塗って治療を終える。
「はい、バンザーイして。包帯巻くから」
「ちょっと、あまり子ども扱いしないでよ。貴方、私とそこまで歳変わらないでしょ?」
「うん?私、こう見えて百歳超えてるよ?」
「なっ!私より年上だったの!?」
彼女達エルフ族は悠久の時を生きる一族のひとつであり優に千年近くは生き、人族の中でも一、二を争う程の長命種である。
それ故に、エルフ族の肉体的成長は百歳を超えると個人差はあれど成長が止まるため、同族間でも度々年齢に対しての勘違いが起こりやすい。
「まぁ、そうだよねぇ〜私達エルフって寿命も永くて外見年齢がほとんど変わらない影響で勘違いすること多いよね。逆にルミィは何歳なの?」
彼女が年上だと気づいたこともあってか、ルミナリアとしてはやっと掴めていた距離感がケミィの歳上という事実によって離されてしまう。
「なっ、七十八よ.....」
「へぇー!そんな若いのに出てきたの!学園とかどうしたの?ルミィの年なら今頃、最高学年じゃない?」
「学校は今年の春に飛び級して卒業したわ」
「そうなんだ、ルミィは頭いいんだね。いやぁ飛び級だなんて親御さんだって鼻が高いよ!」
「ふっ、どうせ特に思ってないわよ。仕事だからって国を出て行くような人なのだから」
「まぁまぁ、そんな卑屈になっちゃダメだって!ほら元気だして!」
「ふふ、ケミィは私を励ましてくれるのね。なんだが姉ができたみたいだわ」
「困ったことがあればこのケミィお姉さんに相談してくれていいからね!同族のよしみなんだし」
一時は離れてしまった二人の仲もまた近づく。程なくして包帯も巻き終わり、ルミナリアの手当てが完了する。
『我が癒しは愛しき者達への祝福である、汝の肉体に幸あれ』
【
ケミィの詠唱と共に、陽だまりの様な暖かい緑光がルミナリアの身体を包む。
「これは.....もしかして治癒魔術?」
「私の治癒魔術で治してあげれたらいいんだけど、さすがにここまで酷いとなると気休め程度しか出来ないかな。ごめんね」
「それでも治癒魔術をかけてくれたことには変わりないわ。ありがとう、ケミィ」
ケミィが歳上というハプニングはあったが、同族ということもあって彼女達二人はすぐに距離を取り戻し、会話に花を咲かせ交友を深め合うのであった。
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