第9話 酒宴と騒乱は酒場の華
そうここは、日中に己の血と汗と魔力を使い果たした者達が明日への英気を養うべく、日が暮れるとこぞってやってくるギルド併設の酒場【バッカスの宴】
酒場を見渡すと見知った顔ぶれを見つけたので、その席へと向かう。
「よう、元気してたか?【蒼天の狩人】」
呼び掛けた声と共に、こちらに振り返ってきたのは右から今日のお昼も出会ったリーダー兼前衛剣士の【フォルシュ】僧侶の【ケミィ】前線のタンクを担う【カタロフ】そして中衛と遊撃を担当する狩人の【カレン】
以上四人を持ってして今期待の大新人である【蒼天の狩人】のパーティーメンバーだ。
「あっ、エルさんじゃないですか!お久しぶりです」
そう一番に声をかけたのは、このパーティーの常識役兼まとめ役のケミィであった。
彼女は一般的なブロンドヘアに特徴的なエルフの耳を持ち、白の僧侶服に身を包んでいる。
「それじゃ、お邪魔するぜ。姉ちゃんエールとツマミを適当に頼む」
「了解でーす!」
席に座ると同時にバタバタと忙しく働く店員に注文を告げる。
そこに文句を言いたげそうにこちらを見つめるフォルシュの姿があった。彼の口は開かれ、エルへの不満が流れ出る。
「エルさん!馬鹿でかい爆発が起きてから特に説明も無く勝手に消えて、救護者担いで戻って来たと思えば、ギルドに対する説明を僕に丸投げって酷くないっスか!?」
彼はアトルの森へ向かった後、どれだけ自分が苦労したのかを切実に語り始めた。
「あぁ、そりゃ悪かった。あん時は急を要する状況だったんでな。それに今更俺の無茶ぶりぐらい慣れたもんだろう?ならこれも一種の経験だと思って受け止めろ」
「これも経験かぁ.....ってそうじゃないっスよ!?俺がエルさんの分含めて爆破の余波で溢れた低ランクの魔物の後処理とギルドに緊急依頼の報告までしたんですからね!?何時間取られたとおもったんですか!?だいたいエルさんは――」
「はいはい、貴方のどうでもいい茶番は置いといて、昼から緊急の対応に当たったそうですけど、何があったんですか?」
そう熱弁する彼を押しのけてケミィが昼間の事件について質問を投げかけてくる。
「正午過ぎにヘルウルフの群れが森の浅瀬で発見されてな。魔物を追っ払うのと救護者の救助に向かったって訳だ」
「そういう事があったんですか、それにしてもアトルの森の浅瀬となれば、隣国のエレボス迷宮国との要衝ルートがあるところですから、かなり問題になりそうですね」
「おまたせしました!」
昼に起きた問題について話していると、快活良く店員の少女が料理を運んで来てくれる。持ち運ばれたエールのジョッキを口元まで運び、喉を潤すべく勢い良く飲む。
「ッゴクゴク、ぷはぁ....まっ、近々原因究明にギルマスが冒険者を派遣するだろ」
「話変わりますけど、結局あのエルフの少女はどうなったんスか?」
「エルフの少女?この辺では珍しくないかい?」
ファルが発した言葉が不思議なようで、答えを得ようとこちらを見つめるのは、漆黒の髪を短髪で揃えた猫獣人のカレン。
彼女の言うようにここ、酒都ブルゴーニュから森王国は広大なアトルの森を挟んだ先にある国であり、行商人以外ではこの街にエルフが来るのは珍しいのである。
「それについては俺が答えよう!昼頃エルさんと稽古が終わり、昼食を取っていると突如エルフの少女が叔母の病を治すべく、エルさんに手伝えと乗り込んで来たのだ!」
エルが口にしようとすると酒によりテンションが上がっているフォルシュが代弁してくれる。
「それもあろうことか、エルさんがあの大英雄と同じ人物だ!って言ってイチャモンつけて来てさ、そんなわけ無いっちゅうのに。ほんといい迷惑ッスよ」
「まっそういうことだ。それとあいつ名を
ケミィにとっては衝撃的な、それも自身がいきなり幻のSランク冒険者に認定されるほどの、驚きの事実がエルの口から告げられた。
「えぇぇぇぇぇッ!?
ケミィはその名を聞き、驚きのあまりバタンっと手を着き前のめりに体を出してくる。
「あぁそうだ、ギルドに尊大な態度で踏み込んで来るだけはあるらしい」
そこに疑問を浮かべるのは小柄な体躯ながらも、溢れんばかりの筋肉を身に纏うドワーフのカタロフが不思議そうに首を傾げている。
「そんなにすごいもんなのか?」
ケミィはその発言に目を開き、呆れたように説明をする。
「バッカそんなことも知らないの!?ハープティと言えばエルフ族の中でも超有名な魔術大家であり、六大英雄が一人【魔導の開拓者】カルディナ・ハープティを排出した超有名な魔術師の一族よ!これだから日頃、情報収集をカレンに任せっぱにして話を聞いてないから、こういう時につまづくのよ!」
そう熱弁する彼女をよそにカタロフは全く興味が無さそうに返答する。
「まぁ、俺は酒が飲めたらそれでいいからな。そこら辺はお前らに任せとけば事足りるだろう?」
自身の役割では無い、そう言い切って彼はまた酒とツマミに舌鼓を鳴らし、その姿を見たケミィは頭を痛そうにするのであった。
「はぁ、とにかくハープティ性で叔母となれば大賢者カルディナ・ハープティしかいない。ということはあの噂は本当なのね.....」
「噂ってなんだよ?ケミィ」
ファルが質問する。
「いや、ほんと風の噂程度の話なんだけど....大賢者カルディナが難病に罹って動けない状態って噂が、この前の依頼で森王国に行った時に聞いたの。私も法螺話かと思ってたのだけど、この感じからして本当のようね.....」
彼女にとって大賢者カルディナとは、魔術を扱う者として偉大なる存在でありながら目指す場所であり、またエルフ族の象徴的存在である彼女が難病と知れば、否が応でも不安になる。
だが、彼女の暗い雰囲気をぶち壊すが如くテンションの上がったフォルシュが間に入って来る。
「というかエルさんどうやってハープティの家系の人と知り合ったんすか!?そんな超有名なところとお知り合いって凄すぎますよ!」
フォルシュが答えづらい質問を投げかけてくる。「馬鹿正直にあの大英雄です」なんて答えて誰が信じる?適当に妥当な答えを選び抜き彼に伝える。
「まぁ若い頃にエルフの魔術師とパーティーを組んだことがあったからな。そいつ経由か、一昔前は討伐依頼で各国を渡り歩いていたから、それで俺の名前を知ったんじゃないか?」
その答えに感激したらしく、フォルシュは酒の勢い余って子供のようにはしゃいでいる。
「うおぉぉぉすげぇ!さすがAランクともなればそんな名家の御息女に認知してもらえるとは!俺ももっと頑張って冒険者として世界に名を轟かせて見せるッスよ!」
「はいはい、わかったから落ち着きなさい!子供もじゃないんだから。もっとリーダーらしくしっかりしなさいよ」
そうケミィにたしなめられる。しかし、なんやかんや暗い雰囲気でも、場を選ばない彼の少年っぷりがこの三人を焚き付けたのかもしれない。
ケミィは呆れながらも、笑みをこぼしながら彼を諭し、カタロフはガッハッハッと豪快に彼が怒られる様を肴に酒を仰ぎ、カレンはその光景を宝物のようにうっとり眺めている。
それは在りし日の六人の英雄達のように、彼らは語らい、夢に思いを馳せ、まだ見ぬ冒険に心を踊らせる。
『ワッハッハお前さん達、今日は祝勝会なんじゃからとことん呑むぞ!』
『あのぉ.....スラヴァさん明日もまた残党処理があるので、ほどほどにした方がいいと思うですけど.....それにあまり飲まれると旅資金の方が困るですよぉ.....』
『おいおい堅いこと言うんじゃないよジェームズ!今日はあのカラノト要塞を陥落させたんだぜ?今日呑まなきゃいつ呑むんだよ?ねぇカティ!』
『そうだな、ガーベラの言う通りだ。今日ぐらい羽目を外すのを許してやりなさいジェームズ。物事には緩急と言うものが大切だ、今日ぐらい財布の裾を緩めても問題は無いさ』
その情景はなんとも眩しく、懐かしい光景なのだろうか.....それはエルにとって、かけがえのない思い出であり、また苦しい過去の思い出でもある。
(こいつらは俺にゃあ眩しすぎる.....そろそろ帰るか)
「それじゃあ俺はこれでお暇させて貰うわ。それじゃまたな」
「お疲れ様ッス」
「お酒は程々にしといてくださいよ」
「エルさんや、また一緒に酒を飲みに行きやしょう」
「エル爺ばいば〜い」
各々それぞれ別れの挨拶を言う。
「おう、またな」
エルは別れを告げるとガヤガヤと賑わう酒場を後にし、一人街灯が照らす夜道を帰るのであった。
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