第7話 無鉄砲な少女の決意


「あぁくそッ!なんで森の外周にコイツらが群れで湧いてるの!?そんなの話が違うのだわ」


私は今、ヘルウルフの群れと戦っている。いや正確には命からがら逃げ回っていると言うのが正しいのだろう。


まさか私だって、こんなことになるとは思わなかったのよ。あぁそうよ、あれもこれも全部あの頑固爺さんが全て悪いのだわ!



事の発端は数時間前に遡る。



彼女はギルドを飛び出て、スナックタイプの軽食を取りながら怒りを吐き出していた。


「もうなんなのよあの爺さん!?私が懇切丁寧に頼んだのに、まともに話すら聞かないなんてどういう了見なのよ!本当失礼なのだわ」


彼女こと【ルミナリア・ハープティ】は叔母の病を知り身内の制止を振り切って、エルフの里から抜け出してきた。

その時、たまたま酒都を拠点とする冒険者と出会うことができ、何とかお願いして多くの街を共に行き渡り二ヶ月を経てやっと到達してみればこのザマである。


「あの大戦を勝利へと導いた大英雄と叔母から聞き、この街に来てみれば待っていたのは老けた頑固爺さんだし、こちらの願いは跳ね除ける一方で聞く耳も威厳も無い。

詩人達が歌う大英雄とは程遠いのだわ!」


叔母様の名前を言っても、叔母様と他の四人の大英雄達との"絆の証"である金色の鈴を示しても過去の関係を拒絶されてしまった。

だけど、私だってそう簡単に引き下がれない。


里の家族や知り合い達は心配してるだろうし、なんの成果も得られず易々と帰れるわけが無い。

カルディナ叔母様のためにも私頑張らなくちゃ!



(まぁ彼女が里の外に出るよう唆したのは叔母であるカルディナ自身ではあるが.....)



「はぁどうすればいいのかしら.....」


なかなか彼を説得する案が思いつかず、街の中央にある噴水広場でベンチに腰を掛けながら何とか頭を捻っていると、ギルドへと向かう冒険者の一団が目に入る。


その瞬間、雷に打たれるが如く、全てを丸く収めるアイデアが降り注いだ。


「そうだわ!冒険者である彼を納得させるなんて単純な話だったじゃないの!」


彼女が考え着いた答えとは、


――――それ即ち魔物の討伐である。


冒険者にとって己の実力を示すとなれば魔物の討伐が一番、理にかなっているだろう。

荒くれ者の集まりでもある冒険者達が自身の力を示すのによく使われる手法だ。


「郷に入っては郷に従え」この言葉の通り冒険者である彼を納得させる判断材料としては充分な物だろう。


「そうと決まれば行動するに越したことはないわ。それに万が一があっても、


そうして、良くも悪くも中途半端に実力を保持していた彼女は【アトルの森】の中へと踏み入ってしまい、そして今に至るわけだ。


彼女を慢心させたのはエルフとしての高い魔力、そして中途半端に剣の実力を持っていた彼女は、周りのエルフ達に褒めちぎられ自己を客観視する能力を曇らせた結果、ただただ自尊心ばかりが肥大化していたばかりに自身の実力を見余って【単体脅威度Bランク】であるヘルウルフに手を出してしまい、命からがら逃げているという訳だ。


魔物と戦う冒険者プロフェッショナルでも無い、剣術が扱える程度の一般人が魔物が蔓延る森の中へと立ち入ったならば当然の理である。



だが彼女とて無策で挑んだ訳では無い、彼女には秘蔵のアイテムがあるのだ。

しかし、それを使用するにしても時期尚早と言えるだろう。そのアイテムは貴重なアイテムであり、彼女にとって思い出の品でもある。


だが、それを使わねばいけない時も近い。



「あぁもうなんて執拗い奴らなの!アンタら全員相手なんかする気は微塵も無いのだわ!」


恨み節を吐きながらも、エルフとしての森への高い環境把握能力に加え、鍛え抜かれた肉体を巧みに扱いヘルウルフ達からすいすいと逃げ回る。


しかし、この森は自分たちの庭だと言わんばかりにヘルウルフ達も彼女に合わせてどんどん速度を上げ、彼女を覆い込むように追い込んでくる。


「あぁもう、ほんとしつこいわね。何分走ってると思うのよ!かくなる上はコレを使うしか.....」


そして腰に身につけたポシェットから煌びやかに輝くひとつの宝石を取り出す。

取り出したのは、宝石と見間違わんばかりの輝きを放つ魔力が内包された、魔獣達から取れる石――通称【魔石】と呼ばれるものだ。


彼女が取り出した魔石はただの魔石ではなく【魔宝石】と呼ばれる魔石の中でも特に純度が高く、そして高位の魔獣からしか入手出来ない貴重な代物だ。


魔宝石ともなればたった一つで、その内包する魔力は一般の魔術師の数倍は秘めているだろう。

その中でも、彼女の取りだした赤色に輝く魔宝石は【灼熱の女王サンシャイン・ルビー】と呼ばれる魔宝石の中でも高位に位置する魔宝石だ。


コレを使用することに躊躇い、一度強く握りしめ、また手を開き、魔宝石を見つめる。呼び起こされるのは遥か昔の記憶。

それは遠い過去、彼女が叔母からプレゼントとして渡された彼女と叔母を繋ぐ、思い出を象るひとつの魔宝石。


「ごめんなさい、カティ叔母様.....」


そして覚悟を決め、魔宝石に無理やり魔力を流し込み、ヘルウルフに目掛け思いっきり投げつける。

魔宝石は許容量を遥かに超えた魔力を流し込まれたことにより、カタカタとその姿を震わせ、紅く発光し、次第に蒼白い極光を放ち始める。

それはまるで遠き彼方に輝きを放つ星々の最後を彩るかのように、魔宝石は最後の輝きを発する。


そしてその時は訪れる。


許容限界を越えた魔宝石は見事にその存在の最後を彩るが如く、投げつけられた彼女の後方一体を灼熱によって焼き尽くす。

それはまるで天をも貫く地獄の業火のように――



「きゃっ!?」


灼熱の余波により彼女は強く吹き飛ばされた。

数メートルも吹き飛ばされ、ゴムボールの様に数回バウンドした後、何とか歯を食いしばって地面に両手を着いて起き上がり、軽く砂埃を払う。


「ああもう、爆風のせいで全身砂だらけだわ。街に戻って体を洗わないと。あれ?砂埃なのはいいけどやけに体が軽いのだわ」



そしてようやく腰周りに目を向けると、あるはずの自身の相棒である直剣が無いことに気づき慌てて周りを見渡す。


「あっ!?私の剣が無い!」


どうやら爆風の影響で留め具が壊れてしまい、直剣が鞘ごと吹き飛んでしまったらしい。

直剣は彼女のいる場所から数歩離れた道端に落ちている。


打ち身の身体を何とか動かして、直剣の元まで走り込み武器を拾えたことに安堵したのも束の間、威勢よく走り飛びかかって来るひとつの物陰があった。

それこそ、先程まで追って来ていたヘルウルフの一体が彼女の命を刈り取ろうと、その鋭い爪腕を彼女に向けて振るわれる。


「ッ!?」


とっさの出来事により、ルミナリアは胴体を堂々と晒していたため、腕を何とか交差させようとも虚しく、右肩口から左脇腹まで深々と鋭き爪腕で抉られる。


「ッッッッッツツツツ!!」


声にもならない絶叫が森の彼方まで響き渡る。


「はぁ、はぁ、なんで、私...がこんな..目に、合わなきゃ...っっいけないのよ.....」


胸元を抉られる瞬間、恐怖により一歩後ろに足が下がったことが功を奏したようで、酷く胸元が焼けるような痛みを伴っているが、死ぬことを免れたようだ。


だがそれでも致命傷なのには変わりない。


一体でも勝てるかどうか怪しいヘルウルフが遅れてぞろぞろと、その数を増やしている。

胸を引き裂かれ、何とか這いつくばって木の根元まで逃げたがヘルウルフはまるで獲物を痛ぶって弄ぶかのような笑みを浮かべ、私が恐怖するのを楽しんでいる。


何たる屈辱なことか、【森の番人】とも呼ばれるエルフがこのザマでは親族諸共、同族の者にさえ顔を見せれない。


「な...に見て.....るの....よ.....!」


ヘルウルフはそろそろ飽きたのか、私の息の根を確実に止めようと、一歩、また一歩と、ゆっくりとこちらへ近づいてくる。


「死にたくない.....まだ死にたくないのよ.....私にはやらなきゃいけないことがあるのにッ.....」


弱々しくも泣き言を吐いてはみるが獣に対してそんな訴えも虚しく、自身の命が潰えるのも束の間の問題だろう。

やがて来るであろう死を覚悟し瞼を強く閉じる。


(あぁ馬鹿な私はここで死ぬのだわ.....)


深い絶望と後悔が胸を満たし、死という逃れられない終わりの事実がやってくる。




だが、その時はやって来なかった。




目を開くと先程まで燦々と太陽が森を照らしていたのにも関わらず、森はニメートル先も見渡せないほどの濃霧に覆われていた。


今、何が起きた?ドクドクと血液が流れ出る胸元を押えながら、必死に思考を巡らせる。しかし突如現れた霧の影響か、あるいは多量に血を流し過ぎた影響か、思考は鈍化し、目は霞み始め、まともな判断が出来ない。


とにかく魔獣達がどうなったか周りを見渡すと、ヘルウルフは突如変化した状況に驚いたことにより、彼女の一歩手前から警戒して近づこうとしない。

この霧のおかげで一時の猶予はできた、しかしその猶予も僅かなものだ。

徐々にだがヘルウルフ達の殺意が向き始めている。彼女の意識も薄らぎ始め、今度こそ彼女の命が潰えようとしたその時、


――――老いたる一人の冒険者が現れた。


それはまさか少し前に自身の話を全く相手どらず子供を追い払うが如く、雑に私を追い払った大英雄の姿であった。

今になってなぜ彼が助けに来たのか?それは分からない、だけど第二次魔神戦争でその名を轟かした大英雄が助けに来たのは事実だ。


私はなぜかその大きく、たくましくて、優しみのある背中に今度こそ、安全で確かに自身が生き残れると実感してしまい、泥のような眠気に襲われ深い眠りに落ちてしまう。


意識を手放したのにも関わらず、夢なのかはたまた現実なのか、それは定かではないが筋肉質で皺枯れた老人らしき手が私を優しく、そして温もりを持って私に向けられた気がする。

向けられた手はとても優しみに溢れ、昔よく叔母に寝かしつけられた日々が走馬灯の如く、頭を駆け巡った。

懐かしき記憶は次第に薄れてゆき、意識は覚醒へと移り変わるのであった。

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